エルグリムの悪夢~転生魔王は再び世界征服を目指す~

岡智 みみか

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第6章

第3話

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「どうするも何も、俺が死んでも仲間はまだ生きてる。ここで首を斬ったところで、あいつらが襲ってくるだけだぞ」

「先を急ごうぜ、イバン。盗賊団の行く末なんて、知ったこっちゃねぇよ」

「そういうワケにはいかん!」

 ディータとイバンがにらみ合う。

「じゃあどうすんだよ」

 この三人はともかく、これ以上乗客たちが戦うのは無理だ。

長引けば怪我人どころか、死人がでる可能性がある。

「ねぇナバロ。何とかして!」

 朝日を浴びて、車輪に取り憑いていたゼリーが溶け始めた。

「なんだ。太陽の光で溶けるのか……」

 マジックアイテムの仕組みとしては、簡単なものだ。

簡単過ぎてそこに気づかなかった。

盗賊団にしても、このアイテムが解除されると同時に、引き上げるタイミングか。

襲って手に入れた馬車だって、最低でも朝日の昇るこのタイミングくらいでは、移動させたいしな。

そんなことにも、俺は気づかなかった。

「そういうことかよ。案外つまんなかったな」

「ねぇ、ナバロ!」

「分かってるよ」

 顔を上げる。

とは言ったものの、土手上にはまだ、二、三十の騎馬隊と歩兵がいる。

隙を見て逃げ出すつもりだ。

「面倒だな」

 俺は少し考えてから、印を結ぶ。

『最大暴風風起こし!』

 草原の空気が、ガツンと揺らめいた。

地面から湧き上がる風が、盗賊団を巻き上げる。

全てを捕らえた風は、馬と人間をきれいに分離し着地させた。

『この地に生える草の根よ。ここで多くの血を流した者たちを、捕らえて放すな』

 足元の草がシュルシュルと勢いよく伸び、盗賊たちの体を締め上げる。

馬はそのまま逃げ出していった。

「魔法ってのは、こうやって使うんだよ。フィノーラ」

「フン。だからなに」

 きっと今は、こうするのが正解なのだろう。

他に方法はたくさんあっても、そうじゃないような気がする。

イバンはようやく、その剣を鞘に収めた。

朝日を受け、草原はキラキラと輝く。

盗賊たちが逃げだそうと、もがけばもがくほど、しっかりと伸びて絡みつく葉に、彼はため息をついた。

「やはり魔道士の力というのは、恐ろしいものだな」

「そうだね。本当はもっと、単純でいいやり方はあると思うんだけど……」

「いや。これで十分だよ」

 イバンは笑った。

後続の駅馬車が、俺たちを追い抜いてゆく。

グレティウスへ金や資材を運ぶ貨物便だ。

聖騎士団の剣士ではないが、傭兵が二人ついている。

「ねぇ、本当の盗賊団の狙いは、こっちだったんじゃないの?」

「だとしたらフィノーラ、俺たちは全員皆殺しだったな。お前は売られてたかも」

 ディータはウインクを飛ばす。

捕らえた盗賊たちを片付けに来るよう、先に行く貨物便の御者に、イバンは伝言を頼んでいた。

「これで、チェノス聖騎士団の手柄になるはずだ」

 ようやく馬車は動き始めた。

俺はイバンと二人、木箱の背の踏み台に腰をかけ、背後の安全を見ている。

朝日に揺れる森の木々が、絶え間なく後方に流れてゆく。

「……。あれは、イバンの手柄じゃなくてもよかったのか?」

「この街道が、誰もが安全に使えるようになることが、私にとっての一番の喜びだからな」

 そう言って目を閉じる。

傷だらけになった、その端正な横顔を見上げた。

この男は、本気でそんなことを思っているのだろうか。

「報奨金が出たかもしれないのに? そしたら、聖剣士の格もきっと昇格したぞ? どうしてそれをアピールしないんだ?」

「はは。それなら、確かにそうしてもよかったけどな。いずれにしろ、私はいま、休暇中なんだよ」

 イバンはうっすらと目を開けると、流れてゆく景色をぼんやりと見ている。

「たまにはそんなことがあっても、いいと思わないか?」

 彼は静かに微笑むと、その大きな手で俺の頭をグッと掴み、くしゃりと撫でた。

「ナバロは本当に強い魔力の持ち主だな。きっといい魔道士になる」

 この俺が? いい魔道士? 

冗談じゃない。

駅馬車は街道を進んで行く。

日が昇る頃には、大きな聖騎士団の部隊とすれ違った。

ご大層な装備に武器までしっかり揃え、まるでこれから魔王城へでも乗り込んでいくみたいだ。

あの呪いは、聖騎士団の鎧を身に纏ったものが触れると、解けるようにしてある。

きっとあいつらは、これから聖騎士団に酷い目に合わされるのだろう。

 荷馬車はようやく、グレティウス手前のチェノスへ入った。

駅馬車を降りる。

「今回は本当に助かったよ。よい旅を」

「あんたらがいてよかったわ。ありがとうね」

 数日を共にしただけの、素性も分からぬ乗客たちが、次々と俺たちに礼を言っては去ってゆく。

「なぜ礼を言って行くんだ?」

「挨拶だよ」

 ディータはそう言った。

どこだって土埃の舞う、ごちゃごちゃと落ち着かない停車場だ。

「みんなお前に感謝してる」

「俺に? それは違うだろ」

「そんなことはないさ」

「感謝が挨拶なのか?」

「そうだ」

 乗客たちがようやく見えなくなると、ディータの手は俺の手を握る。

「よそ見してると、迷子になるぞ」

 それでも俺は、どこまでも子供扱いだ。

停車場を出る。

チェノスはグレティウスへ向かう街道と、首都ライノルトへ向かう街道を結ぶ交易都市だ。

遙か東には、遠く連なる黒い山脈が見える。

その麓には、かつての俺の居城がある。

「イバンとはここでお別れね」

 停車場の近くにある、聖騎士団の事務所前で立ち止まる。

聖剣士であるイバンには、グレティウス行きの通行許可証はすぐに発行されるが、俺たちのような平民は、審査を受けないことには中に入れない。

「悪夢の調査隊に入るんだろ?」

 ディータはイバンに言った。

「見つけたら、ちょっとくらいカスめといて、俺にもくれ」

「休暇中の暇潰しだよ。本気で見つけられるとは、思っていない」

「すぐに追いつくわ。グレティウスに入る。そして宝を見つける」

 フィノーラのその言葉に、イバンは笑った。

「はは。だとしたら、君たちも立派な犯罪者になるな」

 その背後が、急に騒がしくなった。

振り返ると、街道で俺たちを襲った盗賊団が、荷馬車に乗せられ運ばれている。

鋼鉄の檻に入れられ、両手両足を鎖に繋がれていた。

俺たちが草原で捕らえた時に比べ、あちこちが打たれ傷つき血を流している。

首領の男と目が合った。

男はギロリと強い視線をこちらに向けた。

そのまま、何も発することなく運ばれてゆく。

「草地に繋がれ身動き取れなくなって、逆に襲われたか」

「仕方ないわよ。今まで自分がしてきたことが、返ってきただけだわ」

「これからは、正当な裁判と刑が待っている。己の犯した罪の報いを受け、それを償うといい」

 彼らはあのだだっ広い草原に繋がれ、何をされ、何を見たのだろうか。

「大罪は、大罪だからな」

 そう言った俺を、イバンは見下ろした。

「休暇が終われば、私はルーベンに戻る。お嬢さまはお前を心配している。気が向いたら、顔を見せてやってくれないか」

「あのキレイで頭の弱いお嬢さまね」

 フィノーラはフンと鼻で笑った。

「反吐が出るわ」

「お前のことも、心配しておられたぞ」

 イバンは静かに微笑む。

「じゃあな。健闘を祈る」

 聖騎士団専用の停車場に、グレティウス行きの馬車が待機していた。

イバンはそこへ向かう。

各地から集まってきた悪夢捜査隊の志願者で、ごったがえしている。

野外に机を出しただけの受付に、イバンは懐から出した、何かの書類を渡す。

それを受け取った聖騎士団の剣士は、顔を上げた。

「一人で来たのか? 他の志願者はどうした。いないのか?」

「他の志願者を連れてきてもよかったのか。審査があるのでは?」

「中央議会から、特別要請が出てる。今月いっぱいは聖騎士団団員の推薦があれば、それに同行するかぎり、期間限定で調査隊入隊が認められるんですよ」

 そう言った男は、ひょいと首をのぞかせた。

「そこにいる魔道士たちは、一緒じゃないのか?」

 イバンは俺たちを振り返った。

その目と目と目があう。

「い……、一緒です!」

「そうです! 私たちも行きます!」

 ディータとフィノーラが、同時に叫ぶ。

「あー。その子も、聖騎士団予備隊入隊志願者なのかな? 社会見学代わりに、参加ということで、いいのかな?」

「え……、えっと……」

「そうです。私が指導しています」

 イバンの手が、俺の肩に乗った。

「私が彼の後見人です」

「じゃ、どうぞ」

 イバンの持参した志願者名簿に、俺たちはサインする。

「いいボランティア経験になりましたね。よい休暇を!」

 書類にドンと朱印が押される。

俺たちは、グレティウス行きの馬車に飛び乗った。
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