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花宴
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しおりを挟む春たけなわ御園生邸の日本庭園では、数種類の桜が満開に咲き競っていた。
「綺麗……」
枝垂れ桜を見上げて、和装姿の雅久がうっとりとする。 それが一枚の絵画のようで、そこに居合わせた全員が我を忘れて見惚れた。
武がデジカメのシャッターを切る。 その音に雅久が振り返った。
「武君、私を撮っても面白くないと思いますが…?」
「俺、プロのカメラマン呼びたくなった」
液晶画面を眺めながら武がボヤくと雅久以外の全員が頷いた。 本人は不思議そうに首を傾げる。
「雅久兄さんって…自覚ないわけ、自分の容姿に?」
「私の容姿…?」
また不思議そうな顔をする。 義勝が笑いながら答えた。
「やめておけ、武。 雅久はまるでそれについて自覚はない」
「ありませんね、確かに。 中等部の時も一年の時も、私たちはかなり心配しましたが」
夕麿も義勝に同意する。
「私の何をそんなに心配なさったのでしょう? 記憶がありませんので、よくわからないのですが…?」
「たくさんありましたね、義勝?」
「全くだ。 下心見え見えの先輩に懐くし当時の生徒会長にもう少しで、執務室に引っ張り込まれそうになるし…俺たち、ハラハラしっぱなしだったのだが?」
武は敢えて口にはしなかったが、懐いた先輩は周で…執務室に引っ張り込もうとしたのは多分、慈園院 司だろうと思った。本当に二人とも手当たり次第だったんだと溜息吐く。
そこへ招待されていた貴之と麗、それに武の同級生である行長たちが文月に案内されて来た。
「ご招待をありがとうございます。」
代表して麗が言う。 その手に少し色合いの違う桜の枝を持っていた。
「うちの珍しい品種の桜の枝と苗を持って来ました」
「まあ…綺麗!」
「江戸時代に改良された品種、紫桜です」
貴之が手に持っていた苗を文月に手渡した。
「この枝はやはり、紫上に」
麗は悪戯っぽく笑って武に枝を手渡した。
「え?え? なんで俺が紫上なわけ?」
「武君、知らないの? 夕麿さまの旧姓が六条だからついた渾名」
「はあ?」
「つまりですね、武さま。 六条は光源氏の呼び名の一つでしょう? 夕麿さまの奥方さまなのですから、光源氏になぞらえて彼の北の方である紫上に、たとえられたんですよ」
麗の後をついで康孝が言う。
「はあ…よくわかんないや… でもそれって、結婚後の渾名だよね?
その前にもあった話を聞いた事があるんだけど?」
「ああ、衣通姫ですね」
「そ、衣通…姫…」
行長が涼しい顔をして言った事場に、武が絶句して夕麿たちが吹き出す。
「学院の奴ら…頭、腐ってる…俺のどこが衣通姫なんだよ! それこそ雅久兄さんだろ!」
「武、雅久には既に中等部の時から『弱竹の伽具耶姫』の渾名がありますから」
「あ…そうだっけ…」
天上の舞人。 そう呼ばれる雅久に相応しい渾名。 伽具耶姫は天人、月から来た姫君。
「あの…私は、何故『弱竹の伽具耶姫』なのでしょう?」
「雅久、今更それを聞く?」
麗が呆れる。 雅久はキョトンとしているのを見て、また全員が吹き出した。
「ねぇ、俺の渾名が変わったって事は、夕麿のも変わったの?」
武が目を煌めかせて聞く。 以前の夕麿の渾名は『難攻不落の氷壁』。 どう考えても今の夕麿には合わない。
「そりゃね。 武君にデレデレの夕麿さまを、『氷壁』とは呼べないよ」
「随分な言いようですね、麗。 武もつまらない事を知りたがるのは止めてください」
「夕麿…顔が赤いよ?」
ニヤニヤと笑いながら言うと、一層赤くなって夕麿は横を向く。
「で?」
武が促すと麗は夕麿にチラリと視線を移してから答えた。
「武君が紫上なら当然、光君に決まってるよ?」
「………それって何かヤダ」
「どうして?」
「光源氏って…マザコンのロリコンの浮気男じゃないか…」
「マザコン…」
「ロリコン…」
「浮気男…」
武と夕麿以外が吹き出した。
「どっちかと言うと、久我先輩の方が近いなそりゃ!」
義勝がお腹を抱えて笑う。
「マザコン…はわからないけど、確かに夕麿さまはロリコンと浮気は有り得ないよね~」
「ちょっと待ってください、麗。 マザコンはわからないとはどういう意味です?」
夕麿が麗に詰め寄る。
「あ…いや、その…」
麗が狼狽える。
「そうだよな、夕麿はどっちかと言うと…武コンプレックスだよな。 何見ても武に結び付けるし…」
「義勝!」
今度こそ首まで真っ赤にした夕麿が悲鳴のように叫んだ。 皆、箸を手に茣蓙の上を笑い転げる。 夕麿のこういう姿は、学院ではまず見られない。 新年度生徒会のメンバーは、初めて見る光景に目を白黒させている。
その間に桜の枝は文月に渡され、屋敷内へと運ばれた。
「うふふ。 皆さんに渾名ってありますの?」
小夜子が小首を傾げて聞く。
「あ…特に人気のある方や、ご身分の高い方にはありますね」
「まあ、皆さま、ロマンチストでいらっしゃるのねぇ」
雅久の言葉に小夜子がうっとりと言う。
「母さん…あのなぁ…」
どうしてそうなると言いたくなる。
「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ…ですね、今日は」
行長が花びらが舞うのを見上げて呟いた。
「紀友則ですか」
夕麿が目を細めて桜を見上げた。
「いかにして しづ心なく 散る花の のどけき春の 色と見ゆらむ…の方が私にはしっくりと来ます」
「あら、定家ですわね、夕麿さん」
「人の歌詠まないで、自分で詠め」
義勝が混ぜっ返す。
学院では当然、歌を詠む教育も行われているが実は武はこれが苦手だ。 夕麿たちは普通に、五七五七七の音に切り替えて言葉を紡ぎ出せる。だが武は未だに言葉の数を数えなければ出来ない。
「じゃあ、義勝が一番手な」
貴之が涼しい顔で言う。
「う…」
「言い出しっぺなんだから詠めよな」
「詠めば良いんだろ!」
そう言うと義勝はしばらく考え込んだ。
武も慌てて何か考える。
何かを思いついたらしく義勝がニヤリとと笑って詠んだ。
「天人の 妹にも似たる 桜花 愛でし想いに だくも狂いし」
(天人である妻に似た桜の花の愛しい姿に、妻を想うように激しく狂おしい想いがする)
「な…」
みるみるうちに雅久の頬が赤く染まる。
「何それ~惚気?」
「煩い」
「うふふ、なる程ね、伽具耶姫だから天人なのね。
雅久さん、返歌は?」
小夜子の言葉に武は内心慌てた。 夕麿に先に詠まれてそれが義勝のようなものならば、自分には返歌なんで作れない。
武の心配をよそに雅久が口を開いた。
「咲く花に 想い狂うも 色も香も 移ろい褪せし 行方知らぬも」
(咲く花を幾ら狂うように想っても、移ろい褪せて行くもの。 そこからのどこへ行くのか知りもしないのに)
「おい…」
義勝が青ざめる。
桜がどんなに美しくても、時が過ぎれば色褪せて散ってしまう。 私もいつか歳をとり色香も褪せる。 その時にあなたの狂うような想いはどこへ行くのか私は知らない、と。
「雅久、見事な返しですね」
「ありがとうございます、夕麿さま」
してやったりと微笑む雅久に、義勝はまだ、苦虫を噛み潰した顔をしていた。
「何を贅沢言ってんだろね、二人とも」
麗が言う。
「桜花 ひとり眺むる この春を 逢ふよしなくて 偲ぶ面影」
(この春の桜の花をひとりで眺めています。 あなたに逢いに行く方法が見つからなくて、面影を偲ぶしかないのです)
段は明るい麗の本当の心情の吐露だった。
「行くのだろう? あと数ヶ月じゃないか?」
「逢えるかな?」
麗は俯いて呟いた。
「僕が行ったら喜んでくれるのかな?
誰か別に好きな人が出来て、僕の居場所なんかもうないかもしれないのに…」
「連絡はないのですか、藤堂先輩から?」
「季節の便りが絵葉書でたまに来るだけ」
麗の想い人、藤堂 影暁は、帰国を許されぬ身だった。 彼は周と同級生で副会長として、怠惰な会長を補佐したので有名な人物だった。
むろん麗が高等部へ上がった時には、彼は白鳳会メンバーだったが。 出会いは麗が中等部3年の学祭だった。 中等部の生徒と高等部の生徒の恋。 普段はほとんど交流がない。だから麗は休日に影暁とデートを繰り返した。 結ばれたのは高等部に上がってから。 けれど留学組の影暁とは儚く短い時間しか一緒にいられなかった。
『夢路にて 逢い見む事を 祈るかな 忘らぬ君の 面影抱きて』
(夢の中で逢える事を祈ろう。 忘れる事など出来ないあなたの面影を抱いた私は)
彼は麗にこんな歌を残して、フランスへと旅立って行った。
これはある意味、今の歌は届かぬ彼への返歌だった。
「あ…」
皆の様子をよそに必死に考えていた武が、手にしていた紙にいそいそと書き上げた。
「出来たのですか、武?」
「お詠みいたしましょう」
武はまだ歌を詠み上げる事は出来ない。 雅久が紙を受け取った。
「これは…」
雅久が目を見張る。
「雅久、詠んでください」
夕麿に促されて、雅久は声を上げて詠み上げた。
「幾千歳 桜の花の 咲く如く 来世の春も 居らまし君と」
(何千年も繰り返し桜の花が咲くように、来世の春もあなたと一緒に居たいと想う)
桜の花を愛にたとえて生まれ変わってもまた、出会って一緒にいたいと言う、熱烈と言える歌だった。
「武…あなたは…」
「え…? 変…かな?」
全員の注目を浴びて武は戸惑った。未だ歌を詠むのには自信がない。
「来世も…って、物凄い求愛ですね、武さま」
行長が言うと武は瞬時に真っ赤になった。
「あの…その…」
今更自分が詠んだ歌の意味を思い出して、恥ずかしさに顔が上げられない。
「あら~武、随分と詠むのが上手になったわね?」
小夜子も目を細めて、手を叩いて誉めそやす。
「夕麿さま、返歌を!」
逸見 拓真が目を輝かせて言う。
夕麿は別に考えていたのだが、武にこんな歌を詠まれては、負けじと詠まなければ面子がたたない。 第一、来世も一緒に…と詠まれたのが無性に嬉しい。既に出来ていたのを咄嗟に詠み直した。 それを紙に走り書きして雅久に手渡した。 さすがに自分で詠むのは照れくさかった。
手渡された歌を見て、雅久は艶やかに笑った。
「魂極はる 幾世の春も 君ならで 熱き想いの 花恋しかば」
《この魂が果てる数多の転生の春もあなたが一緒にいるから、熱く花を恋しく想う事が出来るのです》
『魂極はる』と言う枕詞は本来『命』や『幾世』にかかる、意味が不明とされてはいる。 だが夕麿は敢えて、魂の果てるまでと言う意味を持たせたのだ。武が『来世』と言ったのを受けて、もっと先まで共にいたいと。 しかも武の『君』は『あなた』だったが、夕麿の『君』は『あなた』と『主』の双方の意味を含んでいた。
返歌を聞いて武は湯気が立ち上りそうな程、真っ赤になって困り果ててしまった。
そこにいた全員もすっかり当てられてしまい天を仰いだ。
この相聞歌にすっかり気を良くした夕麿はその後、渡米しても武に歌を贈り続け、武は返歌に四苦八苦する事になる。
そしてこの桜の相聞歌は拓真の手で学院に広まって、恋人たちの愛の誓いに用いられるようになるのである。
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