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第2章
第6話
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「私自身、王子との婚約者争いに敗れ、後ろ盾となる身内もおらず、どうやって家を守れと? あなたと結ばれることは利益が大きくとも、それ以上に反感を買うことも十分に予想されます。そんな危ない橋を渡るくらいなら、生き残るためにより安全で確実な方法を選ぶのが本分では?」
「王子との恋は本物だったのに?」
っぐ。
もうやってらんない。
ニヤニヤ笑い見下ろす彼の言葉に、私はダンスの途中で思い切り足を踏ん張った。
もうこの人と、バカみたいに踊ってられない!
「うわっ。急にどうした?」
「ラズバンさまは、どうしてそんなことをおっしゃるのですか。あなたに私の、なにが分かるっていうのよ!」
もう泣きたい。
そうでなくても今夜はずっと泣きたい気分なのに、これ以上笑ってなんかいられない。
突然立ち止まった私に、今度は彼の方が驚いたみたいだ。
「俺も好きだったからだよ! キミのことが。ずっと見ていた。だから分かる」
「ウソつき」
「ウソじゃない。もしこれがウソだったら、どうして俺がこんなことをする理由がある。じゃなきゃここでこんな風に、無理矢理踊ってなんかいない」
「そんなこと突然言われても、信じられるわけないじゃない」
「さっきからそうしているつもりだったんだが? ならばどうすればいいんだ。逆に教えてくれ」
「証拠をみせて」
「証拠?」
急に立ち止まったラズバンさまの肩に、まだ踊り続ける男性の肩がぶつかった。
「いますぐここで私にキスして。だったら信じてあげる」
マリウスより背の高い黒い目が、本当に驚いたようにじっと私を見下ろす。
呆れているに違いない。
王室の次にこの国で絶大な権力を誇る代々宰相を務める侯爵家のご令息に向かって、こんなことを言う令嬢なんて今までいなかっただろう。
彼の立場がそれを許すはずがない。
私はその場で手袋を脱ぐと、腕を前に突き出す。
「ほら。早くしてくださらない?」
失礼なんて態度じゃない。
そのまま張り倒されても文句の言えない状況だ。
マリウスさえ公衆の面前で出来なかったことを、冷徹非道で常に計算で動くこの人に出来るわけがない。
彼からの私への愛の告白は、モルドヴァン家の軍事力が欲しいだけ。
このままマリン家に取り込まれるわけにはいかない。
「……。ここでキスをすればいいのか?」
「そうよ。出来ないのなら、もう私のことはあきらめてくださらない? そもそもラズバンさまの冗談を、真に受けるような……」
彼の両腕がふわりと動いた。
ひざまずくかと思った手が近づいてくる。
顔を挟まれたかと思った瞬間、彼の唇が私の唇に触れた。
「ちょ……。ま……」
突き放そうとしても、何度も触れては吸い付いてくる。
抵抗しようとしても、がっしりと押さえ込まれた腕がそれを許してくれない。
胸を押しのけようやく離れた時には、本当に私の目には涙が滲んでしまっていた。
「キスしていいと言ったのは、キミの方じゃないか」
「もういいです!」
まだ口元に残る感触を、力一杯ぬぐい取る。
そんな私を気に掛ける様子もなく、彼は再びエスコートを始める。
「さぁ、送り届けよう。パーティーは終わりだ」
「一人で帰れます!」
「キミの誤解を解くまで、帰れなくなったじゃないか。どうしてくれるんだ」
「あなたは恥ずかしくはないのですか!」
「マリン家の跡取りが軍部を狙うこと? それとも、軍部が政治の中心に近寄ること?」
「……。そんな話をしているのではありません!」
「だとしたら、俺がキミへの想いを伝えたことか。恥ずかしくもなんともない。ずっと秘めた想いを隠していたんだ。やっと素直に話すことが出来た。それをなぜ恥じる必要がある?」
逃げられないようしっかりと腰を掴まれたまま、彼は私を広間から連れ出す。
「本番はこれからだ。屋敷までの道のりで、しっかり語り合おうじゃないか」
混雑する馬車寄せの中に、ひときわ目立つ立派な車が彼を待っていた。
私をそこに押し込めると、バタンと扉が閉じられる。
彼は私の手を取ると、再びそこに口づけをした。
「さぁ、どこから始めようか。初めてキミに気づいた時のこと? それとも、王子への嫉妬を自覚したとき? 今夜は長くなるかもしれないが、朝まで付き合ってもらおう」
馬車が動きだす。
マリン・ラズバンの黒く艶やかな瞳が、キラリと微笑んだ。
【完】
「王子との恋は本物だったのに?」
っぐ。
もうやってらんない。
ニヤニヤ笑い見下ろす彼の言葉に、私はダンスの途中で思い切り足を踏ん張った。
もうこの人と、バカみたいに踊ってられない!
「うわっ。急にどうした?」
「ラズバンさまは、どうしてそんなことをおっしゃるのですか。あなたに私の、なにが分かるっていうのよ!」
もう泣きたい。
そうでなくても今夜はずっと泣きたい気分なのに、これ以上笑ってなんかいられない。
突然立ち止まった私に、今度は彼の方が驚いたみたいだ。
「俺も好きだったからだよ! キミのことが。ずっと見ていた。だから分かる」
「ウソつき」
「ウソじゃない。もしこれがウソだったら、どうして俺がこんなことをする理由がある。じゃなきゃここでこんな風に、無理矢理踊ってなんかいない」
「そんなこと突然言われても、信じられるわけないじゃない」
「さっきからそうしているつもりだったんだが? ならばどうすればいいんだ。逆に教えてくれ」
「証拠をみせて」
「証拠?」
急に立ち止まったラズバンさまの肩に、まだ踊り続ける男性の肩がぶつかった。
「いますぐここで私にキスして。だったら信じてあげる」
マリウスより背の高い黒い目が、本当に驚いたようにじっと私を見下ろす。
呆れているに違いない。
王室の次にこの国で絶大な権力を誇る代々宰相を務める侯爵家のご令息に向かって、こんなことを言う令嬢なんて今までいなかっただろう。
彼の立場がそれを許すはずがない。
私はその場で手袋を脱ぐと、腕を前に突き出す。
「ほら。早くしてくださらない?」
失礼なんて態度じゃない。
そのまま張り倒されても文句の言えない状況だ。
マリウスさえ公衆の面前で出来なかったことを、冷徹非道で常に計算で動くこの人に出来るわけがない。
彼からの私への愛の告白は、モルドヴァン家の軍事力が欲しいだけ。
このままマリン家に取り込まれるわけにはいかない。
「……。ここでキスをすればいいのか?」
「そうよ。出来ないのなら、もう私のことはあきらめてくださらない? そもそもラズバンさまの冗談を、真に受けるような……」
彼の両腕がふわりと動いた。
ひざまずくかと思った手が近づいてくる。
顔を挟まれたかと思った瞬間、彼の唇が私の唇に触れた。
「ちょ……。ま……」
突き放そうとしても、何度も触れては吸い付いてくる。
抵抗しようとしても、がっしりと押さえ込まれた腕がそれを許してくれない。
胸を押しのけようやく離れた時には、本当に私の目には涙が滲んでしまっていた。
「キスしていいと言ったのは、キミの方じゃないか」
「もういいです!」
まだ口元に残る感触を、力一杯ぬぐい取る。
そんな私を気に掛ける様子もなく、彼は再びエスコートを始める。
「さぁ、送り届けよう。パーティーは終わりだ」
「一人で帰れます!」
「キミの誤解を解くまで、帰れなくなったじゃないか。どうしてくれるんだ」
「あなたは恥ずかしくはないのですか!」
「マリン家の跡取りが軍部を狙うこと? それとも、軍部が政治の中心に近寄ること?」
「……。そんな話をしているのではありません!」
「だとしたら、俺がキミへの想いを伝えたことか。恥ずかしくもなんともない。ずっと秘めた想いを隠していたんだ。やっと素直に話すことが出来た。それをなぜ恥じる必要がある?」
逃げられないようしっかりと腰を掴まれたまま、彼は私を広間から連れ出す。
「本番はこれからだ。屋敷までの道のりで、しっかり語り合おうじゃないか」
混雑する馬車寄せの中に、ひときわ目立つ立派な車が彼を待っていた。
私をそこに押し込めると、バタンと扉が閉じられる。
彼は私の手を取ると、再びそこに口づけをした。
「さぁ、どこから始めようか。初めてキミに気づいた時のこと? それとも、王子への嫉妬を自覚したとき? 今夜は長くなるかもしれないが、朝まで付き合ってもらおう」
馬車が動きだす。
マリン・ラズバンの黒く艶やかな瞳が、キラリと微笑んだ。
【完】
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