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第5章
第3話
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カイルのいなくなってしまったぽっかりあいた窓を、ぼんやりと眺めている。
気づけば太陽はすっかり西に傾いていた。
もうすぐ夜がくる。
冷えてきた空気に私は窓を閉めた。
今日はもうカイルに会った。
朝にも会ったのに、夜にまた呼んだら来てくれるのかな。
夕食を運んでもらう時、もしものために追加で種入りの焼き菓子を多めにお願いしておこう。
紅茶の種類も変えて、今度は人の姿になったカイルにも飲んでもらえるよう、ちゃんと温かいものを用意して。
それでもし来てくれたら……。
重い木の扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」と答える間もなく、それは開いた。
「おや。また例の彼が来ていたのですか。ここの者たちとは違う魔法の臭いがしますね」
入ってきたのは、ドットだった。
彼は侍女たちに、二人分の夕食を用意させている。
「ドット。今夜はここで食事を?」
「えぇ。ウィンフレッドさまの様子が、多少気にかかりまして」
カイルを呼び出したかったのに。
来たら今朝のことを謝りたかったのに、これでは彼を呼ぶことすら出来ない。
だけど、カイルは一日に二度も呼び出されることを、面倒に思うかもしれない。
それならドットが来た、この呼べない状況であったのは逆によかったかも。
もし彼の方から会いに来たとしても、私が呼びたくでも呼べなかった事情を察してもらえる。
「いつまでここにいるの?」
「あなたがちゃんと、ベッドで寝付くまで」
テーブルについた私を、ドットの淡いブルーグレーの目が見つめる。
「……と、言いたいところですが、実はお知らせがあって参りました」
「知らせ?」
彼は鹿肉と野菜のスープにパンを浸すと、それを口に放り込む。
「間もなく、パンタニウムの花祭りがあるのはご存じですね。ウィンフレッドさまも毎年楽しみにしておられましたから」
「そうよ。そうだわ! 今年は、私はお祭りを見に行けないの?」
カイルのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
「そのことですが、さすがに今の状況で、例年と変わらず参加するというわけにもまいりません。なので、城内にお友達を呼んで、お茶会でも催したらどうかと思ったのです」
「まぁ! 本当にいいの?」
「もちろんです」
彼は目を細めると、にっこりと微笑んだ。
「ずっとここに閉じこもっていては、ご心労も重ねておいででしょう。息抜きも必要です。私もご一緒させていただくといいのが必須条件となりますが、それでもよろしいのであれば……」
「ねぇ、カイルも誘っていい?」
「彼をですか?」
赤い琥珀色の目をキラキラと輝かせた私に、ドットはプッと吹き出した。
笑っているのを彼なりに誤魔化すつもりはあるみたいだけど、完全に隠しきれていない。
「いくらウィンフレッドさまのお誘いとはいえ、彼はその誘いを受けてくれますかね?」
「断るかどうかは、カイル次第だわ。ね、ドットだって、会ってみたいって言ってたじゃない」
「それはそうですが……」
「もちろん、お茶会の時は休戦よ。それに、彼は使者だもの。使者に危害を加えるのは、ルール違反だわ」
ドットはもはや、笑いをかみ殺すのを我慢しようともしていなかった。
「あはははは。それでもし本当にお会い出来るのなら、私もぜひ彼にお会いしたいですね」
「ね! そうよね! じゃあ、早速今からでもカイルを呼んで……」
立ち上がり、窓に駆け寄ろうとした私に、ドットは片手を上げ着席するよう促す。
「今夜、また彼をここに呼ぶのはお控えください。ウィンフレッドさまの体調が心配です」
「会ってはいけないっていうの?」
「そうではございません。会ってお話しないことには、身代金の話しも進みません。ですから、お会いすること自体は反対していませんよ。ですが、あなたにはこのところ、睡眠不足の傾向が見られます。それではせっかくの花祭りの日に、体調を崩されてしまいますよ」
「私はそんなに、ひ弱に出来てないわ」
「そうかもしれませんが、とにかく今夜はお控えなさってください。お約束できますか? ウィンフレッドさま」
「……。分かりました」
後見人でもあるドットに、強い口調でそう言われたら、私も逆らえない。
彼は白銀の長い髪をサラリと流し、優雅に微笑んだ。
「ありがとうございます。今夜はゆっくりお休みになれるよう、夢見の加護をつけましょう」
ドットが口の中で小さく呪文を呟く。
青白く光った言霊を彼は自分の人差し指に乗せると、それを私の額に付けた。
「ぐっすりお休みなさい。ウィンフレッドさま。よい夢を」
今夜はカイルに会えない。
そう思うと、無性に寂しさがこみ上げてくる。
だけど、昨晩も会ったし今朝も会ったうえに、ドットにこう言われては、ベッドに入るより仕方がない。
「お休み、ドット」
彼は私をベッドに入れるまでをやり遂げると、静かに部屋を後にする。
翌日もその翌日も、ドットは頻繁に朝に晩にこの部屋を訪れては、何かと私の世話を焼いた。
カイルはどうしているのだろう。
私が呼ばないことに、気分を悪くしてないといいのだけれど。
彼を怒らせたまま別れてしまったことに、今さらのように後悔している。
すぐに謝りたかったのに、私には追いかけていくことが出来ない。
彼の方から来てくれなければ、私が会いに行くことが出来ない。
今はそれが、悔しくてたまらない。
気づけば太陽はすっかり西に傾いていた。
もうすぐ夜がくる。
冷えてきた空気に私は窓を閉めた。
今日はもうカイルに会った。
朝にも会ったのに、夜にまた呼んだら来てくれるのかな。
夕食を運んでもらう時、もしものために追加で種入りの焼き菓子を多めにお願いしておこう。
紅茶の種類も変えて、今度は人の姿になったカイルにも飲んでもらえるよう、ちゃんと温かいものを用意して。
それでもし来てくれたら……。
重い木の扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」と答える間もなく、それは開いた。
「おや。また例の彼が来ていたのですか。ここの者たちとは違う魔法の臭いがしますね」
入ってきたのは、ドットだった。
彼は侍女たちに、二人分の夕食を用意させている。
「ドット。今夜はここで食事を?」
「えぇ。ウィンフレッドさまの様子が、多少気にかかりまして」
カイルを呼び出したかったのに。
来たら今朝のことを謝りたかったのに、これでは彼を呼ぶことすら出来ない。
だけど、カイルは一日に二度も呼び出されることを、面倒に思うかもしれない。
それならドットが来た、この呼べない状況であったのは逆によかったかも。
もし彼の方から会いに来たとしても、私が呼びたくでも呼べなかった事情を察してもらえる。
「いつまでここにいるの?」
「あなたがちゃんと、ベッドで寝付くまで」
テーブルについた私を、ドットの淡いブルーグレーの目が見つめる。
「……と、言いたいところですが、実はお知らせがあって参りました」
「知らせ?」
彼は鹿肉と野菜のスープにパンを浸すと、それを口に放り込む。
「間もなく、パンタニウムの花祭りがあるのはご存じですね。ウィンフレッドさまも毎年楽しみにしておられましたから」
「そうよ。そうだわ! 今年は、私はお祭りを見に行けないの?」
カイルのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
「そのことですが、さすがに今の状況で、例年と変わらず参加するというわけにもまいりません。なので、城内にお友達を呼んで、お茶会でも催したらどうかと思ったのです」
「まぁ! 本当にいいの?」
「もちろんです」
彼は目を細めると、にっこりと微笑んだ。
「ずっとここに閉じこもっていては、ご心労も重ねておいででしょう。息抜きも必要です。私もご一緒させていただくといいのが必須条件となりますが、それでもよろしいのであれば……」
「ねぇ、カイルも誘っていい?」
「彼をですか?」
赤い琥珀色の目をキラキラと輝かせた私に、ドットはプッと吹き出した。
笑っているのを彼なりに誤魔化すつもりはあるみたいだけど、完全に隠しきれていない。
「いくらウィンフレッドさまのお誘いとはいえ、彼はその誘いを受けてくれますかね?」
「断るかどうかは、カイル次第だわ。ね、ドットだって、会ってみたいって言ってたじゃない」
「それはそうですが……」
「もちろん、お茶会の時は休戦よ。それに、彼は使者だもの。使者に危害を加えるのは、ルール違反だわ」
ドットはもはや、笑いをかみ殺すのを我慢しようともしていなかった。
「あはははは。それでもし本当にお会い出来るのなら、私もぜひ彼にお会いしたいですね」
「ね! そうよね! じゃあ、早速今からでもカイルを呼んで……」
立ち上がり、窓に駆け寄ろうとした私に、ドットは片手を上げ着席するよう促す。
「今夜、また彼をここに呼ぶのはお控えください。ウィンフレッドさまの体調が心配です」
「会ってはいけないっていうの?」
「そうではございません。会ってお話しないことには、身代金の話しも進みません。ですから、お会いすること自体は反対していませんよ。ですが、あなたにはこのところ、睡眠不足の傾向が見られます。それではせっかくの花祭りの日に、体調を崩されてしまいますよ」
「私はそんなに、ひ弱に出来てないわ」
「そうかもしれませんが、とにかく今夜はお控えなさってください。お約束できますか? ウィンフレッドさま」
「……。分かりました」
後見人でもあるドットに、強い口調でそう言われたら、私も逆らえない。
彼は白銀の長い髪をサラリと流し、優雅に微笑んだ。
「ありがとうございます。今夜はゆっくりお休みになれるよう、夢見の加護をつけましょう」
ドットが口の中で小さく呪文を呟く。
青白く光った言霊を彼は自分の人差し指に乗せると、それを私の額に付けた。
「ぐっすりお休みなさい。ウィンフレッドさま。よい夢を」
今夜はカイルに会えない。
そう思うと、無性に寂しさがこみ上げてくる。
だけど、昨晩も会ったし今朝も会ったうえに、ドットにこう言われては、ベッドに入るより仕方がない。
「お休み、ドット」
彼は私をベッドに入れるまでをやり遂げると、静かに部屋を後にする。
翌日もその翌日も、ドットは頻繁に朝に晩にこの部屋を訪れては、何かと私の世話を焼いた。
カイルはどうしているのだろう。
私が呼ばないことに、気分を悪くしてないといいのだけれど。
彼を怒らせたまま別れてしまったことに、今さらのように後悔している。
すぐに謝りたかったのに、私には追いかけていくことが出来ない。
彼の方から来てくれなければ、私が会いに行くことが出来ない。
今はそれが、悔しくてたまらない。
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