ポイントセンサー

岡智 みみか

文字の大きさ
54 / 62

第54話

しおりを挟む
「明穂、昨日の夜勤、大丈夫だった?」

「うん、普通だったよ」

「横山さん、結局泊まり込んだみたいですよ」

市山くんの言葉に、さくらは真剣な表情でうなずいた。

「あぁ、やっぱりそうなさったんですね」

さくらは知っていたってこと? 

聞いてみようかと思った瞬間、横田さんが私に言った。

「お前はもういい。家に帰って、ゆっくり休め」

休めって言われたって、さっきまで爆睡してたんですけど。

出局してきた芹奈さんが、パソコンを立ち上げた。

「あら、横田さんはやっぱり泊まりこんだのね」

「あぁ、それでこの後のことなんだが……」

さくらも市山くんも仕事を始めているし、芹奈さんと横田さんは、二人ともシンクロしたみたいに、同じ格好で腕組みして話し合っている。

なんだか私だけが、取り残された気分だ。

「じゃ、帰ります」

オフィスを出ようとしたら、芹奈さんだけが「お疲れさま」と言った。

妙に気分が悪い。

気分、というか、自分で自分の機嫌が悪化しているのを肌身で感じる。

どうしてこんなにも、イライラするのだろう。

局のロビーに出たら、出局してきたばかりの愛菜と、ばったり会った。

「あら、夜勤あけ?」

彼女は言った。

「そう、今から帰る」

「ふーん」

彼女の真横を通り抜けようとしたとき、その顔はにっこりと微笑んだ。

「ねぇ、私もやっぱり、帰る」

彼女は手にしていたスマホを、床の上にぽろりとこぼした。

わざと落としたそれは大きな音をたてて跳ね上がり、また落ちてはね返る。

「行こっか」

久しぶりに、彼女の腕が私に絡みつく。

だけど今は不思議と、それを不快には思わなかった。

私は彼女と一緒に、そのまま局の外へ出た。

夏の日差しが、肌を照りつける。

愛菜は一緒に遊園地に行った時のような機嫌のよさで、私と歩いていた。

私も彼女と二人だけになって、気分がぐんと上がった。

二人で仕事をサボり、入るカフェ。

冷たいフローズンのデザートアイスを分け合って、意味もなく笑い転げる。

手にしたスプーンの長さに笑って、器の形が可愛いと笑った。

私がスマホで画像を撮ろうとした時、彼女の手はそれを止めた。

そうだ。

愛菜はスマホを捨ててきたんだった。

私もそうしよう。

「ねぇ、たけるも止めて」

「たける、更新するから、機能停止」

「そうだね明穂、たけるは機能停止するよ」

たけるの目から、光りが消えた。

「見て、このストロー、なんで黒なの? おかしくない?」

愛菜の言葉に、私はおかしくもないのに笑った。

彼女も笑って、私たちはずっと笑っていた。

「海が見たい」

ふいに彼女がそう言って、私たちは店を出た。

車を止めようとしたら、久しぶりに電車に乗りたいと彼女が言ったので、ガラガラの構内に降り立つ。

私たちは、西に向かう電車に乗った。

ガタンゴトンという音に揺られて、私の体も小さく揺れる。

隣に座った愛菜が、その額を私の肩先に乗せた。

頬を寄せると、彼女の指先が私の指に絡みつく。

目を閉じて、そのまま眠った。

手を繋いだままでたどり着いた海岸は、夏だというのに人気はまばらだった。

「人、そんなにいないね」

「海水浴場に指定された海じゃないからだよ」

「ふーん、そっか」

真夏の海の、選ばれなかったその場所は、それでも同じようにキラキラと輝いていた。

「ほら、あっちを見て」

愛菜の指した方角には、たくさんの人達が水着姿で海を楽しんでいた。

「同じ海なのに、全然違うんだね」

「何が違うのかな」

「そんなことに、意味なんてないのよ、きっと」

海はずっと、どこまでも一つに繋がっているのにな。

彼女は、くるりと私を振り返った。

「ねぇ、スマホ忘れて来ちゃった」

「なに言ってんの」

その屈託のないいたずらな微笑みに、私もつられる。

「私のスマホ、鳴らしてみて」

「たける、起きて」

「そうだね明穂、僕はちゃんと起きたよ」

「愛菜のスマホに電話」

背中にいるたけるの体内で、スマホの震えるわずかな振動が体に伝わる。

それが、ふいに途切れた。

「あれ? 電話、繋がった?」

背中のたけるに問いかける。

「そうだね明穂、愛菜ちゃんの電話、繋がらなかったよ」

私は愛菜を見た。

彼女は微笑む。

「だって、私はここにいるんだもん、電話をとれなかったから、切れたんじゃない?」

愛菜の手が、私の手に繋がる。

遠くにいて繋がらないものでも、これだけ近くにいれば、その間に余計なものなんてなにもいらなかった。

手を伸ばせば、いつだって簡単に繋がれる。

夕日が沈んでゆくのを、私たちは最後まで見ていた。

「そろそろ帰ろっか」

私がそう言ったら、彼女は首を横に振った。

「先に帰ってていいよ。私はもうちょっと、ここにいるから」

愛菜は冷たくなった砂の上に、両膝を抱いてうずくまっている。

その目はじっと暗い海を見ていて、私はそっと立ち上がると、すぐそばにあった無人の車を呼び寄せ、中に乗り込んだ。

「うちまでお願い」

「かしこまりました」

自動運転ロボットのAIが答える。

滑らかに動き出したその中で、私はまたいつの間にか眠ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...