Let's鬼退治!

岡智 みみか

文字の大きさ
3 / 71
第1章

第2話

しおりを挟む
 空気に潮の香りが漂い始めた。

空の色はわずかにその色調を変える。

海岸線に沿ってたくさんの樹が植えられていた。

この向こうには海があるんだってことが、何となく分かる。

防潮堤代わりの国道を乗り越えた。

 あたしが鬼の姿をはっきりと見たと覚えているのは、やっぱり小学生の時だ。

二年生くらいだったと思う。

友達数人と自転車で遠出をしていた。

ちょっとした冒険のつもりだったのに、道に迷ってすっかり帰りが遅くなってしまった。

太陽は沈み空は真っ赤に燃え上がり、すぐそこまで夕闇が迫っていた。

あたしたちは自分が今どこにいるのかも分からなくて、誰もが焦っていた。

本当に家まで帰り着けるのか、それすら信じられずにいた。

このまま世界から取り残されてしまうような気がして、ちゃんと言いつけを守らなかったことを、黙って遠くに行かないという約束を破ってしまったことを、後悔し始めていた。

 互いに非難をする余裕もなくなっていて、ただただペダルをこぎ続けた。

次第にハンドルを握る指先は冷たくなり、足も疲れてくる。

どうしてこんなことをしちゃったんだろう。

家から出なければよかった。

こんな冒険、言い出したのは誰だっけ? 

「自分は行かない」って、どうして断らなかったんだろう。

 見つけた公園で一休みした。

トイレに行きたいという子たちが連れだって行ってしまい、一人でベンチに座っていた。

背後から伸びてきた醜い手が、あたしの腕をつかむ。

引きずりこまれそうになるのを、なんとか踏ん張った。

「違うよ。こっちだよ。何してるの? ちょっとここで休憩していかない? お菓子あるよ。食べる? 大丈夫だから」

 そんな声が聞こえた。

叫びたくても恐怖で声が出ない。

「この道、来るときも通ったよね!」

 やっと戻ってきたみんなの姿が見えた。

仲間の誰かがそう言って周囲を見渡す。

鬼の腕はスッと姿を消した。

「あそこの病院、おばあちゃんが入院してるとこ!」

 遠くに見えたその建物には、確かに見覚えがあった。

車でいつも通る道沿いにある病院で、もう知っているところまで近い。

「近道しよう」

 自転車にまたがったみんなのところへ、あたしは駆けだした。

ただでさえ不安で一杯のところに、何も言えなかった。

目印となった病院を目指して進路を変えようという話しになった。

川沿いの遊歩道をずっと走ってきたのだから、そのまま道に沿って進んでいればよかったのに、あたしたちは方向転換した。

まだ鬼がこちらを見ていることに、気づいているのはあたしだけのようだった。

「そのまままっすぐ行こうよ」

「絶対こっちの方が近道だって!」

「どうして? この道を通ってきたのに……」

 一人にされるのが怖かった。

走り出したみんなの後に結局ついて行った。

低く唸るような鬼の声が聞こえ、背筋が凍る。

 結局その時の彼女たちの提案は正しくて、今になって地図をながめてみると、川沿いを行くより随分とショートカットされていた。

あたしたちは完全に真っ暗になる前にそれぞれに家にたどり着き、誰からも怒られずママも何も言わなかった。

「おかえりー。楽しかった?」なんてキッチンに立つママに言われて、「うん!」と元気よく答えた。

あたしはもう見えなくなった鬼の影におびえて、腕についた真っ赤なアザのことを誰にも言えずにいた。

 それ以来、鬼の存在を感じる度にこのアザは痛みだす。

反発なのか抵抗なのかは知らない。

成長するにつれその感覚は次第に大きくなり、ついに恐ろしいその姿を目撃してしまった。

 真っ赤に腫れ上がった顔に潰れた目。

太く短い角は何よりも禍々しく、吐く息は甘い異臭を放ち、その人を見下ろした。

伸ばされた筋肉質な腕とかぎ爪は彼女の腕をつかむ。

捕まったその人が喰われ、潰されていくさまを、怯えながら陰に隠れ息を殺し目も耳も塞いでやり過ごした。

もう二度とあんなものは見たくもないし、誰かを犠牲にさせるつもりもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...