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恵方巻
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時期が先に行ってしまいますが、時事ネタなので。
大手コンビニのお蔭で、節分の恵方巻きも全国に広がりましたが、少し前までは関西だけの風習でした。
九州から来た人に昔、ニコニコで出したら、
「え?何で切ってないの?」
と言われてメゲたのを覚えています。
恵方巻きは昭和の始めに、関西の庶民に広がった風習。
夕麿たちが知る筈がない!
というお話です(笑)
……という当時の但し書きがあります。
2月3日。 授業が終わると、何もかもを休んで一目散に寮の部屋へ帰って来た。着替えも早々にキッチンの炊飯器を確かめる。 朝、洗った米に昆布を入れてタイマーを仕掛けていたのだ。
寿司桶にご飯を移して予め作ってあった寿司用の酢を入れて手早くかき混ぜる。 よく混ぜたら扇いで冷ます。 この辺りが一番時間がかかって一番大切だ。 混ぜ方を失敗するとご飯粒が潰れ艶がなくなる。
毎年、母の為に作っていた恵方巻き。 今年は夕麿たちの為に作る。旧都の風習であるこれは、武が小学校に入る頃には全国的になっていた。幸運を招き無病息災の厄払い。 昨年は色々あったから、手作りでみんなで厄払いをするのだと、数日前から決めていたのだ。
「よし、冷めた!」
寿司簀の子に海苔を置きご飯を延ばす。 七福神になぞらえた具を並べて行く。武が使うのは最もオーソドックスな、干瓢、胡瓜、椎茸、だし巻、蒲鉾、田麩だ。手早く具を乗せて次々と太巻きを作っていく。 生徒会を任せて今日は夕麿たちの為に作る時間を貰ったのだ。何としても間に合わせる。 息を切らしながら人数分巻き上げて今度はお吸い物にかかる。
湯が沸騰するまでの合間に、ダイニングテーブルのセッティングをしてしまう。中央に出来たばかりの太巻きが鎮座する。 それを見て武は上手く出来たと笑う。 夕麿たちの喜ぶ顔が見たい。 それだけだった。お吸い物も出来上がってホッとした時、セキュリティー・ロックが解除されたのを知らせる音がした。
「お帰りなさい!」
朝にみんなを連れて来て欲しいと頼んでいたので、彼らが夕麿に続いて入って来た。
「準備、出来てるから」
満面の笑顔で言うと夕麿が首を傾げた。
「準備、何のですか?」
「え?」
夕麿は準備の意味がわからない。
問い返された武は、何故質問されるのかわからない。
するとテーブルの上を見た雅久と麗と榊が歓声を上げた。
「恵方巻きですね」
「懐かしいね~小さい頃、お母さんが作ってくれたよ」
「武君が作ったのですか?」
口々に言う。
夕麿は義勝と貴之に視線をやり、助けを求めるが二人も首を振る。
「あの…武、恵方巻きって何ですか?太巻き…ですよね、それは? でも何で切らずに出してあるのですか?」
武は夕麿の質問に絶句した。 知らない? 喜ぶと思って作ったのに知らない?狼狽えた武に代わって、麗が夕麿に答えた。
「節分にやる旧都の庶民の風習だよ、夕麿さま」
「旧都の風習を何故するんです?」
「厄払い何です、夕麿さま。武君は良くない事が起きないようにま縁起物を用意して下さったのです」
「縁起物…ですか。 でも追難に、太巻きを食べる…というのは不思議な風習ですね」
「追難?」
「ああ、鬼やらいの事だ、武」
「鬼やらい?」
今度は武がわからない。
「武君、追難も鬼やらいも、豆まきの事ですよ」
正確には違うのだが、雅久は武がこれ以上混乱しないように簡単に説明する。
「夕麿さま~ただ食べるんじゃないよ~」
「作法がございます。
今年の恵方に向かって食べます。切らない太巻きを食べるのには意味があります。目を閉じて願い事を念じながらお食べください。 食べ終わるまで言葉を交わしてはいけません」
恵方巻きは一説によると日本の大阪の花街で始まったとも言われる。雅久の実母は旧都の花街の芸妓。 古いしきたりを今でも守る世界である。
「懐かしいですね、亡くなった母は、私には細巻きを用意してくれましたが、食の細い私はそれすら食べるのが大変でした」
目を細めて遠い場所を見るようにして、雅久が口にした言葉に全員が驚く。
「置屋のお姐さんたちが、じっと見るものですから、投げ出すわけにもいきませんでした」
笑顔がみるみるうちに驚きになる。
「私は…今…」
幸せだった頃の記憶の断片。 忌まわしい記憶は封印されても、恵方巻きを見る事で湧き上がって来た旧都での記憶。 気が付くと涙が頬を濡らしていた。
「早速、効果あったって事だよね、武君?」
武が嬉しそうに頷く。
幸せな記憶。 断片でも戻って来たのは、良い事だと思う。
「食べようよ。今年の恵方はね、あっち。 紙を貼ってあるから目印にして」
「この太巻きを一本丸々、かじるのですか?」
困ったように受け取った太巻きを見る夕麿。
「厄払いするんだから、我慢して食べるの!」
義勝も貴之も困惑顔だが、一向に武は気にしない。
「はい、お願い事決めた? 始めるよ!」
高貴なる貴族のしかもイケメンが、揃って太巻きにかぶり付くという光景は………実際には見たくないかも…しれない
大手コンビニのお蔭で、節分の恵方巻きも全国に広がりましたが、少し前までは関西だけの風習でした。
九州から来た人に昔、ニコニコで出したら、
「え?何で切ってないの?」
と言われてメゲたのを覚えています。
恵方巻きは昭和の始めに、関西の庶民に広がった風習。
夕麿たちが知る筈がない!
というお話です(笑)
……という当時の但し書きがあります。
2月3日。 授業が終わると、何もかもを休んで一目散に寮の部屋へ帰って来た。着替えも早々にキッチンの炊飯器を確かめる。 朝、洗った米に昆布を入れてタイマーを仕掛けていたのだ。
寿司桶にご飯を移して予め作ってあった寿司用の酢を入れて手早くかき混ぜる。 よく混ぜたら扇いで冷ます。 この辺りが一番時間がかかって一番大切だ。 混ぜ方を失敗するとご飯粒が潰れ艶がなくなる。
毎年、母の為に作っていた恵方巻き。 今年は夕麿たちの為に作る。旧都の風習であるこれは、武が小学校に入る頃には全国的になっていた。幸運を招き無病息災の厄払い。 昨年は色々あったから、手作りでみんなで厄払いをするのだと、数日前から決めていたのだ。
「よし、冷めた!」
寿司簀の子に海苔を置きご飯を延ばす。 七福神になぞらえた具を並べて行く。武が使うのは最もオーソドックスな、干瓢、胡瓜、椎茸、だし巻、蒲鉾、田麩だ。手早く具を乗せて次々と太巻きを作っていく。 生徒会を任せて今日は夕麿たちの為に作る時間を貰ったのだ。何としても間に合わせる。 息を切らしながら人数分巻き上げて今度はお吸い物にかかる。
湯が沸騰するまでの合間に、ダイニングテーブルのセッティングをしてしまう。中央に出来たばかりの太巻きが鎮座する。 それを見て武は上手く出来たと笑う。 夕麿たちの喜ぶ顔が見たい。 それだけだった。お吸い物も出来上がってホッとした時、セキュリティー・ロックが解除されたのを知らせる音がした。
「お帰りなさい!」
朝にみんなを連れて来て欲しいと頼んでいたので、彼らが夕麿に続いて入って来た。
「準備、出来てるから」
満面の笑顔で言うと夕麿が首を傾げた。
「準備、何のですか?」
「え?」
夕麿は準備の意味がわからない。
問い返された武は、何故質問されるのかわからない。
するとテーブルの上を見た雅久と麗と榊が歓声を上げた。
「恵方巻きですね」
「懐かしいね~小さい頃、お母さんが作ってくれたよ」
「武君が作ったのですか?」
口々に言う。
夕麿は義勝と貴之に視線をやり、助けを求めるが二人も首を振る。
「あの…武、恵方巻きって何ですか?太巻き…ですよね、それは? でも何で切らずに出してあるのですか?」
武は夕麿の質問に絶句した。 知らない? 喜ぶと思って作ったのに知らない?狼狽えた武に代わって、麗が夕麿に答えた。
「節分にやる旧都の庶民の風習だよ、夕麿さま」
「旧都の風習を何故するんです?」
「厄払い何です、夕麿さま。武君は良くない事が起きないようにま縁起物を用意して下さったのです」
「縁起物…ですか。 でも追難に、太巻きを食べる…というのは不思議な風習ですね」
「追難?」
「ああ、鬼やらいの事だ、武」
「鬼やらい?」
今度は武がわからない。
「武君、追難も鬼やらいも、豆まきの事ですよ」
正確には違うのだが、雅久は武がこれ以上混乱しないように簡単に説明する。
「夕麿さま~ただ食べるんじゃないよ~」
「作法がございます。
今年の恵方に向かって食べます。切らない太巻きを食べるのには意味があります。目を閉じて願い事を念じながらお食べください。 食べ終わるまで言葉を交わしてはいけません」
恵方巻きは一説によると日本の大阪の花街で始まったとも言われる。雅久の実母は旧都の花街の芸妓。 古いしきたりを今でも守る世界である。
「懐かしいですね、亡くなった母は、私には細巻きを用意してくれましたが、食の細い私はそれすら食べるのが大変でした」
目を細めて遠い場所を見るようにして、雅久が口にした言葉に全員が驚く。
「置屋のお姐さんたちが、じっと見るものですから、投げ出すわけにもいきませんでした」
笑顔がみるみるうちに驚きになる。
「私は…今…」
幸せだった頃の記憶の断片。 忌まわしい記憶は封印されても、恵方巻きを見る事で湧き上がって来た旧都での記憶。 気が付くと涙が頬を濡らしていた。
「早速、効果あったって事だよね、武君?」
武が嬉しそうに頷く。
幸せな記憶。 断片でも戻って来たのは、良い事だと思う。
「食べようよ。今年の恵方はね、あっち。 紙を貼ってあるから目印にして」
「この太巻きを一本丸々、かじるのですか?」
困ったように受け取った太巻きを見る夕麿。
「厄払いするんだから、我慢して食べるの!」
義勝も貴之も困惑顔だが、一向に武は気にしない。
「はい、お願い事決めた? 始めるよ!」
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