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第5章
第1話
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通されたのは、博士の個人的な書斎のような部屋だった。
本棚には雑多に様々な書物が積み上げられ、所々に何かの模型のようなものがおかれている。
大きな机の横には世界樹の若木が一本、鉢に植えておかれていて、そこには暮れかけた西日がたっぷりと注がれていた。
「リシャール殿下……と、お呼びしてよろしいのかな」
肩までの白い髪が、くるくると渦を巻いている。
やや小太りした初老の男性が席を立つと、私たちにソファを勧めた。
リシャールが端っこに座るものだから、私が真ん中に座り、リンダは空いた隅にちょこんと腰を下ろす。
「レランド王国の第一王子が、ブリーシュアの聖女見習いを二人連れての面会ですか」
「エマさまの名代として使わされました」
リシャールは悠然とした王子の笑みを浮かべる。
向かいに座ったボスマン博士の視線が、私に向いた。
「ルディさまもいらっしゃるというのに、そのような格好をしているとは人の悪い。第三王女さまのお顔くらい、自分も存じ上げておりますよ」
「これは失礼いたしました。名乗り遅れましたが、ルディと申します」
特に隠そうというつもりもなかったが、あっさりバレた。
私は背筋を真っ直ぐに伸ばし、博士の青灰色の瞳を見つめる。
「博士にぜひ、ここにいるリンダの実験について、ご協力をお願いしたいのです」
「いいですよ」
博士は意外にも、あっさりそれを引き受けた。
「君がリンダだね。手紙は受け取った。論文も拝読させてもらったよ。うちの研究室で、助手に手順をみてもらえばいい」
「あ、あの! 私がいま行っている実験なのですが、ご相談したいことがありまして!」
リンダは彼女なりの勇気を振り絞りながらも、キラキラと目を輝かせていた。
せっかくのこんなチャンス、逃すわけにはいかない。
「ふむ。なんでしょう。私にお答え出来ることかな」
「博士の書かれた本にある、抽出方なのですが、それがとっても難しくて、何かコツのようなものがあればおし……」
「あぁ。手紙にもあったね。あれは教科書レベルの実験ですよ。あの程度で苦労しているようなら、君は実験には向いてない」
「オイル浴の温度調整が……」
「得意な助手に任せよう。君が読んだ本の内容なら、ここにいる人間は誰でも出来るからね」
「……。わ、私の今考えている、世界樹の生育に必要だと思われる微量必須元素なのですが……」
「あぁ。手紙に添えられていた仕事のことか。残念だがそれにはもう、答えが出ている」
「えっ!」
驚いた顔をしたリンダに、博士は表面上は平静を装いながらも、退屈そうに答えた。
「よかったら、読んでいきたまえ。うちの資料室に、文献が入っていますよ。まぁ、市井の研究家には、なかなか難しいかもしれませんがね」
「わ、私は……。聖堂にある関連の資料や文献は全て読みました。それでもなお自分で疑問に感じた点を……」
「文献の検索の仕方は分かるかな。君は王城の聖堂内では秀でているようだが、研究者としては使い物にならない。申し訳ないが、私は君のような連中は飽きるほど見ている」
博士はソファに深く背を預けると、くたびれ果てたように両腕を組み、難しい顔を見せた。
「最新の研究成果を広く共有する手段の確立や、研究者を育てる研究者の不足に関しては、我々も申し訳なく思っている。それでも君はここまでたどり着いた。歓迎しよう。君のやりたい実験方法があるなら、学んで行けばいい。だがそのことで、今ここにいる研究者たちの実験を止めるわけにはいかないんですよ。瘴気の発生とそこから生まれる魔物たちは、待ってはくれない。この瞬間にも聖なる乙女が犠牲となっているのを、一刻も早く防ぎたいんでね」
博士の目が、リンダの灰色の制服を見つめた。
「君は聖女になるのか?」
「そのつもりでいます」
「そうか。私は君のような役目を担う人間が、この世からいなくなることを望んでいるよ」
彼の言葉には、その感情が骨身にまで染み込んでいる者しか発することのない重みがあった。
「さて、用件はこれで以上かな。では次の面会者と交代しよう」
本棚には雑多に様々な書物が積み上げられ、所々に何かの模型のようなものがおかれている。
大きな机の横には世界樹の若木が一本、鉢に植えておかれていて、そこには暮れかけた西日がたっぷりと注がれていた。
「リシャール殿下……と、お呼びしてよろしいのかな」
肩までの白い髪が、くるくると渦を巻いている。
やや小太りした初老の男性が席を立つと、私たちにソファを勧めた。
リシャールが端っこに座るものだから、私が真ん中に座り、リンダは空いた隅にちょこんと腰を下ろす。
「レランド王国の第一王子が、ブリーシュアの聖女見習いを二人連れての面会ですか」
「エマさまの名代として使わされました」
リシャールは悠然とした王子の笑みを浮かべる。
向かいに座ったボスマン博士の視線が、私に向いた。
「ルディさまもいらっしゃるというのに、そのような格好をしているとは人の悪い。第三王女さまのお顔くらい、自分も存じ上げておりますよ」
「これは失礼いたしました。名乗り遅れましたが、ルディと申します」
特に隠そうというつもりもなかったが、あっさりバレた。
私は背筋を真っ直ぐに伸ばし、博士の青灰色の瞳を見つめる。
「博士にぜひ、ここにいるリンダの実験について、ご協力をお願いしたいのです」
「いいですよ」
博士は意外にも、あっさりそれを引き受けた。
「君がリンダだね。手紙は受け取った。論文も拝読させてもらったよ。うちの研究室で、助手に手順をみてもらえばいい」
「あ、あの! 私がいま行っている実験なのですが、ご相談したいことがありまして!」
リンダは彼女なりの勇気を振り絞りながらも、キラキラと目を輝かせていた。
せっかくのこんなチャンス、逃すわけにはいかない。
「ふむ。なんでしょう。私にお答え出来ることかな」
「博士の書かれた本にある、抽出方なのですが、それがとっても難しくて、何かコツのようなものがあればおし……」
「あぁ。手紙にもあったね。あれは教科書レベルの実験ですよ。あの程度で苦労しているようなら、君は実験には向いてない」
「オイル浴の温度調整が……」
「得意な助手に任せよう。君が読んだ本の内容なら、ここにいる人間は誰でも出来るからね」
「……。わ、私の今考えている、世界樹の生育に必要だと思われる微量必須元素なのですが……」
「あぁ。手紙に添えられていた仕事のことか。残念だがそれにはもう、答えが出ている」
「えっ!」
驚いた顔をしたリンダに、博士は表面上は平静を装いながらも、退屈そうに答えた。
「よかったら、読んでいきたまえ。うちの資料室に、文献が入っていますよ。まぁ、市井の研究家には、なかなか難しいかもしれませんがね」
「わ、私は……。聖堂にある関連の資料や文献は全て読みました。それでもなお自分で疑問に感じた点を……」
「文献の検索の仕方は分かるかな。君は王城の聖堂内では秀でているようだが、研究者としては使い物にならない。申し訳ないが、私は君のような連中は飽きるほど見ている」
博士はソファに深く背を預けると、くたびれ果てたように両腕を組み、難しい顔を見せた。
「最新の研究成果を広く共有する手段の確立や、研究者を育てる研究者の不足に関しては、我々も申し訳なく思っている。それでも君はここまでたどり着いた。歓迎しよう。君のやりたい実験方法があるなら、学んで行けばいい。だがそのことで、今ここにいる研究者たちの実験を止めるわけにはいかないんですよ。瘴気の発生とそこから生まれる魔物たちは、待ってはくれない。この瞬間にも聖なる乙女が犠牲となっているのを、一刻も早く防ぎたいんでね」
博士の目が、リンダの灰色の制服を見つめた。
「君は聖女になるのか?」
「そのつもりでいます」
「そうか。私は君のような役目を担う人間が、この世からいなくなることを望んでいるよ」
彼の言葉には、その感情が骨身にまで染み込んでいる者しか発することのない重みがあった。
「さて、用件はこれで以上かな。では次の面会者と交代しよう」
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