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第6章
第5話
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カイルは翼を畳むと、開いた窓に向かって一直線に突き進んだ。
途中、鼻先でバリン! と、何かが割れる音が聞こえる。
部屋の中へ飛び込んだ。
「きゃあ!」
その黒い背から振り下ろされた瞬間、体が元に戻る。
「ウィンフレッドさま!」
ドットだ。
部屋に入り込んだカイルは、狭い部屋の天井をもの凄いスピードでぐるりと一周した。
中には鎧兜に身を固めた兵士や魔法使いまで集まっている。
「おのれカラス! ウィンフレッドさまに何をした!」
ドットの放つ電撃魔法が、ピカリと一瞬の瞬きを放つ。
それがカイルに直撃した。
「ギィャッ!」
とたんに焼け焦げた臭いが辺りに充満し、彼は空中でふらりとバランスを崩した。
「やめてドット! 攻撃しないで!」
カイルが天井から落ちてくる。
受けとめようと駆け寄った私の腕に触れる直前で、彼はその黒い翼を広げた。
「待って、行かないで!」
飛び上がったカラスは、窓から外へ逃げ出してゆく。
そこから身を乗り出そうとした私を抱き留めたのは、ドットだった。
「ウィンフレッドさま!」
「やめて放して! カイルに何てことするのよ!」
「あれはグレグの使いです!」
「そんなこと分かってるわ!」
抱き寄せられた彼の胸を、激しく打ち付けた。
「カイルが怪我をしたじゃない! どうしてくれるのよ。早く助けて! 私をここから出して!」
「それは出来ません!」
「どうしてよ!」
興奮と涙で滲ませた目を彼に向ける。
ドットは私が落ち着くのを待ってから、ようやく腕をほどいた。
「ウィンフレッドさま。あのカラスは只者ではございません。グレグの使いだと名乗っていたようですが、あるいは……」
白い顔をよりいっそう青白くした彼が、次の言葉を飲み込む。
ドットに言われなくても、私だって気づいていた。
その可能性があることを。
「彼が、グレグ本人かもしれないって?」
「お気づきだったのですか」
何となくだけど、ぼんやりと思っていた。
この国で一番の魔法使いである、ドットの魔法が効かないこと。
彼の張ったはずの魔法の結界を軽々と飛び越え、なお無傷でいられること。
その結界の中にいても、彼は高度な魔法を使い続けていた。
「違和感はね、ずっとあったのよ」
彼の化けた「カイル」は、私の部屋にあった物語に出てくる登場人物と、見た目が全く同じだった。
この窓から入ってきたカラスのカイルの位置から、ちょうど私の後にあったのがその本だ。
きっとその背表紙を見て、とっさに化けたのだろう。
彼が話してくれる冒険の物語は、その本の内容そのものだった。
「私が騙されると思っていたのかしら」
「グレグはいまどこに?」
「それは分かりません。彼は自分の居場所については、何も語らなかったから」
静かになった部屋から、窓の向こうに広がる夜空を見上げる。
テーブルには彼の運んだパンタニウムの花が、そのまま残されていた。
ウィンフレッドを塔に送り届け、窓から外へ飛び出す。
現職のラドゥーヌ王家宮廷魔法師だというドットの張った結界は、悪くはなかった。
翼に受けた雷の一撃よりも、塔に張られた結界を破り中へ飛び込んだことの方が、ダメージはでかい。
カラスの姿のまま、広大な夜空に翼を広げる。
下から吹き上げる風に、ふわりと体を浮かせた。
気づいていたのだろうか。
ウィンフレッドは「カイル」の正体を。
今からちょうど百年前、ウィンフレッドの曾祖母に当たるヘザーに呪いをかけた。
彼女があの男、ユースタスに嫁いで本当に幸せになれたのか、それを見届けたかった。
この城の周辺は、今でこそすっかり立派な街並みになってしまっているが、当時はまだ森に囲まれた小さな城だった。
王族でも貴族でもない市井の娘が、若き王に見初められ望まれたところで、苦労するのは目に見えていた。
出て行きたいのなら逃がしてやろうかと言ったのに、彼女は城に残ることを望んだ。
ヘザーは壮絶な虐めに耐えながらも、すっかりやつれてしまっていた。
守ってくれるはずの王は、忙しくなかなか会えない。
美しい金の髪をすく櫛もなく、みるまに痩せていく彼女は、あらゆる者の手によって、城内の実に様々な場所へ閉じ込められた。
俺はただそれを横目で見ていただけだったが、ある日、疲れ果てていた彼女のために、一芝居打つことを思いつく。
結局それが元で俺は城を追われることになったが、くだらない権力争いばかりをしている宮廷に、うんざりしていたところだ。
出て行くちょうどよい口実が出来たと、我ながら自画自賛したものだ。
おかげで俺の呪いがかかったヘザーを傷つける者は誰もいなくなったし、俺も堂々と城を去ることが出来た。
万々歳だ。
ユースタスは頼りないところもあるが、悪い男でもなかった。
生まれついての王子であり、それなりに上手くやって行けるだろうという俺の憶測は、外れていなかったと思う。
途中、鼻先でバリン! と、何かが割れる音が聞こえる。
部屋の中へ飛び込んだ。
「きゃあ!」
その黒い背から振り下ろされた瞬間、体が元に戻る。
「ウィンフレッドさま!」
ドットだ。
部屋に入り込んだカイルは、狭い部屋の天井をもの凄いスピードでぐるりと一周した。
中には鎧兜に身を固めた兵士や魔法使いまで集まっている。
「おのれカラス! ウィンフレッドさまに何をした!」
ドットの放つ電撃魔法が、ピカリと一瞬の瞬きを放つ。
それがカイルに直撃した。
「ギィャッ!」
とたんに焼け焦げた臭いが辺りに充満し、彼は空中でふらりとバランスを崩した。
「やめてドット! 攻撃しないで!」
カイルが天井から落ちてくる。
受けとめようと駆け寄った私の腕に触れる直前で、彼はその黒い翼を広げた。
「待って、行かないで!」
飛び上がったカラスは、窓から外へ逃げ出してゆく。
そこから身を乗り出そうとした私を抱き留めたのは、ドットだった。
「ウィンフレッドさま!」
「やめて放して! カイルに何てことするのよ!」
「あれはグレグの使いです!」
「そんなこと分かってるわ!」
抱き寄せられた彼の胸を、激しく打ち付けた。
「カイルが怪我をしたじゃない! どうしてくれるのよ。早く助けて! 私をここから出して!」
「それは出来ません!」
「どうしてよ!」
興奮と涙で滲ませた目を彼に向ける。
ドットは私が落ち着くのを待ってから、ようやく腕をほどいた。
「ウィンフレッドさま。あのカラスは只者ではございません。グレグの使いだと名乗っていたようですが、あるいは……」
白い顔をよりいっそう青白くした彼が、次の言葉を飲み込む。
ドットに言われなくても、私だって気づいていた。
その可能性があることを。
「彼が、グレグ本人かもしれないって?」
「お気づきだったのですか」
何となくだけど、ぼんやりと思っていた。
この国で一番の魔法使いである、ドットの魔法が効かないこと。
彼の張ったはずの魔法の結界を軽々と飛び越え、なお無傷でいられること。
その結界の中にいても、彼は高度な魔法を使い続けていた。
「違和感はね、ずっとあったのよ」
彼の化けた「カイル」は、私の部屋にあった物語に出てくる登場人物と、見た目が全く同じだった。
この窓から入ってきたカラスのカイルの位置から、ちょうど私の後にあったのがその本だ。
きっとその背表紙を見て、とっさに化けたのだろう。
彼が話してくれる冒険の物語は、その本の内容そのものだった。
「私が騙されると思っていたのかしら」
「グレグはいまどこに?」
「それは分かりません。彼は自分の居場所については、何も語らなかったから」
静かになった部屋から、窓の向こうに広がる夜空を見上げる。
テーブルには彼の運んだパンタニウムの花が、そのまま残されていた。
ウィンフレッドを塔に送り届け、窓から外へ飛び出す。
現職のラドゥーヌ王家宮廷魔法師だというドットの張った結界は、悪くはなかった。
翼に受けた雷の一撃よりも、塔に張られた結界を破り中へ飛び込んだことの方が、ダメージはでかい。
カラスの姿のまま、広大な夜空に翼を広げる。
下から吹き上げる風に、ふわりと体を浮かせた。
気づいていたのだろうか。
ウィンフレッドは「カイル」の正体を。
今からちょうど百年前、ウィンフレッドの曾祖母に当たるヘザーに呪いをかけた。
彼女があの男、ユースタスに嫁いで本当に幸せになれたのか、それを見届けたかった。
この城の周辺は、今でこそすっかり立派な街並みになってしまっているが、当時はまだ森に囲まれた小さな城だった。
王族でも貴族でもない市井の娘が、若き王に見初められ望まれたところで、苦労するのは目に見えていた。
出て行きたいのなら逃がしてやろうかと言ったのに、彼女は城に残ることを望んだ。
ヘザーは壮絶な虐めに耐えながらも、すっかりやつれてしまっていた。
守ってくれるはずの王は、忙しくなかなか会えない。
美しい金の髪をすく櫛もなく、みるまに痩せていく彼女は、あらゆる者の手によって、城内の実に様々な場所へ閉じ込められた。
俺はただそれを横目で見ていただけだったが、ある日、疲れ果てていた彼女のために、一芝居打つことを思いつく。
結局それが元で俺は城を追われることになったが、くだらない権力争いばかりをしている宮廷に、うんざりしていたところだ。
出て行くちょうどよい口実が出来たと、我ながら自画自賛したものだ。
おかげで俺の呪いがかかったヘザーを傷つける者は誰もいなくなったし、俺も堂々と城を去ることが出来た。
万々歳だ。
ユースタスは頼りないところもあるが、悪い男でもなかった。
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