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1章
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■第4話『甘い匂いに誘われて』
*
次の日。天気は、晴れ。
朝の陽ざしが小さなキッチンに差し込んで、埃まみれだった窓が少しだけまぶしく感じた。
昨日買った道具をテーブルに並べて、私は深呼吸する。
牛乳、卵、砂糖――材料は最低限だけど、きっとできる。
「よし。今日はプリンを作ろう」
古びたオーブンに火を入れると、ピノがちょこんとイスに座って、こちらをじっと見つめてきた。
「見てて、ピノ。これが、前の世界で見た“私の憧れ”」
泡立て器に、そっと魔力を流し込む。
カラカラと軽快に回り始める音が、空気を震わせた。
カラメルを焦がさないように火を調整し、牛乳と卵を合わせた液を丁寧にこす。
耐熱容器に流し込み、お湯を張った鍋の中にそっと置いて、ふたをして。
この工程を覚えていた自分に、少しだけ驚きながらも――
私はただ、無心で手を動かした。
*
焼き上がる甘い匂いが、家中にふんわりと広がったころ。
玄関の扉を叩く音がした。
「……?」
まだ誰にも“開店”はしていないはず。
今日はプリンを試作して、味を確かめるだけのつもりだった。
おそるおそる扉を開けると、そこには――
「おや、こんにちは。甘い匂いにつられて……つい、立ち寄ってしまいました」
白と青の旅装に、優しげな笑み。
金髪が陽に透けて、まるで絵本の中の騎士のよう。
リィナは一瞬、言葉を失った。
「……え、えっと……お店は、まだ……」
「ああ、申し訳ない。ご近所さん、というだけです。
この通りの奥にしばらく滞在する予定で。挨拶がてら、と思いまして」
柔らかく笑うその人は、騎士のようで、でもどこかそれ以上に洗練されていて。
リィナは無意識に、隣のイスに座っているピノを見た。
ピノは――明らかに、じっと彼を見ていた。
(え……なに?)
「……あの、よければ。試作品ですけど」
そうして出したカスタードプリン。
彼――レオは、一口食べて、ふわりと微笑んだ。
「……優しい味ですね。癒されるような。あなたが作ったんですか?」
「は、はい。まだ……開店もしてなくて。ちょっと練習で……」
「そうですか。なら、開店したらまた伺いますね。
“癒されたい時”に、来てもいいですか?」
そう言って微笑むレオの横顔を見ながら、
リィナは気づかないふりをした。
その剣の柄につけられた、王国紋章の小さな刻印にも。
ピノが、じっと目を細めていたことにも――。
*
次の日。天気は、晴れ。
朝の陽ざしが小さなキッチンに差し込んで、埃まみれだった窓が少しだけまぶしく感じた。
昨日買った道具をテーブルに並べて、私は深呼吸する。
牛乳、卵、砂糖――材料は最低限だけど、きっとできる。
「よし。今日はプリンを作ろう」
古びたオーブンに火を入れると、ピノがちょこんとイスに座って、こちらをじっと見つめてきた。
「見てて、ピノ。これが、前の世界で見た“私の憧れ”」
泡立て器に、そっと魔力を流し込む。
カラカラと軽快に回り始める音が、空気を震わせた。
カラメルを焦がさないように火を調整し、牛乳と卵を合わせた液を丁寧にこす。
耐熱容器に流し込み、お湯を張った鍋の中にそっと置いて、ふたをして。
この工程を覚えていた自分に、少しだけ驚きながらも――
私はただ、無心で手を動かした。
*
焼き上がる甘い匂いが、家中にふんわりと広がったころ。
玄関の扉を叩く音がした。
「……?」
まだ誰にも“開店”はしていないはず。
今日はプリンを試作して、味を確かめるだけのつもりだった。
おそるおそる扉を開けると、そこには――
「おや、こんにちは。甘い匂いにつられて……つい、立ち寄ってしまいました」
白と青の旅装に、優しげな笑み。
金髪が陽に透けて、まるで絵本の中の騎士のよう。
リィナは一瞬、言葉を失った。
「……え、えっと……お店は、まだ……」
「ああ、申し訳ない。ご近所さん、というだけです。
この通りの奥にしばらく滞在する予定で。挨拶がてら、と思いまして」
柔らかく笑うその人は、騎士のようで、でもどこかそれ以上に洗練されていて。
リィナは無意識に、隣のイスに座っているピノを見た。
ピノは――明らかに、じっと彼を見ていた。
(え……なに?)
「……あの、よければ。試作品ですけど」
そうして出したカスタードプリン。
彼――レオは、一口食べて、ふわりと微笑んだ。
「……優しい味ですね。癒されるような。あなたが作ったんですか?」
「は、はい。まだ……開店もしてなくて。ちょっと練習で……」
「そうですか。なら、開店したらまた伺いますね。
“癒されたい時”に、来てもいいですか?」
そう言って微笑むレオの横顔を見ながら、
リィナは気づかないふりをした。
その剣の柄につけられた、王国紋章の小さな刻印にも。
ピノが、じっと目を細めていたことにも――。
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※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
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