魔法使いになりたいか

岡智 みみか

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第3章

§8

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「ちょっと! どこほっつき歩いてたのよ!」

「だからお兄ちゃんも、いい加減、携帯電話持ちなって!」

「なんだよ」

家に帰りつくなり、うるさい女共に囲まれた。

「導師が、車にひかれて倒れてたの!」

何を言われているのか、耳の理解を超える言葉の羅列。

世界が凍りつく。

俺はすぐに、身を翻した。

「どこに行くのよ!」

「あたしとお姉ちゃんとで、もう病院に連れてって、入院させてるから!」

振りむいたら、むっつりとふくれた二つの女の顔。

「外傷はないけど、内臓がどうなってるのか分からないから、今夜は病院で様子みるって」

「明日、お見舞いにいってあげて」

二人からそう言われて、なにも返さず二階へ上がった。

子供の頃から何も変わらない、小さな部屋。

小学生の時から使っている、机と簡易ベッド。

窓から見える景色は、道路脇のすぐ向かいの家の壁に阻まれていて、夜でも明るい空は、視界の三分の一程度。

この家の壁に囲まれて、目が覚めたら世界が変わっていたらいいのにと、何度願ったことか。

幾度となく裏切られても、そう願わずにはいられない。

どうにもならないって、いい加減あきらめらたいいのに。

今日はもう、このまま寝る。

朝になって、臨時休業の張り紙を店の前に出してから、動物病院へと向かった。

「いや~驚きましたよ! カリスマ経営者の荒間尚子と、超人気アイドルの荒間千里が姉妹だったなんて!」

先生は、連絡先が記載されたカルテを指差しながら、「この住所と電話番号であってます?」とか聞いてくる。

なにかあったら、連絡するために必要らしい。

「でも、そう言われてみると、顔とかそっくりですよね、ホントよく似てますよね、やっぱりお姉妹なんだなぁ~」

病院の奥から連れてこられた導師は、ゲージのなかでぐったりと横たわっていた。

「朝イチで検査したので、麻酔がまだ効いてるんです。もう少ししたら元気になりますから、お家につれて帰ってもらって大丈夫ですよ」

命に関わるような怪我はないから、おうちでゆっくり様子をみたのでいいと言われた。

お金は尚子が払ってくれていたらしく、預かり金があるからいらないと言われた。

ぐったりとした導師を抱いて、俺は家に戻る。

空は秋晴れの気持ちのいい空で、土手の上を歩いているうちに、導師はもぞもぞと動き出した。

目は閉じているから、まだ疲れているのだろう。

「ねぇ導師。空がきれいだよ」

むぅ、という小さな鳴き声がして、導師は寝返りをうった。

麻酔はもう、切れたみたいだ。

家にたどり着いて、俺は居間での導師の定位置に、座布団を敷いて寝かせた。

「ニャー」

「どうしたの、導師?」

座布団の上で、ゆっくりとのびをして顔を上げる導師。

導師はこちらを見上げるばかりで、なにも言わない。

後ろあしで、あごの下を掻いた。

「導師、体はどう?」

導師は、目を細めて鼻をひくひくさせる。

「ねぇ、導師ってば」

耳の後ろに手を伸ばした俺に、導師が答えた。

「ニャア」

「ねぇ、なにそれ、ニャアだけじゃ分かんないよ」

導師を膝に抱き上げる。

導師はゆっくりと目を閉じて、また開けた。

「病院はどうだった? なんで車になんか、ひかれたんだよ」

導師は黙ったまま、気持ちよさそうに目を閉じる。

「ねぇ、今日はなに食べたい? 今日だけは、特別に導師の好きなもの作ってあげる」

導師は俺の膝から下りると、首の下を掻いた。

あくびをして、その場にうずくまる。

「ねぇ、導師、なにかしゃべってよ」

「ニャー」

俺は、伸ばした腕ごと、全身が固まった。

「え、なにそれ、ちょっと待ってよ」

もしかして、導師の声が聞こえなくなってる? 

どうしよう、なんで? なにがあった?
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