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第5章
第7話
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「はは。何も恥ずかしがることなんてないさ。俺は助かったと言ったんだ。うちも財政難だからな。無駄な出費は出来るだけ避けたい」
そうは言うものの、馬車一台が買えるような出費を、現金一括払いしてしまったのだ。
リシャールのあの研究員に対する期待は、本物なのだろう。
「マセルには、私の分も頑張っていただかないと」
「そう言っておくよ。商談の上手い王女さまのおかげで無事買えたってね」
「もっと賢ければよかった」
「俺のことか?」
「違います。あなたはそんなこと、考えたこともないでしょう?」
「考えるさ。俺よりもずっと上手い値段交渉をしたと思ってるよ」
「それは誉めておりますの?」
「もちろん」
彼はこちらに背を向けたまま、ふらふら歩いている。
いま私が、どれだけその顔を見たいと思っているのかなんて、想像もつかないだろう。
夜の石畳を歩く足取りが重い。
彼について来なければよかった。
リンダのために来たのだもの。
リンダと一緒にいればよかった。
大人しく先に宿に戻って、もっと別な、他のことを考えていればよかった。
「なぁ。あの店員どもの顔を見たか?」
不意に振り返った彼が、私の手を取った。
腰に腕を回すと、腕をさっと引き上げダンスへ誘う。
「君がただ俺について来て、施しを受けるだけの人間じゃないと分かった瞬間の、驚いた顔!」
「ふふ。滑稽でしたわ。これだからお忍びの外歩きはやめられませんの」
「だけど、よくあんなことを知っていたね」
「偶然ですけどね。火事で色々ありましたので」
「そんなお姫さまなんて、見たことねぇよ」
彼の紅い目が笑った。
心から楽しそうに朗らかに笑うと、軽快なステップでくるくると私を回す。
「君はこの国では、随分な変わり者で知られているんだな」
「あなたに言われる筋合いはございませんわ」
「君がいなければ、俺はテーブルにナイフを突き刺していただろうな」
「まぁ! それではちゃんとした話し合いに、ならないではないですか」
「あはは」
誰もいない夜の大通りで、外灯だけが私たちを照らしていた。
灰色の制服の上にかけられた焦げ茶色のローブが、ヒラヒラと宙を舞う。
ゴツゴツとした石畳のステージでも、ステップはどこまでも軽やかで揺るぎない。
「王女自ら、入札価格の設定に参加しているのか」
「まぁ、それも仕事の一つなので」
リシャールは抑え切れない笑い声をかみ殺しながら、苦しそうに絞り出した。
「自由過ぎるだろ」
「だから、あなたにそんなことを言われる筋合いはないかと!」
「ふふ。面白い奴だ」
「それは褒めておりますの? けなしてますの?」
「どっちだと思う?」
紅い目が急接近したかと思うと、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべる。
「だいたいですね、あなたはって……、きゃあ!」
反論しようとした私の手を、高く持ち上げる。
その勢いで、くるりと一回転させられてしまった。
被っていたローブがずれ落ち、髪があらわになる。
灰色のスカートの裾が、夜道に翻った。
「もっと着飾ればいいだろ。そうすれば騙される男も増えただろうに。なぜそうしない。あの赤いドレスも、悪くなかったぞ」
「で、ですから。私は聖女ではありませんが、気持ちは常にそうでありたいと思っておりますの。自分からこの服を脱ぐことは絶対にございません。たとえ頭がおかしいと笑われても、全く気になりませんんの。自分がそうしたくてやっているのですもの」
リシャールの紅い目が、柔らかく微笑む。
「この制服を着ていることに、誇りを持っております。これが私にとっての、一番の正装ですわ。そ、それに……」
「それに?」
このままの自分でもいいと言ってくれる人を、待っているから。
「マ、マートンが、似合うと言ってくれましたので!」
「マートン? あぁ、あの男か……」
リシャールの紅い眉が、不機嫌に眉根を寄せた。
「俺の腕の中にいながら、他の男の名を語るとは、いい度胸だ」
握っている手が、強く引かれる。
夜空の下、私たち二人にしか聞こえない音楽に乗って進むステップが、大きく乱れた。
「ちょ、あぶな……!」
「ふん。俺がそんなヘマするかよ」
転びそうになった私の体を、彼の腕が支える。
軽やかなステップから、ゆったりとしたスローステップへと変わった。
星空と石畳のステージはまだ続いている。
リシャールは私の手をしっかりと握ったまま、放そうとしない。
「ルディ。俺の国では……。まぁ、恥ずかしい話だが、聖女の地位は低い。未だに奴隷扱いと言った方が正確だ。だから、その……。王族である君が、聖女でもないのに聖女の格好をして歩いていることに、とても驚いている」
そうは言うものの、馬車一台が買えるような出費を、現金一括払いしてしまったのだ。
リシャールのあの研究員に対する期待は、本物なのだろう。
「マセルには、私の分も頑張っていただかないと」
「そう言っておくよ。商談の上手い王女さまのおかげで無事買えたってね」
「もっと賢ければよかった」
「俺のことか?」
「違います。あなたはそんなこと、考えたこともないでしょう?」
「考えるさ。俺よりもずっと上手い値段交渉をしたと思ってるよ」
「それは誉めておりますの?」
「もちろん」
彼はこちらに背を向けたまま、ふらふら歩いている。
いま私が、どれだけその顔を見たいと思っているのかなんて、想像もつかないだろう。
夜の石畳を歩く足取りが重い。
彼について来なければよかった。
リンダのために来たのだもの。
リンダと一緒にいればよかった。
大人しく先に宿に戻って、もっと別な、他のことを考えていればよかった。
「なぁ。あの店員どもの顔を見たか?」
不意に振り返った彼が、私の手を取った。
腰に腕を回すと、腕をさっと引き上げダンスへ誘う。
「君がただ俺について来て、施しを受けるだけの人間じゃないと分かった瞬間の、驚いた顔!」
「ふふ。滑稽でしたわ。これだからお忍びの外歩きはやめられませんの」
「だけど、よくあんなことを知っていたね」
「偶然ですけどね。火事で色々ありましたので」
「そんなお姫さまなんて、見たことねぇよ」
彼の紅い目が笑った。
心から楽しそうに朗らかに笑うと、軽快なステップでくるくると私を回す。
「君はこの国では、随分な変わり者で知られているんだな」
「あなたに言われる筋合いはございませんわ」
「君がいなければ、俺はテーブルにナイフを突き刺していただろうな」
「まぁ! それではちゃんとした話し合いに、ならないではないですか」
「あはは」
誰もいない夜の大通りで、外灯だけが私たちを照らしていた。
灰色の制服の上にかけられた焦げ茶色のローブが、ヒラヒラと宙を舞う。
ゴツゴツとした石畳のステージでも、ステップはどこまでも軽やかで揺るぎない。
「王女自ら、入札価格の設定に参加しているのか」
「まぁ、それも仕事の一つなので」
リシャールは抑え切れない笑い声をかみ殺しながら、苦しそうに絞り出した。
「自由過ぎるだろ」
「だから、あなたにそんなことを言われる筋合いはないかと!」
「ふふ。面白い奴だ」
「それは褒めておりますの? けなしてますの?」
「どっちだと思う?」
紅い目が急接近したかと思うと、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべる。
「だいたいですね、あなたはって……、きゃあ!」
反論しようとした私の手を、高く持ち上げる。
その勢いで、くるりと一回転させられてしまった。
被っていたローブがずれ落ち、髪があらわになる。
灰色のスカートの裾が、夜道に翻った。
「もっと着飾ればいいだろ。そうすれば騙される男も増えただろうに。なぜそうしない。あの赤いドレスも、悪くなかったぞ」
「で、ですから。私は聖女ではありませんが、気持ちは常にそうでありたいと思っておりますの。自分からこの服を脱ぐことは絶対にございません。たとえ頭がおかしいと笑われても、全く気になりませんんの。自分がそうしたくてやっているのですもの」
リシャールの紅い目が、柔らかく微笑む。
「この制服を着ていることに、誇りを持っております。これが私にとっての、一番の正装ですわ。そ、それに……」
「それに?」
このままの自分でもいいと言ってくれる人を、待っているから。
「マ、マートンが、似合うと言ってくれましたので!」
「マートン? あぁ、あの男か……」
リシャールの紅い眉が、不機嫌に眉根を寄せた。
「俺の腕の中にいながら、他の男の名を語るとは、いい度胸だ」
握っている手が、強く引かれる。
夜空の下、私たち二人にしか聞こえない音楽に乗って進むステップが、大きく乱れた。
「ちょ、あぶな……!」
「ふん。俺がそんなヘマするかよ」
転びそうになった私の体を、彼の腕が支える。
軽やかなステップから、ゆったりとしたスローステップへと変わった。
星空と石畳のステージはまだ続いている。
リシャールは私の手をしっかりと握ったまま、放そうとしない。
「ルディ。俺の国では……。まぁ、恥ずかしい話だが、聖女の地位は低い。未だに奴隷扱いと言った方が正確だ。だから、その……。王族である君が、聖女でもないのに聖女の格好をして歩いていることに、とても驚いている」
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