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2章
13
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◆第43話 「炊きたての盾」
コンコン。
扉を叩く音は静かだったが、そこに込められた気配は明確だった。
無言の威圧。そこに立っているのは、確実に“排除”を意図した者だ。
「ミレイア・ユリア・ローゼン。
王都の命により、貴女を拘束します」
カリスの声は、外からでも冷たく響いた。
「今度は、正式な命令です。
魔族との関与、未登録魔獣の飼育、そして王都の治安への影響。
すべてが記録されています」
店内に、ふわりと出汁の香りが広がった。
「……どうする?」
ヴァルが低く問いかけた。
ミレイアは、静かに炊飯鍋の火を止め、
茶碗蒸しのふたをそっと開ける。
「開けるよ」
「……ラテは、俺と一緒に動く」
「うん。お願い」
ラテは静かに“もふ”と鳴いて、扉の前へ。
そして――
ギィ……
扉が開いた。
目の前には、無表情のカリスと、鎧に身を包んだ騎士たち。
剣はまだ抜かれていない。だが、いつでも抜けるような緊張感が漂っている。
「……ようこそ、“モフのしっぽ亭”へ」
ミレイアはそう言って、少し微笑んだ。
まるで、ただの客を迎えるような態度で。
「席はどうぞ、こちらへ。今日は――“こころのだし膳”を仕込み直しました」
「……」
カリスの眉がわずかに動いた。
「今さら、食事で何を変えるつもりですか?」
「何も変えられないかもしれません。
でも、“変わるかもしれない”って思ってる人が、ここに一人でもいるなら――
私はその人のために、ごはんを作り続けます」
その言葉に、一人の騎士がほんのわずかに動揺した。
昨日、“涙を落とした”男。
レオンだった。
彼は目を伏せ、カリスの背後で拳を握りしめた。
「……茶碗蒸しは、今日、すこしだけ塩を控えめにしました。
疲れてる人の胃に、優しく届くように」
ミレイアの声は、剣でも盾でもなかった。
けれど、その言葉には確かに――“想い”が込められていた。
「座る気はありません」
「そうですか。でも――」
ミレイアは静かに、湯気の立つ器をカウンターに置いた。
「ここに、“席”は空けておきます。
誰でも、心がほどけたときに、戻れるように」
カリスの目が、一瞬だけその器を見た。
ぷるりと震える、透明な茶碗蒸し。
炊きたての香りが、空気の緊張を、ほんの少しだけ溶かしていく。
それでも、彼の口から返る言葉は――
「……次は、猶予を与えません」
そのまま、彼は背を向けた。
「……撤収」
騎士たちが動く音。
ラテの「もふ」という低い唸り声。
ヴァルの目が、その背中を鋭く見送っていた。
* * *
扉が閉まったあと。
ミレイアは、静かに腰を下ろした。
「……ラテ、ヴァルさん。ありがとう」
「“推し”に守られて、安心した?」
「うん。……でもね」
ミレイアは、小さく笑った。
「たぶん今日、わたしもちょっとだけ“盾”になれた気がする」
コンコン。
扉を叩く音は静かだったが、そこに込められた気配は明確だった。
無言の威圧。そこに立っているのは、確実に“排除”を意図した者だ。
「ミレイア・ユリア・ローゼン。
王都の命により、貴女を拘束します」
カリスの声は、外からでも冷たく響いた。
「今度は、正式な命令です。
魔族との関与、未登録魔獣の飼育、そして王都の治安への影響。
すべてが記録されています」
店内に、ふわりと出汁の香りが広がった。
「……どうする?」
ヴァルが低く問いかけた。
ミレイアは、静かに炊飯鍋の火を止め、
茶碗蒸しのふたをそっと開ける。
「開けるよ」
「……ラテは、俺と一緒に動く」
「うん。お願い」
ラテは静かに“もふ”と鳴いて、扉の前へ。
そして――
ギィ……
扉が開いた。
目の前には、無表情のカリスと、鎧に身を包んだ騎士たち。
剣はまだ抜かれていない。だが、いつでも抜けるような緊張感が漂っている。
「……ようこそ、“モフのしっぽ亭”へ」
ミレイアはそう言って、少し微笑んだ。
まるで、ただの客を迎えるような態度で。
「席はどうぞ、こちらへ。今日は――“こころのだし膳”を仕込み直しました」
「……」
カリスの眉がわずかに動いた。
「今さら、食事で何を変えるつもりですか?」
「何も変えられないかもしれません。
でも、“変わるかもしれない”って思ってる人が、ここに一人でもいるなら――
私はその人のために、ごはんを作り続けます」
その言葉に、一人の騎士がほんのわずかに動揺した。
昨日、“涙を落とした”男。
レオンだった。
彼は目を伏せ、カリスの背後で拳を握りしめた。
「……茶碗蒸しは、今日、すこしだけ塩を控えめにしました。
疲れてる人の胃に、優しく届くように」
ミレイアの声は、剣でも盾でもなかった。
けれど、その言葉には確かに――“想い”が込められていた。
「座る気はありません」
「そうですか。でも――」
ミレイアは静かに、湯気の立つ器をカウンターに置いた。
「ここに、“席”は空けておきます。
誰でも、心がほどけたときに、戻れるように」
カリスの目が、一瞬だけその器を見た。
ぷるりと震える、透明な茶碗蒸し。
炊きたての香りが、空気の緊張を、ほんの少しだけ溶かしていく。
それでも、彼の口から返る言葉は――
「……次は、猶予を与えません」
そのまま、彼は背を向けた。
「……撤収」
騎士たちが動く音。
ラテの「もふ」という低い唸り声。
ヴァルの目が、その背中を鋭く見送っていた。
* * *
扉が閉まったあと。
ミレイアは、静かに腰を下ろした。
「……ラテ、ヴァルさん。ありがとう」
「“推し”に守られて、安心した?」
「うん。……でもね」
ミレイアは、小さく笑った。
「たぶん今日、わたしもちょっとだけ“盾”になれた気がする」
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