ポイントセンサー

岡智 みみか

文字の大きさ
55 / 62

第55話

しおりを挟む
目が覚めたとき、私を起こしたのは、AIの到着を告げる音声ではなく、激しく揺り起こすさくらの手だった。

「明穂、早く起きて、明穂!」

「え? なに? ここはどこ?」

「いいから早く下りて!」

強い力で、腕をつかまれる。

私を車から引きずり降ろしたのは、横田さんだった。

「ちょ、なにをす……」

口を塞がれ、上からブランケットが掛けられる。

そのまま有無を言わさぬ強さで、私はどこかの建物に連れ込まれた。

「明穂、心配しないで、まっすぐ素直に歩いて!」

さくらの声が、廊下に響く三人の足音に混じる。

「これからあなたを、安全なところにかくまうから、私も一緒よ」

いくつもの角を曲がり、階段を上り下りして、ようやく解放されたそこは、小さな物置だった。

「ちょっと、どういうこと!」

「明穂、ごめんね!」

さくらは私に飛びついた。

彼女は大きな声で泣きながら、私を抱きしめ放そうとしない。

横田さんは深い息を吐いて、頭を抱えた。

「失敗した。我々は彼女を甘くみていた。さすがの3000も、盲点をつかれたな」

「どういうことですか?」

「乃木愛菜の仕掛けた爆弾が爆発した。PP局内の、遺失物保管倉庫の中だ。起爆装置を作動させたのは、保坂、お前だ」

何を言っているのか、さっぱり意味が分からない。

この人の言うことはいつでも支離滅裂で、私の理解の範疇を超えている。

「とにかく、お前が犯人ではなく、巻き込まれただけだということは、この件に関わった人間、全員がよく理解している」

やっぱりこの人は、ちゃんと日本語をしゃべった方がいい。

「ごめんね明穂、あなたをそうさせないために、私たちはずっと頑張ってきたのに!」

さくらは涙をぬぐった。

横田さんの苛立つ手が、壁を叩きつける。

「詳しい話しは、後でゆっくり聞いてくれ。今はとにかく、ここに身を隠していろ。警察がお前を探している」

力が抜け落ちる。

目の前が真っ暗になるって、こういうことを言うんだ。

倒れそうになる私を、さくらが支えた。

横田さんが近くにあった椅子を用意してくれて、私はそこに倒れ込む。

さくらと横田さんは、どうやってここで数日を過ごすのか、その相談を始めた。

ベッドがどうのこうのとか、食料とかトイレとか、そんなどうでもいいこと。

「ねぇ、愛菜は? 愛菜は、どうなったの?」

その言葉に、二人の顔は厳しさを増す。

「彼女は警察に追われているわ。捕まるのも、時間の問題ね」

「もし逮捕されたら、お前にそそのかされたと、証言することが予想されている」

ようやく涙が出てきた。

止めようとしても自分では止められない涙が、後から後から溢れ出る。

彼女と過ごした時間、電車の中でもたれてきた肩と、絡めた指の感触、私の服には、まだその時の砂も残っているのに。

「今は、長島くんが警察と交渉しているわ。あなたを、向こうに引き渡さないように」

「大丈夫、お前は、彼のことが好きだと言ったじゃないか」

横田さんの手が、くしゃくしゃと私の頭を撫でた。

「あいつも同じ気持ちだ。絶対にそんなことはさせない」

「ねぇ、明穂、お願いがあるの」

さくらが足元にしゃがみこんで、私を見上げる。

「たけるの機能を、停止してくれない?」

そういえば、たけるの姿がここにはない。

「しばらく、こっちで預かることになるけど、大丈夫かしら?」

大丈夫もなにも、私がたけるに命令して愛菜のスマホに電話をかけたことが起爆スイッチになったのならば、もう二度とたけるには会えない。

「だって、そうしないといけないんでしょう?」

溢れ出る涙で、体中の水分が全て奪われ、そのまま干からびてしまいそうだ。

こんな感覚、もう二度と味わいたくなかったのに。

さくらから手渡されたスマホを立ち上げると、たけるに停止命令を出した。

そのスマホも、さくらに返す。

「急いで探したんだが、これしか見つからなかった」

横田さんが取り出したのは、たけると同じくらいの大きさの、ピンク色のくまだった。

本当は欲しくなんかないけど、ここで受け取らなかったら、またみんなに迷惑をかけてしまう。

つかんだその体はとても柔らかくてふわふわで、真新しいだけのぬいぐるみだった。

たけるみたいに汚れてもないし、毛並みも綺麗にそろっていて、ところどころが固くなんてなっていない。

「私たちは、一旦ここを出なくちゃいけないんだけど」

「すぐに戻る。大人しくここにいるんだ。分かったな」

黙ってうなずく以外に、今ここで出来る正解を私は知らない。

「今夜はみんなで、一緒に過ごそう。ね、七海ちゃんと芹奈さんも誘って、もちろん、市山くんも一緒よ」

さくらの言葉に、私は微笑んだ。

扉がしまる。

渡されたたけるの偽物をその場に残して、私は立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...