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第55話
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目が覚めたとき、私を起こしたのは、AIの到着を告げる音声ではなく、激しく揺り起こすさくらの手だった。
「明穂、早く起きて、明穂!」
「え? なに? ここはどこ?」
「いいから早く下りて!」
強い力で、腕をつかまれる。
私を車から引きずり降ろしたのは、横田さんだった。
「ちょ、なにをす……」
口を塞がれ、上からブランケットが掛けられる。
そのまま有無を言わさぬ強さで、私はどこかの建物に連れ込まれた。
「明穂、心配しないで、まっすぐ素直に歩いて!」
さくらの声が、廊下に響く三人の足音に混じる。
「これからあなたを、安全なところにかくまうから、私も一緒よ」
いくつもの角を曲がり、階段を上り下りして、ようやく解放されたそこは、小さな物置だった。
「ちょっと、どういうこと!」
「明穂、ごめんね!」
さくらは私に飛びついた。
彼女は大きな声で泣きながら、私を抱きしめ放そうとしない。
横田さんは深い息を吐いて、頭を抱えた。
「失敗した。我々は彼女を甘くみていた。さすがの3000も、盲点をつかれたな」
「どういうことですか?」
「乃木愛菜の仕掛けた爆弾が爆発した。PP局内の、遺失物保管倉庫の中だ。起爆装置を作動させたのは、保坂、お前だ」
何を言っているのか、さっぱり意味が分からない。
この人の言うことはいつでも支離滅裂で、私の理解の範疇を超えている。
「とにかく、お前が犯人ではなく、巻き込まれただけだということは、この件に関わった人間、全員がよく理解している」
やっぱりこの人は、ちゃんと日本語をしゃべった方がいい。
「ごめんね明穂、あなたをそうさせないために、私たちはずっと頑張ってきたのに!」
さくらは涙をぬぐった。
横田さんの苛立つ手が、壁を叩きつける。
「詳しい話しは、後でゆっくり聞いてくれ。今はとにかく、ここに身を隠していろ。警察がお前を探している」
力が抜け落ちる。
目の前が真っ暗になるって、こういうことを言うんだ。
倒れそうになる私を、さくらが支えた。
横田さんが近くにあった椅子を用意してくれて、私はそこに倒れ込む。
さくらと横田さんは、どうやってここで数日を過ごすのか、その相談を始めた。
ベッドがどうのこうのとか、食料とかトイレとか、そんなどうでもいいこと。
「ねぇ、愛菜は? 愛菜は、どうなったの?」
その言葉に、二人の顔は厳しさを増す。
「彼女は警察に追われているわ。捕まるのも、時間の問題ね」
「もし逮捕されたら、お前にそそのかされたと、証言することが予想されている」
ようやく涙が出てきた。
止めようとしても自分では止められない涙が、後から後から溢れ出る。
彼女と過ごした時間、電車の中でもたれてきた肩と、絡めた指の感触、私の服には、まだその時の砂も残っているのに。
「今は、長島くんが警察と交渉しているわ。あなたを、向こうに引き渡さないように」
「大丈夫、お前は、彼のことが好きだと言ったじゃないか」
横田さんの手が、くしゃくしゃと私の頭を撫でた。
「あいつも同じ気持ちだ。絶対にそんなことはさせない」
「ねぇ、明穂、お願いがあるの」
さくらが足元にしゃがみこんで、私を見上げる。
「たけるの機能を、停止してくれない?」
そういえば、たけるの姿がここにはない。
「しばらく、こっちで預かることになるけど、大丈夫かしら?」
大丈夫もなにも、私がたけるに命令して愛菜のスマホに電話をかけたことが起爆スイッチになったのならば、もう二度とたけるには会えない。
「だって、そうしないといけないんでしょう?」
溢れ出る涙で、体中の水分が全て奪われ、そのまま干からびてしまいそうだ。
こんな感覚、もう二度と味わいたくなかったのに。
さくらから手渡されたスマホを立ち上げると、たけるに停止命令を出した。
そのスマホも、さくらに返す。
「急いで探したんだが、これしか見つからなかった」
横田さんが取り出したのは、たけると同じくらいの大きさの、ピンク色のくまだった。
本当は欲しくなんかないけど、ここで受け取らなかったら、またみんなに迷惑をかけてしまう。
つかんだその体はとても柔らかくてふわふわで、真新しいだけのぬいぐるみだった。
たけるみたいに汚れてもないし、毛並みも綺麗にそろっていて、ところどころが固くなんてなっていない。
「私たちは、一旦ここを出なくちゃいけないんだけど」
「すぐに戻る。大人しくここにいるんだ。分かったな」
黙ってうなずく以外に、今ここで出来る正解を私は知らない。
「今夜はみんなで、一緒に過ごそう。ね、七海ちゃんと芹奈さんも誘って、もちろん、市山くんも一緒よ」
さくらの言葉に、私は微笑んだ。
扉がしまる。
渡されたたけるの偽物をその場に残して、私は立ち上がった。
「明穂、早く起きて、明穂!」
「え? なに? ここはどこ?」
「いいから早く下りて!」
強い力で、腕をつかまれる。
私を車から引きずり降ろしたのは、横田さんだった。
「ちょ、なにをす……」
口を塞がれ、上からブランケットが掛けられる。
そのまま有無を言わさぬ強さで、私はどこかの建物に連れ込まれた。
「明穂、心配しないで、まっすぐ素直に歩いて!」
さくらの声が、廊下に響く三人の足音に混じる。
「これからあなたを、安全なところにかくまうから、私も一緒よ」
いくつもの角を曲がり、階段を上り下りして、ようやく解放されたそこは、小さな物置だった。
「ちょっと、どういうこと!」
「明穂、ごめんね!」
さくらは私に飛びついた。
彼女は大きな声で泣きながら、私を抱きしめ放そうとしない。
横田さんは深い息を吐いて、頭を抱えた。
「失敗した。我々は彼女を甘くみていた。さすがの3000も、盲点をつかれたな」
「どういうことですか?」
「乃木愛菜の仕掛けた爆弾が爆発した。PP局内の、遺失物保管倉庫の中だ。起爆装置を作動させたのは、保坂、お前だ」
何を言っているのか、さっぱり意味が分からない。
この人の言うことはいつでも支離滅裂で、私の理解の範疇を超えている。
「とにかく、お前が犯人ではなく、巻き込まれただけだということは、この件に関わった人間、全員がよく理解している」
やっぱりこの人は、ちゃんと日本語をしゃべった方がいい。
「ごめんね明穂、あなたをそうさせないために、私たちはずっと頑張ってきたのに!」
さくらは涙をぬぐった。
横田さんの苛立つ手が、壁を叩きつける。
「詳しい話しは、後でゆっくり聞いてくれ。今はとにかく、ここに身を隠していろ。警察がお前を探している」
力が抜け落ちる。
目の前が真っ暗になるって、こういうことを言うんだ。
倒れそうになる私を、さくらが支えた。
横田さんが近くにあった椅子を用意してくれて、私はそこに倒れ込む。
さくらと横田さんは、どうやってここで数日を過ごすのか、その相談を始めた。
ベッドがどうのこうのとか、食料とかトイレとか、そんなどうでもいいこと。
「ねぇ、愛菜は? 愛菜は、どうなったの?」
その言葉に、二人の顔は厳しさを増す。
「彼女は警察に追われているわ。捕まるのも、時間の問題ね」
「もし逮捕されたら、お前にそそのかされたと、証言することが予想されている」
ようやく涙が出てきた。
止めようとしても自分では止められない涙が、後から後から溢れ出る。
彼女と過ごした時間、電車の中でもたれてきた肩と、絡めた指の感触、私の服には、まだその時の砂も残っているのに。
「今は、長島くんが警察と交渉しているわ。あなたを、向こうに引き渡さないように」
「大丈夫、お前は、彼のことが好きだと言ったじゃないか」
横田さんの手が、くしゃくしゃと私の頭を撫でた。
「あいつも同じ気持ちだ。絶対にそんなことはさせない」
「ねぇ、明穂、お願いがあるの」
さくらが足元にしゃがみこんで、私を見上げる。
「たけるの機能を、停止してくれない?」
そういえば、たけるの姿がここにはない。
「しばらく、こっちで預かることになるけど、大丈夫かしら?」
大丈夫もなにも、私がたけるに命令して愛菜のスマホに電話をかけたことが起爆スイッチになったのならば、もう二度とたけるには会えない。
「だって、そうしないといけないんでしょう?」
溢れ出る涙で、体中の水分が全て奪われ、そのまま干からびてしまいそうだ。
こんな感覚、もう二度と味わいたくなかったのに。
さくらから手渡されたスマホを立ち上げると、たけるに停止命令を出した。
そのスマホも、さくらに返す。
「急いで探したんだが、これしか見つからなかった」
横田さんが取り出したのは、たけると同じくらいの大きさの、ピンク色のくまだった。
本当は欲しくなんかないけど、ここで受け取らなかったら、またみんなに迷惑をかけてしまう。
つかんだその体はとても柔らかくてふわふわで、真新しいだけのぬいぐるみだった。
たけるみたいに汚れてもないし、毛並みも綺麗にそろっていて、ところどころが固くなんてなっていない。
「私たちは、一旦ここを出なくちゃいけないんだけど」
「すぐに戻る。大人しくここにいるんだ。分かったな」
黙ってうなずく以外に、今ここで出来る正解を私は知らない。
「今夜はみんなで、一緒に過ごそう。ね、七海ちゃんと芹奈さんも誘って、もちろん、市山くんも一緒よ」
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扉がしまる。
渡されたたけるの偽物をその場に残して、私は立ち上がった。
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