ポイントセンサー

岡智 みみか

文字の大きさ
40 / 62

第40話

しおりを挟む
午後が近づいてきていた。

芹奈さんにぴったりとくっついたまま仕事の説明を受ける愛菜の後ろに、私は立つ。

「そろそろお昼にしませんか?」

愛菜は緊張の糸が途切れたかのように深く息を吐き出し、芹奈さんは私を見上げるた。

「そうね、休憩しましょう」

「愛菜、一緒に社食に行こう、すっごくおいしいんだよ。私が案内してあげる」

「今日は、自分でお弁当を作ってきたの」

愛菜はキーボードの上に手を置いた。

「だから、このまま続ける。早く仕事を覚えたいの。芹奈さん、続きをお願いします」

「食事に行きましょう。私も少し休みます」

パソコン操作を続ける愛菜に、芹奈さんは言った。

「あまり根を詰めても、作業効率がよくなるとは限らない。適度な休憩は必要よ」

芹奈さんをキッとにらみ上げる愛菜の視線に、しかし彼女は一ミリも動かされることなく、真顔で答えた。

「一緒に、食事にしましょう」

廊下に出て、先頭を歩く芹奈さんの後ろを愛菜が歩く。

通路に響く三足のヒールの音が、それぞれの思いを乗せたリズムを刻む。

芹奈さんと愛菜のそれは、戦場へ向かう兵士を鼓舞する軍歌のようだ。

そんな二人の背中を見ながら歩くことになるとは、思いもしなかった。

私も芹奈さんはちょっと苦手だけど、そこまで喧嘩を売る気はない。

戦っても勝てないと分かってる相手に、どうして挑む必要がありましょうか、いやない。

「明穂さんは何を食べるの?」

社食についてすぐ、芹奈さんがメニューの画面を開く。

「あ、私は個人メニューの日替わりなんです、いつも」

「じゃあ私もそうしてみようかしら」

「いつもは、どうなさってたんですか?」

私の質問に、芹奈さんが答えた。

「いつもは、食べたり食べなかったり。気が向いたときに気が向いたものを口にいれてるの」

そんな会話の横で、愛菜はテーブルの上にドンッと弁当箱を置いた。

可愛らしい包みを開くと、お料理サイトに乗っている、『みんな大好き! 手作りのお弁当』みたいな特集の、代表格ばかりでラインナップが組まれた、全く欠陥のないおかずのコンボだ。

「あら、愛菜さんは料理も得意なのね」

芹奈さんは片肘をついて、にっこりと微笑む。

愛菜はそれ以上の愛嬌でもって、にっこりと微笑んだ。

「得意っていうか、普通ですけどね」

色とりどりの野菜に、色違いの俵型のおにぎり、串にさしたミートボールときんぴらゴボウ。

「すごーい、かわいい!」

「芹奈さんも、これくらいは普通にしてますよね」

愛菜の今の知覚の範疇に、私の存在は全くない。

芹奈さんは何も答えず立ち上がった。

「失礼、お手洗いに行ってくるわね」

芹奈さんが背を向けた瞬間、愛菜は素早くスマホを取り出すと、彼女の背にカメラを向けた。

芹奈さんのPPは2265。

愛菜は自分のPPも確認する。

愛菜のPP1802。

「わ、愛菜、すごい上がってるね」

「当然よ。ここにいるんだもん、これくらい普通でしょ」

愛菜はカメラを私にも向ける。

私のPPは1685。

彼女は吐き捨てるような息をこぼして、スマホを置いた。

「ねぇ、そんな数字で、よく外を歩けるよね」

「どうして?」

「別に」

彼女は自分で用意した弁当の中から、とても綺麗で端正な野菜の切れ端を口に入れる。

それをしっかりとよく噛んでから、ごくりと飲み込んだ。

「私は、やっとここに入れたのよ。今は余計なことをしている時間はないの。気安く話しかけないでくれる?」

芹奈さんが戻ってきた。

愛菜は淡々とプラスチックの箱から箸で食材を口に運び、芹奈さんはカロリー補助ドリンクを飲んでいる。

この三人の、共通の話題が見つからない。

私たちは、黙って食事を済ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...