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第6章
第1話
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ボスマン研究所から戻って数日が過ぎたある日、王宮の一角にあるテラスへやって来たリシャールは、いつも以上にピシッとめかし込んでいた。
レランド風の白い衣装ではなく、ブリーシュアで新しく仕立てたような、流行のデザインで空色の上着を羽織っている。
それは彼の紅い目と髪の色にもよく似合っていた。
「やぁルディ! 今日はとてもいい一日になりそうだ」
そのうえ、とてつもなく上機嫌だ。
「君のその、黄色いドレスだって悪くないぞ」
そう言って簡単にウインクなんてしてみせるから、こっちの方が恥ずかしくなる。
「あの、今日は真剣なお話をしに行くのですから、真面目にやってくださらないと」
「もちろんだ。俺はいつだって大真面目だが? ルディ以外の前ならな!」
あははと笑う紅い目に、少し悔しくなる。
彼が今日この日のために新しく服を仕立てたのは、私のためじゃない。
私が着ているこの新しいドレスだって、彼のためなんかじゃないし。
「さぁ、行こう。エマさまがお待ちだ」
私たちはお姉さまに、一緒にお茶をするよう申し込んでいた。
もちろんその目的は、ボスマン研究所に世界樹の庭の土を送ってもいいかどうか、許可を得るためのものだ。
指定されたお姉さまの居室に近い屋外のテラスには、今が盛りと淡いピンクのロネの花が咲き乱れている。
「いらっしゃい。ルディ。リシャール殿下」
お姉さまはいつもの聖女服ではなく、プライベートらしい淡いブルーの、すっきりしたシンプルなドレスを身に纏っていた。
もちろんその隣には、黒いナイトの制服で固めたマートンもいる。
「久しぶりだね、ルディ。元気にしてた?」
「えぇ、もちろんよ。マートンもお久しぶり」
黒く穏やかな目に優しく微笑まれ、逆に申し訳ない気持ちになる。
マートンやエマお姉さまにしてみれば、純粋にお茶に誘われたから、自分たちで招いただけのつもりのはずだ。
それなのにリシャールは、のんきに生け垣のロネの花を一輪むしり取っている。
「どうぞ。エマさまにこれを」
またここでお姉さまにプロポーズする気!?
急いで止めなければと思ったのに、彼はひざまずくことなく、今回は立ったままそれを差し出した。
「お美しいエマさまのために、ここに咲いていた花です」
「まぁ、ありがとう」
そんなリシャールの冗談も、エマお姉さまとマートンは笑って許せるから感心する。
そもそも本来なら、私がお姉さまとリシャールの橋渡しだなんて、やりたくもないのに!
彼は淡いピンクのロネの花を、お姉さまの波打つ金色の髪の耳元にさした。
「今日はお二人から、お茶の誘いを受けるなんて、うれしいわ」
「ですが結局、お姉さまにお招きしてもらってるわ」
「ふふ。だって、リシャール殿下もご一緒なんですもの。それはねぇ。マートン」
「もちろん僕たちが招待しないといけないだろ。ボスマン研究所へ行ったんだって? 博士はどうだった?」
今が盛りのロネの花で香り付けされた紅茶が運ばれてくる。
焼きたてのお菓子やフルーツが、ケーキスタンドに並んでいた。
お姉さまにどうぞと着席を促され、リシャールとマートンは素直に席につく。
なんで?
私はまだ、リシャールに花をさしてもらってないんだけど?
「ルディ? どうしたの?」
「いいえ。エマお姉さま。なんでもありませんわ」
私も慌てて空いた席に腰を下ろす。
「博士は厳しそうな人でしたわ。研究熱心なだけではなく、成果にも厳しい方なのね」
「それはもちろん。研究者だからね」
マートンはなにも言わずとも、私の一番好きなプルアの実のタルトを取ってくれる。
「エマさまは、どちらにいたしますか?」
すかさずリシャールもトングをつかみ、お姉さまに尋ねた。
それを横目に、マートンは私と同じプルアの実のタルトをお姉さまの前に差し出す。
紅髪の彼がムッとしたその瞬間、マートンは彼にも同じタルトを勧めた。
「これは今朝、エマが焼いたタルトです。殿下とルディにと」
「ほほう。そうでしたか。ならいただこう」
「僕も一緒に手伝ったのです。お口に合えば幸いです」
マートンはすました顔で、自分もそのタルトを口にする。
「ルディ、おいしいかい?」
「もちろんよ、マートン」
リシャールはそれを口にしたものの、何も言わずただ苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「リンダが研究所から戻って以来、大変だと聞いたのだけど」
エマお姉さまは、紅茶のおかわりを私のカップに注ぐ。
「そうなのです。リンダは聖堂へ戻って以来、実験室に籠もりきりですの。体を壊さなければいいのだけれど」
「彼女は期待の星ですもの。聖堂始まって以来の、秀才聖女ですから。私としては、彼女には聖女としての役割ではなく、研究者としての道を選んでもらってもいいと思っているのだけれど」
それは私も同じ気持ちだし、きっとリンダ自身もそう思っていたのだろう。
だけどボスマン研究所で彼女の実績は、全く評価されないものだった。
「エマさまとしては、聖女としての彼女の資質は惜しくはないのですか?」
今日のリシャールは、明らかに王子さま仕様だ。
上品でにこやかな気品あふれる仕草は、私の前で見せる粗野で全くの遠慮のない彼とは、全然違う。
キリッとして礼儀正しい、お手本のような貴公子だ。
紅く切れ長の目を、優雅さを持ってそれとなくお姉さまに向ける。
レランド風の白い衣装ではなく、ブリーシュアで新しく仕立てたような、流行のデザインで空色の上着を羽織っている。
それは彼の紅い目と髪の色にもよく似合っていた。
「やぁルディ! 今日はとてもいい一日になりそうだ」
そのうえ、とてつもなく上機嫌だ。
「君のその、黄色いドレスだって悪くないぞ」
そう言って簡単にウインクなんてしてみせるから、こっちの方が恥ずかしくなる。
「あの、今日は真剣なお話をしに行くのですから、真面目にやってくださらないと」
「もちろんだ。俺はいつだって大真面目だが? ルディ以外の前ならな!」
あははと笑う紅い目に、少し悔しくなる。
彼が今日この日のために新しく服を仕立てたのは、私のためじゃない。
私が着ているこの新しいドレスだって、彼のためなんかじゃないし。
「さぁ、行こう。エマさまがお待ちだ」
私たちはお姉さまに、一緒にお茶をするよう申し込んでいた。
もちろんその目的は、ボスマン研究所に世界樹の庭の土を送ってもいいかどうか、許可を得るためのものだ。
指定されたお姉さまの居室に近い屋外のテラスには、今が盛りと淡いピンクのロネの花が咲き乱れている。
「いらっしゃい。ルディ。リシャール殿下」
お姉さまはいつもの聖女服ではなく、プライベートらしい淡いブルーの、すっきりしたシンプルなドレスを身に纏っていた。
もちろんその隣には、黒いナイトの制服で固めたマートンもいる。
「久しぶりだね、ルディ。元気にしてた?」
「えぇ、もちろんよ。マートンもお久しぶり」
黒く穏やかな目に優しく微笑まれ、逆に申し訳ない気持ちになる。
マートンやエマお姉さまにしてみれば、純粋にお茶に誘われたから、自分たちで招いただけのつもりのはずだ。
それなのにリシャールは、のんきに生け垣のロネの花を一輪むしり取っている。
「どうぞ。エマさまにこれを」
またここでお姉さまにプロポーズする気!?
急いで止めなければと思ったのに、彼はひざまずくことなく、今回は立ったままそれを差し出した。
「お美しいエマさまのために、ここに咲いていた花です」
「まぁ、ありがとう」
そんなリシャールの冗談も、エマお姉さまとマートンは笑って許せるから感心する。
そもそも本来なら、私がお姉さまとリシャールの橋渡しだなんて、やりたくもないのに!
彼は淡いピンクのロネの花を、お姉さまの波打つ金色の髪の耳元にさした。
「今日はお二人から、お茶の誘いを受けるなんて、うれしいわ」
「ですが結局、お姉さまにお招きしてもらってるわ」
「ふふ。だって、リシャール殿下もご一緒なんですもの。それはねぇ。マートン」
「もちろん僕たちが招待しないといけないだろ。ボスマン研究所へ行ったんだって? 博士はどうだった?」
今が盛りのロネの花で香り付けされた紅茶が運ばれてくる。
焼きたてのお菓子やフルーツが、ケーキスタンドに並んでいた。
お姉さまにどうぞと着席を促され、リシャールとマートンは素直に席につく。
なんで?
私はまだ、リシャールに花をさしてもらってないんだけど?
「ルディ? どうしたの?」
「いいえ。エマお姉さま。なんでもありませんわ」
私も慌てて空いた席に腰を下ろす。
「博士は厳しそうな人でしたわ。研究熱心なだけではなく、成果にも厳しい方なのね」
「それはもちろん。研究者だからね」
マートンはなにも言わずとも、私の一番好きなプルアの実のタルトを取ってくれる。
「エマさまは、どちらにいたしますか?」
すかさずリシャールもトングをつかみ、お姉さまに尋ねた。
それを横目に、マートンは私と同じプルアの実のタルトをお姉さまの前に差し出す。
紅髪の彼がムッとしたその瞬間、マートンは彼にも同じタルトを勧めた。
「これは今朝、エマが焼いたタルトです。殿下とルディにと」
「ほほう。そうでしたか。ならいただこう」
「僕も一緒に手伝ったのです。お口に合えば幸いです」
マートンはすました顔で、自分もそのタルトを口にする。
「ルディ、おいしいかい?」
「もちろんよ、マートン」
リシャールはそれを口にしたものの、何も言わずただ苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「リンダが研究所から戻って以来、大変だと聞いたのだけど」
エマお姉さまは、紅茶のおかわりを私のカップに注ぐ。
「そうなのです。リンダは聖堂へ戻って以来、実験室に籠もりきりですの。体を壊さなければいいのだけれど」
「彼女は期待の星ですもの。聖堂始まって以来の、秀才聖女ですから。私としては、彼女には聖女としての役割ではなく、研究者としての道を選んでもらってもいいと思っているのだけれど」
それは私も同じ気持ちだし、きっとリンダ自身もそう思っていたのだろう。
だけどボスマン研究所で彼女の実績は、全く評価されないものだった。
「エマさまとしては、聖女としての彼女の資質は惜しくはないのですか?」
今日のリシャールは、明らかに王子さま仕様だ。
上品でにこやかな気品あふれる仕草は、私の前で見せる粗野で全くの遠慮のない彼とは、全然違う。
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