7 / 31
第2章
第2話
しおりを挟む
私は来ないカイルを待ちながら、退屈な日々をただ過ごしていた。
誕生日まではまだ随分時間がある。
カイルとグレグは、いまどこで何をしてるのだろう。
私より背の低い幼いカイルが、年齢不詳の恐ろしい大魔法使いに、酷い扱いを受けている姿を思い浮かべ、身を震わせる。
いくら願ってもどうしようも出来ないまま、5日目の夜を迎えた時、ようやくカラスが塔を訪れた。
「遅い! もう来ないかと思ってた」
窓を開けると、黒く大きなカラスが部屋に飛び込んで来る。
何かを探るようにぐるりと部屋を一周すると、彼は入ってきた窓辺に舞い降りた。
「お前はソファーに座れ」
「分かったわよ。随分警戒心が強いのね」
最初に彼を捕まえたのが、失敗だったかしら。
私は仕方なく窓からゆっくりと離れ、指示された通りソファーに腰掛ける。
それを見届けると、彼は姿をカラスから少年に変えた。
「ふっ。お前の方こそ、俺が怖くないのか?」
「怖くなんかないわ。私が恐れる必要なんて、どこにもないもの。どうしてすぐに来なかったのよ」
カイルは窓辺に座ったまま片膝を立てると、そこに腕を置いた。
「グレグさまは、南の海へ海獣を捕らえに出発したんだ。その準備で忙しかったんだよ」
「南の海?」
ここは海から遠く離れた内陸の国だ。
私も海を直接見たことはない。
「随分遠い所まで出掛けたのね」
「そうだよ。大きな牙と角を持つ海獣さ。海の漁師が困ってるっていうんで、討伐に行ったんだ」
「悪い魔法使いのグレグが?」
「魚がお好きなんだ。新鮮な魚が手に入りにくいと知りお怒りになって、海獣退治に乗り出していったんだ」
「……。そう。で、呪いを解いてもらうための、条件を聞いてきてくれたんでしょうね」
「そんなもの、あるわけないだろ」
カイルは立てた膝についた肘から、自分の指をペロリと舐めた。
「天下無敵のグレグさまが、譲歩するなんてあり得ないね。欲しいものがあれば、必ず手に入れられてきたお方だ。だが安心しろ。お前のことも一度手に入れれば、すぐに飽きて帰されるだろう。大人しく捕まったフリさえしておけば、俺が後から逃がしてやる」
「そんなことをして、カイルは罰を受けないの?」
「罰? 何だそれ」
「カイルは、グレグから酷い扱いをされてないのかなって」
「俺の心配をしているのか? 呆れたお姫さまだな」
彼は顔を天井に向けると、幼い顔に似合わずケラケラと高らかに笑った。
「グレグさまの100年前の気まぐれなんて、もうとっくに忘れてるよ。確かにあの時はこの場所で大戦争をしたかもしれないが、もう昔の話だ。恨んでなんかいない。グレグさまだって、いつまでも田舎娘一人にこだわったりするような方じゃない」
「ならどうして、呪いを発動させたのよ」
「その時に仕込んだものが、100年経って動き出したってだけだ。わざわざ自分で来ず俺を見に寄こしたってことは、面倒だと思っている証拠。俺の報告次第では、話がウマくまとまるかもしれないぞ」
「どうしてあなたは、グレグと一緒に南の海へ行かなかったの?」
「なぜそんなことを、お前が知りたがるんだ?」
「……。きっと役立たずだから、置いていかれたのね」
「なっ、そんなことを言うようなら、俺はもう仲介役なんてやらないぞ!」
バサリと彼の背に黒い翼が広がる。
このまま飛び帰ってしまおうっていうの?
「待って! カイルが本当に、グレグの使いだという証拠がないわ。あなたがその正体を明らかに出来ない以上、交渉役として私たちがあなたを選ぶことも、ありえないってことよ」
これはドットからの入れ知恵だ。
彼にはカイルのことを、全て正直に話している。
まずは正体を確かめろと、指示を受けていた。
「フッ。なるほど。そういうことか。だったらいいだろう」
彼はそう言うと、自分の来ていたシャツのボタンを一つ一つ外し始めた。
誕生日まではまだ随分時間がある。
カイルとグレグは、いまどこで何をしてるのだろう。
私より背の低い幼いカイルが、年齢不詳の恐ろしい大魔法使いに、酷い扱いを受けている姿を思い浮かべ、身を震わせる。
いくら願ってもどうしようも出来ないまま、5日目の夜を迎えた時、ようやくカラスが塔を訪れた。
「遅い! もう来ないかと思ってた」
窓を開けると、黒く大きなカラスが部屋に飛び込んで来る。
何かを探るようにぐるりと部屋を一周すると、彼は入ってきた窓辺に舞い降りた。
「お前はソファーに座れ」
「分かったわよ。随分警戒心が強いのね」
最初に彼を捕まえたのが、失敗だったかしら。
私は仕方なく窓からゆっくりと離れ、指示された通りソファーに腰掛ける。
それを見届けると、彼は姿をカラスから少年に変えた。
「ふっ。お前の方こそ、俺が怖くないのか?」
「怖くなんかないわ。私が恐れる必要なんて、どこにもないもの。どうしてすぐに来なかったのよ」
カイルは窓辺に座ったまま片膝を立てると、そこに腕を置いた。
「グレグさまは、南の海へ海獣を捕らえに出発したんだ。その準備で忙しかったんだよ」
「南の海?」
ここは海から遠く離れた内陸の国だ。
私も海を直接見たことはない。
「随分遠い所まで出掛けたのね」
「そうだよ。大きな牙と角を持つ海獣さ。海の漁師が困ってるっていうんで、討伐に行ったんだ」
「悪い魔法使いのグレグが?」
「魚がお好きなんだ。新鮮な魚が手に入りにくいと知りお怒りになって、海獣退治に乗り出していったんだ」
「……。そう。で、呪いを解いてもらうための、条件を聞いてきてくれたんでしょうね」
「そんなもの、あるわけないだろ」
カイルは立てた膝についた肘から、自分の指をペロリと舐めた。
「天下無敵のグレグさまが、譲歩するなんてあり得ないね。欲しいものがあれば、必ず手に入れられてきたお方だ。だが安心しろ。お前のことも一度手に入れれば、すぐに飽きて帰されるだろう。大人しく捕まったフリさえしておけば、俺が後から逃がしてやる」
「そんなことをして、カイルは罰を受けないの?」
「罰? 何だそれ」
「カイルは、グレグから酷い扱いをされてないのかなって」
「俺の心配をしているのか? 呆れたお姫さまだな」
彼は顔を天井に向けると、幼い顔に似合わずケラケラと高らかに笑った。
「グレグさまの100年前の気まぐれなんて、もうとっくに忘れてるよ。確かにあの時はこの場所で大戦争をしたかもしれないが、もう昔の話だ。恨んでなんかいない。グレグさまだって、いつまでも田舎娘一人にこだわったりするような方じゃない」
「ならどうして、呪いを発動させたのよ」
「その時に仕込んだものが、100年経って動き出したってだけだ。わざわざ自分で来ず俺を見に寄こしたってことは、面倒だと思っている証拠。俺の報告次第では、話がウマくまとまるかもしれないぞ」
「どうしてあなたは、グレグと一緒に南の海へ行かなかったの?」
「なぜそんなことを、お前が知りたがるんだ?」
「……。きっと役立たずだから、置いていかれたのね」
「なっ、そんなことを言うようなら、俺はもう仲介役なんてやらないぞ!」
バサリと彼の背に黒い翼が広がる。
このまま飛び帰ってしまおうっていうの?
「待って! カイルが本当に、グレグの使いだという証拠がないわ。あなたがその正体を明らかに出来ない以上、交渉役として私たちがあなたを選ぶことも、ありえないってことよ」
これはドットからの入れ知恵だ。
彼にはカイルのことを、全て正直に話している。
まずは正体を確かめろと、指示を受けていた。
「フッ。なるほど。そういうことか。だったらいいだろう」
彼はそう言うと、自分の来ていたシャツのボタンを一つ一つ外し始めた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる