はじまりのうた

岡智 みみか

文字の大きさ
24 / 36

第24話

しおりを挟む
「ここのトンネルは、パズルみたいに全体が複雑な動きをして、指定されたものを目的地まで運んでいるんだ」

レオンは、輸送トンネルの複雑な路線図を、警備ロボのモニターに写し出す。

「だけど、ここの動力も止められているから、非常脱出用の歯車を回して動かすんだ。この警備ロボの動力だけで動かせるのは、自分たちが乗っている一枚の板だけ。本来なら他の板が連動して動き、通路をあけてくれるんだけど、それをしてもらえないから、途中で何度も乗り換えなくちゃいけない」

「便利なものも、時には面倒くさいわね」

レオンは天井となった床板を閉めた。

暗闇が世界を支配する。

警備ロボのつけた灯りが、真っ直ぐに行く先を照らした。

「さ、見つからないうちに、ジャンのところへ行こう」

俺たちを乗せた輸送板が、動き出した。

そうやって俺たちは、いくつかの板を乗り換え、時には外に出て場所を移動し、はしごを上り下り、トンネルの中を歩いて、少しずつジャンたちのいる所へ近づいて行った。

最後の輸送トンネルは、何もかも思い通りにはいかなくて、俺たちは通路に下りて、長い距離を歩かなければいけなかった。

折れそうに細いはしごを登り、手の平は錆びた金属のにおいがして、すっかりごわついている。

「多分この辺りでいいはずなんだけど」

レオンがつぶやく。

見上げた壁には、確かにどこかの搬送口のようなかっこうの扉が見える。

だけど、輸送台に乗っていない俺たちには、その扉はこじ開けるには高すぎて手が届かない。

本来なら、ここからこの板が上昇して、搬入口まで上がる構造だ。

「どうするのよ」

「キャンビー」

俺は自分のキャンビーを呼び寄せると、扉の周囲を調べさせた。

そこはツルリとした段違いの三枚扉構造で、大型の搬入物の多い競技場ならではの大きな扉だった。

「どうやって開けるのよ」

カズコがその場にしゃがみ込み、レオンがため息をつく。

「最後の最後で、出られなくなったな」

内側から開けられるようなボタンもハンドルも、バールを引っかけるような隙間も見つからなかった。

「これ、案外押せば簡単に開くんじゃない?」

古い記憶が蘇る。

俺たちはあの通気口で、ドームの裏側で、このスクールは、つねに多彩な秘密基地を提供してくれていた。

俺たちの隠れ家は、いつだって俺たちを守ってくれていたはずだ。

キャンビーを扉にぶつける。

それはからくり仕掛けの簡単な動力で、すーっとその口を開いた。

「やった!」

警備ロボの上に乗っかって、背を伸ばせるたけ伸ばして、レオンが搬入口によじ登った。

俺はカズコを肩車して立ち上がる。

「重っもい!」

「だからロボットの上でいいって言ったじゃない!」

レオンが彼女の手を引いて、肩の上に立ち上がる。

そのまま引き上げられたカズコは、ぷりぷりに怒っていた。

「そんな怒んなよ、せっかくここまで来たのに」

俺も警備ロボを踏み台にしてよじ登る。

彼女がこんなに怒った顔を見るのも、そういえば子どもの時以来のような気がする。

「ここ、どこだろ?」

どこかのバックヤードらしき部屋だった。

部屋の中には、梱包された大型の荷物が乱立している。

出入り口らしき扉を見つけて、外にでた。

「トレーニングルームの裏だ!」

レオンが叫んだ。

「やったぞ!」

手を取り合って喜ぶ。

俺たちは、整然と並んだマシンの間を駆け抜けた。

「ジャンとニールの所へ行こう!」

誰もいない廊下を駆け抜け、大競技場への入り口へ向かう。

「ジャン! ニール!」

駆け上がった階段は、観客席の二階だった。

目の前に、緑が広がるトラック。

そこに、数十人の人間が集まっていた。

「おまえら!」

階段を一気に駆け下り、仲間の輪に飛び込んだ。

ジャンの手が、俺の肩を強く叩く。

「よく来たな!」

「『よく来たな』じゃねーよ」

俺は他のメンバーから歓迎されなからも、言いたいことを言っておく。

「全く、気に入らないことがあると、すぐに立てこもろうとするのは、悪いくせだぞ」

ジャンは、にやりと笑った。

「まぁ、退屈しのぎにちょうどいいだろ?」

「ガキの頃みたいだ」

「まぁ、その続きみたいなもんだろ」

彼は笑った。

振り返ると、ニールはスクールの警備ロボたちをたくさん集めて、その中身を改造しているようだった。

「あいつもやりたい放題だな」

「いま話しかけると、邪魔すんなって絶対怒りだすから、やめとけよ」

ジャンも昔と変わらない、いたずらな笑顔を浮かべる。

ニールは何を考えて、何をやっているんだろうか。

その具体的な詳細は分からなくても、何をしようとしているのかは分かる。

「で、これからどうするんだよ」

「それを考えるのが、お前の役目だろ?」

ジャンがいつものように、にやりと笑った。

「そのために、来たんじゃなかったのか?」

俺はふーっと、ため息をつく。

そう、全くその通りだ。

バカバカしい、くだらない、なんて思いながらも、完璧に見透かされてる。

俺が俺でいられるのは、この仲間とこの場所があってこそ、だ。

じゃないと、何をしていいのかも、何を考えていいのかも分からない。

これは、習性みたいなもんだ。わくわくしている自分が楽しい。

少し離れた所に座って、全体を見渡す。

今ここに残されている施設の性能とロボットの数、動く人間の数と……。

「ヘラルド!」

ひょっこりと顔を現したのは、ルーシーだった。

「ルーシー! 驚いただろ? 平気だった?」

彼女は恥ずかしそうにして、くすっと笑った。

「大丈夫、みんな、優しい」

彼女は、俺のすぐ隣に腰を下ろす。

「そうか、君が怖がってないんだったら、よかったんだけど」

ルーシーは嬉しそうに、首を横に振った。

「ずっとこのスクールで、生まれた時から一緒に育ってきた仲間なんだ。誰が何を考えて、どうしようとしているのかなんて、言われなくても分かるんだよ」

ルーシーは、にこにこと座っている。

「だから、本当はみんな、君が来てくれて、うれしかったんだ」

俺は、なんの話をしているんだろう。

自分でも意味が分からなくて、恥ずかしさに赤くなる。

「大丈夫、本部から来たあの人たちだって、同じような環境で育ってきた仲間なんだ。誰かを傷つけようだなんて、そんなことを思ってるわけじゃない」

ルーシーがうなずく。

「だから、安心してて」

彼女の手が伸びて、俺の手をつかんだ。

肌から伝わるその触感に、びっくりする。

ルーシーはにっこりと微笑んだ。

俺はその手をどうしていいのか分からなくて、そのまま1ミリも動かさないように、細心の注意を払う。

彼女は体温を持ったその手を、そっと放した。

「大人しーく、そこから出てきなさぁーい」

突然、ディーノの声が競技場に響く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...