呪われ姫と悪い魔法使い

岡智 みみか

文字の大きさ
8 / 31
第2章

第3話

しおりを挟む
「ちょ、何してんのよ!」

 目を逸らそうとした瞬間、彼の細く痩せた白い肌が顕わになる。
むき出しになった左肩から胸にかけて、私の脇腹に現れたのと同じ、リコスチナの花輪に大蛇が描かれた、グレグの紋章がくっきりと赤黒く刻まれていた。

「これが偽物だというのなら、近づいて自分の目で確かめるんだな。おっと。どこぞの魔法師から仕入れたらしい、マジックアイテムは置いていけ。投げたいなら投げてもいいが、それを使ったとたん、俺がここに来ていることを周囲にバラされるんだろ? そうなったら、もう話し合いはお終いだ。首を洗って、仲間の魔法師共々、震えながらお前の誕生日が来るのを待っていればいい」

 見つかった。どうして分かったの? 
彼は薄明かりの中で、私の全身から一つ一つ確かめるようにそれらのものを見ている。
彼の正体を暴き、行動を追跡するための目印となるペイントボールだったのに。
決して強い魔法なんかじゃない。
ドットに頼んで持って来てもらった、街のどこにでも売られている、小さな子供に使う迷子防止用のアイテムだ。

「おもちゃのような魔法でも、カイルは恐れるのね」

「目には見えなくても、それくらいのものを無効化するくらい、簡単だ。魔力や力なんかの問題じゃない。これは信頼の問題だよ、姫さま。それに、あいつらのことだ。どうせくだらない仕掛けがしてあるに違いない」

「……。分かったわ。どうすればいいの」

「グレグさまは、しばらく海から戻っては来られない。その間に、呪いを解いてもらうための条件を考えるんだ。俺が相談に乗ってやる。そうすれば、お前は無事解放される」

 彼の言葉を、どれだけ信用していいのかが分からない。
私の味方になってくれるっていうの? 
カイルは暗闇のなかじっとたたずむ私に、不敵な笑みを浮かべた。

「これでもまだ、信用出来ないか?」

「いいえ。分かったわ。マジックペイントは置いていく。あなたの言った通り、これは信頼の問題よ。だからその紋章を確かめさせて」

 私はスカートの中に隠し持っていた様々なマジックアイテムを、全てぽとぽと床に落とす。

「ファイヤーボールやサンダーボールまであるじゃないか! どんだけ信用ないんだよ!」

「仕方ないじゃない。私には魔法や武器は全く使えないもの」

 一歩彼に近づくと、すぐにカイルはおしゃべりな口を閉じた。
月明かりの中、そっと手を伸ばし、白く浮かぶ薄い肌に手を伸ばす。
彼はじっと、私に触れられるのを待っていた。
伸ばした指の先が、胸に刻まれた禍々しい大蛇に触れる。
柔らかな肌の持つ確かな温もりが、指先を通じて伝わってくる。
この紋章は、私のと同じだ。

「あなたも私と同じように、グレグに呪いをかけられているのね」

「そんなことは、どうだっていいだろ。お前は自分のことだけを考えてろ」

「本当に、カイルはあなた自身の意志で、グレグの元にいるの?」

 そのとたん、彼は触れる私の手を振り払った。
細い指で、すぐにシャツのボタンを留めてゆく。

「無駄話はお終いだ。条件を言え」

「そんなもの、すぐに決められるわけないじゃない。グレグは何を望んでいるの? それがカイルに分かる?」

「……。何も望んでなんかいないさ。欲しいのは代償だけだ」

「代償?」

 彼はそれには答えず、窓枠に跪くと人の形をしたまま、背に闇夜と同じ色をした翼を広げた。

「決まったら、この窓から俺を呼べ。お前の声を聞けば、すぐに飛んで来てやる」

「待って。仲直りのしるしよ。どうか受け取って」

 私はバスケットに詰めこまれたクッキーの中から、カイルが以前食べ損ねた種入りのクッキーを差し出した。

「これには、魔法も毒も入ってないわ。本当よ。信じているのなら、いますぐこれを食べて」

 彼は私の指しだしたクッキーをじっと見つめる。
不意にカイルの体が、窓枠からふわりと動いた。
彼は翼を広げたまま体を折り曲げ、私の手から直接、パクリと口に咥える。

「じゃあな。決まったら呼べよ」

 もぐもぐと口を動かしながらそう言うと、彼は夜空へ飛び去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...