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第6章
第6話
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痛む翼でバサリともう一度羽ばたくと、魔法で起こした風に乗り、街を越え山を目指す。
隠れ住む家は、この山の中腹にあった。
ラドゥーヌの城下街からそう遠くはないが、しっかりとかけた目隠しの魔法のおかげで、気に入らない連中に見つかり口やかましく騒がれることもない。
夜の森を低く滑空し、木の枝に隠された洞窟の奥へ滑り込む。
隠れ家はこの天然の迷宮洞窟の、さらに奥にあった。
魔法の力で明かりを灯すと、苔むした小さな小屋へ入る。
洞窟の壁をそのまま利用し、木の板を組み合わせて建てた家だ。
外で降る雨がよほど酷い時には、地下水のしみ出すこともあったが、地下の家は寒すぎることも暑すぎることもなく快適だった。
小屋の脇には、雪解け水のちょろちょろと流れる小川まである。
入ってすぐに小さな台所と食事のための机があり、続く部屋は魔法研究のための書斎になっている。
寝て起きるだけの部屋は、ウィンフレッドの閉じ込められていた部屋の半分ほどの広さしかなかった。
ふと壁一面を本棚で埋め尽くした、清潔で明るい彼女の豪勢な部屋を思い出す。
「あいつ、あんなに本があるのに、何にも読んでなかったな」
子供の頃に読んだ懐かしい本のタイトルを見つけて、とっさにその中に出てくる悲劇の少年王そのままの姿に化けた。
すぐにバレるかと思ったのに、彼女は気づかない。
だからその本の物語を、そのまま語ってやった。
目を輝かせて続きの話をねだる彼女に、つい長く居着いてしまった。
だがそんな日々ももうすぐ終わる。
「俺も歳をとったな……」
自分自身の姿形は、百年前に城を出た当時のまま変わっていない。
その使い古された手をじっと見つめる。
ウィンフレッドの赤い琥珀色に波打つ髪と、その髪と同じ色をした目は、15代国王ユースタスの姿にそっくりだった。
しかし彼女の気の強さと物怖じしない言動は、ヘザーに雰囲気が似ている。
そういえば彼女たちは二人とも、城に閉じ込められてばかりだな。
思わず見つけた共通点に、ふと笑みがこぼれた。
台所に入ると、小さなかまどに火を起こす。
鍋にかけられた水は、すぐに沸いてコトコトと音を立てた。
それをカップに注ぐと、冷えた体と喉を潤す。
結局、約束の誕生日までに、彼らの望む身代金の額を聞き出すことが出来なかった。
俺の耳に、カイルを呼ぶウィンフレッドの声が聞こえる。
その声を聞きながら、カップに残った白湯でかまどの火を消した。
書斎に入ると、お気に入りの長椅子にゆったりと腰掛け、読みかけの魔道書を開く。
俺が唯一関心を持つのは、魔法研究のみだ。
塔でカラスの時に受けた左肩の傷が、ズキリと痛んだ。
「あぁ。あの宮廷魔法師から受けた傷がこれほど弱いのは、あの部屋で王女に怪我を負わせないためだったか」
人の姿に戻っても、まだ疼く肩に手を当てる。
回復魔法をかければ、すぐに痛みは引いていった。
アレの腕前はまだまだ俺の足元にも及ばないが、王家を守っていくくらいには、十分だろう。
張り直されていた結界は、今まで見たことのない新しい術式で、なかなか面白かった。
この俺に簡単に破られるようでは、まだ完成していると言えないが、研究熱心なようだし、悪くない。
「さて、どうしたものか。金は……。正直、そんなには必要ないよなぁ……」
彼女にかけられた呪いは、かけた術者本人が解かなければ消えてなくならない。
もとより、ウィンフレッドから呪いを消さない理由など、存在しなかった。
「まぁいい。俺のために用意されていたクッキーが、身代金の代わりだ」
頭にパンタニウムの花冠が残っていることに気づいて、それを外しテーブルに置く。
ウィンフレッドの誕生日まで、残り十日を切っていた。
私の籠もる塔の小部屋にグレグが出入りしていたという噂は、瞬く間に城内に広がった。
それを雷の一撃で追い払ったドットが、すっかり英雄扱いになってしまっている。
人払いをした塔の部屋で優雅にお茶をする私を余所に、ドットは珍しく動揺した頭を抱えていた。
「あぁ! そもそもあんな単純な攻撃で、グレグが怯むはずなどないのです。本当に怯んだというのなら、あのカラスはやはりグレグの使役する使いなのか? それとも、大魔法使いグレグの名を語る偽物? もしグレグ本人だとすると、あまりにも隙が多すぎる。しかし彼が偽物だとするには、あまりにも魔力が強すぎる。どうしても納得がいかない。もし仮にワザとあの攻撃を受けたとするなら、彼の意図が分からない……」
ドットは頭を抱えずっと一人でブツブツとつぶやきながら、酷く混乱していた。
こんなにも落ち込んでいるドットなんて、今まで見たことがない。
「まぁ、仕方がないじゃない。私だってカイルがグレグ本人かもってことは、半信半疑だったんだし。まだそうと決まったわけでもないわ」
「いや、あれは絶対グレグですよ! 姫さまにかけた魔法を花に移すことで、大人しく部屋に居るように見せかけ私を欺き、何重にも張り直した結界をあんな風にいとも簡単に破るなんて! 相手がグレグでなければ、私は一生立ち直れません。そんな魔法使いが、俺以外他にどこにいます? そんなグレグを、一撃で私が追い払っただって? 向こうが勝手に出て行っただけですよ!」
ドットは自分が名だたる魔法使いの仲間入りをしていることに、大変な誇りを持っていた。
もちろん王家のお抱え宮廷魔法師として、魔法庁の長官を務めるほどの腕前なのだから、その認識は間違ってはいない。
「これは、私のプライドの問題です!」
ドットがこれだけ感情をむき出しにして怒るのも珍しい。
私の誕生日を迎えるに当たって、塔の警備強化を進める計画が持ち上がっていたが、ドットは何をどうしたところで無駄だと主張していた。
隠れ住む家は、この山の中腹にあった。
ラドゥーヌの城下街からそう遠くはないが、しっかりとかけた目隠しの魔法のおかげで、気に入らない連中に見つかり口やかましく騒がれることもない。
夜の森を低く滑空し、木の枝に隠された洞窟の奥へ滑り込む。
隠れ家はこの天然の迷宮洞窟の、さらに奥にあった。
魔法の力で明かりを灯すと、苔むした小さな小屋へ入る。
洞窟の壁をそのまま利用し、木の板を組み合わせて建てた家だ。
外で降る雨がよほど酷い時には、地下水のしみ出すこともあったが、地下の家は寒すぎることも暑すぎることもなく快適だった。
小屋の脇には、雪解け水のちょろちょろと流れる小川まである。
入ってすぐに小さな台所と食事のための机があり、続く部屋は魔法研究のための書斎になっている。
寝て起きるだけの部屋は、ウィンフレッドの閉じ込められていた部屋の半分ほどの広さしかなかった。
ふと壁一面を本棚で埋め尽くした、清潔で明るい彼女の豪勢な部屋を思い出す。
「あいつ、あんなに本があるのに、何にも読んでなかったな」
子供の頃に読んだ懐かしい本のタイトルを見つけて、とっさにその中に出てくる悲劇の少年王そのままの姿に化けた。
すぐにバレるかと思ったのに、彼女は気づかない。
だからその本の物語を、そのまま語ってやった。
目を輝かせて続きの話をねだる彼女に、つい長く居着いてしまった。
だがそんな日々ももうすぐ終わる。
「俺も歳をとったな……」
自分自身の姿形は、百年前に城を出た当時のまま変わっていない。
その使い古された手をじっと見つめる。
ウィンフレッドの赤い琥珀色に波打つ髪と、その髪と同じ色をした目は、15代国王ユースタスの姿にそっくりだった。
しかし彼女の気の強さと物怖じしない言動は、ヘザーに雰囲気が似ている。
そういえば彼女たちは二人とも、城に閉じ込められてばかりだな。
思わず見つけた共通点に、ふと笑みがこぼれた。
台所に入ると、小さなかまどに火を起こす。
鍋にかけられた水は、すぐに沸いてコトコトと音を立てた。
それをカップに注ぐと、冷えた体と喉を潤す。
結局、約束の誕生日までに、彼らの望む身代金の額を聞き出すことが出来なかった。
俺の耳に、カイルを呼ぶウィンフレッドの声が聞こえる。
その声を聞きながら、カップに残った白湯でかまどの火を消した。
書斎に入ると、お気に入りの長椅子にゆったりと腰掛け、読みかけの魔道書を開く。
俺が唯一関心を持つのは、魔法研究のみだ。
塔でカラスの時に受けた左肩の傷が、ズキリと痛んだ。
「あぁ。あの宮廷魔法師から受けた傷がこれほど弱いのは、あの部屋で王女に怪我を負わせないためだったか」
人の姿に戻っても、まだ疼く肩に手を当てる。
回復魔法をかければ、すぐに痛みは引いていった。
アレの腕前はまだまだ俺の足元にも及ばないが、王家を守っていくくらいには、十分だろう。
張り直されていた結界は、今まで見たことのない新しい術式で、なかなか面白かった。
この俺に簡単に破られるようでは、まだ完成していると言えないが、研究熱心なようだし、悪くない。
「さて、どうしたものか。金は……。正直、そんなには必要ないよなぁ……」
彼女にかけられた呪いは、かけた術者本人が解かなければ消えてなくならない。
もとより、ウィンフレッドから呪いを消さない理由など、存在しなかった。
「まぁいい。俺のために用意されていたクッキーが、身代金の代わりだ」
頭にパンタニウムの花冠が残っていることに気づいて、それを外しテーブルに置く。
ウィンフレッドの誕生日まで、残り十日を切っていた。
私の籠もる塔の小部屋にグレグが出入りしていたという噂は、瞬く間に城内に広がった。
それを雷の一撃で追い払ったドットが、すっかり英雄扱いになってしまっている。
人払いをした塔の部屋で優雅にお茶をする私を余所に、ドットは珍しく動揺した頭を抱えていた。
「あぁ! そもそもあんな単純な攻撃で、グレグが怯むはずなどないのです。本当に怯んだというのなら、あのカラスはやはりグレグの使役する使いなのか? それとも、大魔法使いグレグの名を語る偽物? もしグレグ本人だとすると、あまりにも隙が多すぎる。しかし彼が偽物だとするには、あまりにも魔力が強すぎる。どうしても納得がいかない。もし仮にワザとあの攻撃を受けたとするなら、彼の意図が分からない……」
ドットは頭を抱えずっと一人でブツブツとつぶやきながら、酷く混乱していた。
こんなにも落ち込んでいるドットなんて、今まで見たことがない。
「まぁ、仕方がないじゃない。私だってカイルがグレグ本人かもってことは、半信半疑だったんだし。まだそうと決まったわけでもないわ」
「いや、あれは絶対グレグですよ! 姫さまにかけた魔法を花に移すことで、大人しく部屋に居るように見せかけ私を欺き、何重にも張り直した結界をあんな風にいとも簡単に破るなんて! 相手がグレグでなければ、私は一生立ち直れません。そんな魔法使いが、俺以外他にどこにいます? そんなグレグを、一撃で私が追い払っただって? 向こうが勝手に出て行っただけですよ!」
ドットは自分が名だたる魔法使いの仲間入りをしていることに、大変な誇りを持っていた。
もちろん王家のお抱え宮廷魔法師として、魔法庁の長官を務めるほどの腕前なのだから、その認識は間違ってはいない。
「これは、私のプライドの問題です!」
ドットがこれだけ感情をむき出しにして怒るのも珍しい。
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