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第3章
§5
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「またさ、菜々子、ここに来てもいい?」
香澄さえいいのであれば、俺に異論はない。
「勉強してたんだってね、本気で? 女の子が勉強したって、なんにもなんないのにね」
香澄は笑っている。ただ、声を出して笑っているだけ。
「ねぇ、菜々子の勉強、またみてくれる?」
「いいよ」
「そ、よかった」
彼女はそれだけを言って、朝日のなかで手を振った。
「じゃあ、菜々子が帰ってきたら、そう言っとくから」
菜々子ちゃんは、ここで勉強することを、どう思っているのだろう。
お母さんのこと、好きなのかな。
聞きたいことが、沢山あった。
言いたいことが、山ほどあった。
それを何一つ出来ないでいるのは、自分に勇気がないから、とは、思っていない。
午後になって、菜々子ちゃんは本当にやってきた。
「お母さんに、行ってこいって、言われたの」
「うん」
「入ってもいい?」
「うん」
菜々子ちゃんは、ちゃんと勉強道具を持ってきていた。
「こないだうちにいた俺の姉ちゃんがね、菜々子ちゃんに、プレゼントだって」
尚子が買った、参考書と問題集。本棚の低い所にいれておいた。
その隣には、北沢くんが持ってきた、塾の問題集。
彼女は、黙って塾のテキストを手にとった。
「やっぱり、本屋さんで売ってる問題と、塾の問題って、違うね」
その、汚い字で書き殴られた、所々に涙で濡れたような跡と、破れたページがあるテキストは、北沢くんの戦いの痕跡。
「私ね、お母さんから、あの女の人の話、聞いた」
菜々子ちゃんは、北沢くんのテキストの、最初のページを開いて置いた。
「うちのお母さんは……、わ、悪口みたいなこと言ってたけど、私は違うと思う」
菜々子ちゃんは、うつむいていた顔を、まっすぐに俺に向けた。
「今の私には、勉強以外出来ることがないから、勉強するね」
彼女の小さな手が、本のページをめくる。
導師は、縁側からじっと菜々子ちゃんの様子を見ている。
俺は邪魔をしないように、そっとその場を離れて、店のレジに座った。
多分どこかのブランドの子供服で、だけど相変わらず体には擦り傷が絶えなくて、きっと彼の両親は、北沢くんのつくる傷は、腕白でやんちゃな元気の証拠だと思っていて、それが悪意のある誰かによって、わざとつけられた傷であることは、本人にも言うつもりが無い。
そんな北沢くんがやってきて、遠くからこっそり店の中をのぞいている。
「お菓子あるのに、入ってこないの?」
「あいつ、来てます?」
彼はいつものように、居間に飛び込んだりせずに、ゆっくり歩いて店の中に入ってきた。
「勉強してるよ。君の持ってきたテキストで」
北沢くんの目は、居間へ上がる段差のところに並べられた、小さな靴しか見ていない。
「あ、本当だ! じゃあ上がらせてもらいますね」
居間の方からは、すぐに言い争う二人のにぎやかな声が聞こえてきて、しばらくするとその声は大人しくなったから、ちゃんと二人で勉強を始めたんだと思う。
導師がやってきて、俺の膝に座った。
「やれやれだな」
俺は、導師の頭を掻いてやる。
「ねぇ導師、菜々子ちゃんってさぁあー……」
「うちの菜々子がどうしたって?」
顔を上げると、買い物袋をぶら下げた香澄が立っていた。
香澄さえいいのであれば、俺に異論はない。
「勉強してたんだってね、本気で? 女の子が勉強したって、なんにもなんないのにね」
香澄は笑っている。ただ、声を出して笑っているだけ。
「ねぇ、菜々子の勉強、またみてくれる?」
「いいよ」
「そ、よかった」
彼女はそれだけを言って、朝日のなかで手を振った。
「じゃあ、菜々子が帰ってきたら、そう言っとくから」
菜々子ちゃんは、ここで勉強することを、どう思っているのだろう。
お母さんのこと、好きなのかな。
聞きたいことが、沢山あった。
言いたいことが、山ほどあった。
それを何一つ出来ないでいるのは、自分に勇気がないから、とは、思っていない。
午後になって、菜々子ちゃんは本当にやってきた。
「お母さんに、行ってこいって、言われたの」
「うん」
「入ってもいい?」
「うん」
菜々子ちゃんは、ちゃんと勉強道具を持ってきていた。
「こないだうちにいた俺の姉ちゃんがね、菜々子ちゃんに、プレゼントだって」
尚子が買った、参考書と問題集。本棚の低い所にいれておいた。
その隣には、北沢くんが持ってきた、塾の問題集。
彼女は、黙って塾のテキストを手にとった。
「やっぱり、本屋さんで売ってる問題と、塾の問題って、違うね」
その、汚い字で書き殴られた、所々に涙で濡れたような跡と、破れたページがあるテキストは、北沢くんの戦いの痕跡。
「私ね、お母さんから、あの女の人の話、聞いた」
菜々子ちゃんは、北沢くんのテキストの、最初のページを開いて置いた。
「うちのお母さんは……、わ、悪口みたいなこと言ってたけど、私は違うと思う」
菜々子ちゃんは、うつむいていた顔を、まっすぐに俺に向けた。
「今の私には、勉強以外出来ることがないから、勉強するね」
彼女の小さな手が、本のページをめくる。
導師は、縁側からじっと菜々子ちゃんの様子を見ている。
俺は邪魔をしないように、そっとその場を離れて、店のレジに座った。
多分どこかのブランドの子供服で、だけど相変わらず体には擦り傷が絶えなくて、きっと彼の両親は、北沢くんのつくる傷は、腕白でやんちゃな元気の証拠だと思っていて、それが悪意のある誰かによって、わざとつけられた傷であることは、本人にも言うつもりが無い。
そんな北沢くんがやってきて、遠くからこっそり店の中をのぞいている。
「お菓子あるのに、入ってこないの?」
「あいつ、来てます?」
彼はいつものように、居間に飛び込んだりせずに、ゆっくり歩いて店の中に入ってきた。
「勉強してるよ。君の持ってきたテキストで」
北沢くんの目は、居間へ上がる段差のところに並べられた、小さな靴しか見ていない。
「あ、本当だ! じゃあ上がらせてもらいますね」
居間の方からは、すぐに言い争う二人のにぎやかな声が聞こえてきて、しばらくするとその声は大人しくなったから、ちゃんと二人で勉強を始めたんだと思う。
導師がやってきて、俺の膝に座った。
「やれやれだな」
俺は、導師の頭を掻いてやる。
「ねぇ導師、菜々子ちゃんってさぁあー……」
「うちの菜々子がどうしたって?」
顔を上げると、買い物袋をぶら下げた香澄が立っていた。
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