呪われ姫と悪い魔法使い

岡智 みみか

文字の大きさ
19 / 31
第5章

第4話

しおりを挟む
 今夜もドットは私の部屋に来て、夕食をともにしていた。
食べ終わったらさっさと帰ればいいのに、彼は私の勉強が遅れているとかで、今日は歴史の講義まで始めてしまう始末だ。
それにしても、カイルだってちょっとは私の心配をしてくれてもよくない? 
ドットのいない隙を見つけて、会いに来るなり何らかの合図を送ってくれても……。

「どうなさいましたか、ウィンフレッドさま。私の講義、ちゃんと聞いています?」

「いいえ。聞いてないわ」

「そこは嘘でも、ちゃんと聞いててくださいませんかね」

「何だかとても疲れてしまったの。てゆーか、あなたが毎晩のように部屋に来ていたら、カイルをここに呼べないじゃない。これでは、パンタニウムの花祭りにも誘えないわ」

「ウィンフレッドさまは、本気で彼をお誘いするつもりだったのですか?」

 ドットは珍しいほど目をまん丸にして、心底驚いている。

「何よ。悪い? ドットだって、会いたがっていたじゃない」

 彼は本心から盛大なため息をつくと、広げていた歴史の教科書を閉じた。

「全く。これは厄介なことになりましたね。初めはカイルがあなたに何かイタズラでもしたのかと思ったのですが……」

「イタズラって、なによ」

「チャームの魔法です。『魅惑』の術でもかけて、操られているのかと思ったのですが、どうもそうでもないらしい」

 言葉が出ない。
自分の顔がみるみる赤くなってゆくのが分かる。

「そ、そんな魔法に、私がかかるわけないじゃない!」

「だから余計に、厄介だと言っているのですよ」

 彼は分厚い教科書を閉じると、額に手を当て困ったようにうつむいた。

「全く。あなたのお父上とお母上に、なんと報告したらいいものやら」

「そ、そんなのドットの勘違いだから! 報告なんてしなくていいわ!」

「あぁ。分かりました。私が邪魔なのですね」

「そんなこと、いつ言いました?」

「ここ数日、彼に会えなくて寂しかったとか?」

「そんなことないって! 身代金の交渉が滞ることの方が問題よ!」

「なるほど。あなたの言い分もごもっともです」

 ドットはようやく重い腰を上げた。

「では、邪魔者は退散いたしましょう。くれぐれも彼に、心を許してはいけませんよ。それが彼らの罠であり手段であることを、決してお忘れなきよう」

「もちろんよ。私はそう簡単に、騙されるようなタイプじゃないわ」

「分かりました」

 彼はそういうと、素直に扉へ向かう。

「今日は、夢見の加護を付けないの?」

「それを付ければ、あなたは夜中眠ってしまいますよ」

「そ、それもそうね。そうなったら、困るもの……」

「今夜これから彼に会う予定なら、加護を付けない方がよいでしょう」

「ありがとう。カイルのことは、使者として丁重におもてなしするわ」

「では、ごきげんよう。あまり遅くならないよう、お願いします」

 ドットが出て行く。
彼が椅子から立ち上がった瞬間から、ずっとそわそわしていた。
扉が閉まった瞬間、さっと部屋を片付ける。
お茶とお菓子は十分に用意されていた。
私は胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、数日ぶりに夜の窓を開く。

「カイル、カイル来て! あなたに、どうしても話したいことがあるの!」

 呼べば窓の外で待っていて、すぐに来てくれるものだとばかり思っていたのに、彼はなかなか現れない。

「どうしたのカイル、私の声が聞こえなくなっちゃったの?」

 今までなら、こんなにも大きな声で叫ぶ必要はなかった。
普通に呟けば、すぐに彼は来てくれた。

「カイル?」

 嫌われたのかもしれない。
私が彼の気に障るようなことを言ったから。
それとも、グレグに何かされた? 
カイルにグレグを裏切れだなんて、そんなこと、言わなければよかった! 

 両方の目から、ぽろぽろと何かがあふれ出す。
後悔したところで、言ってしまったことはなくならない。
もうこのまま会えることはないのかな。
窓辺に伏した私の耳に、突然それは聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

処理中です...