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Fear Calling
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しおりを挟む義勝たちは夕食後、リビングにいた。 雅久が貴之に全てを武に話してしまった事を詫びた。 貴之は顔色を失って狼狽したが、雅久を責めたりはしなかった。 自分の事で夕麿が苦悩していたのはわかっていたのだ。 苦しめるつもりはなかった。
重苦しい空気の中で3人が沈黙していると文月が来客を告げた。 ボブが血相変えて来たと言う。 雅久と義勝は視線を合わせて溜息吐いた。
文月に通されて来たボブは携帯を、握り締めたまま血の気のない顔で入って来た。
「誰だ…俺の…俺の…番号を教えたのは…!?」
すると雅久が深々と頭を下げて言った。
「私です、申し訳ありません」
「雅久を責めないでやってくれ…命令には逆らえないんだ」
だがボブにはよくわからない。
「ボブ、俺たちは皇家の命令には従うように教育を受けている…それが、命じた方の御身に害を及ぼすものでない限り、逆らえない」
見かねて貴之が答えた。
「皇家? そう言えば……」
ボブは今までの様々な会話を頭の中で思い浮かべた。
「夕麿の奥方は身分の高い人物で…実は御園生 武…あ」
「武さまが夕麿さまの奥方だと、もうご存知なのですね、あなたは?」
「帰国する前にここへ呼び出されて…」
「呼び出された?」
驚いたのは義勝だ。
「義勝、あなたも知らなかったのですか?」
「何も聞いていない…」
茫然とする義勝を尻目に、雅久が鋭く切り出した。
「あなたはその時、余計な事を夕麿さまに言いましたね…?」
「あれは…ジョークだ」
「言ったのか…」
義勝が呆れたように言って、貴之が溜息を吐いた。
「武さまは気付かれただろうな」
「あの方の霊感ならばわかるだろう」
貴之は多々良の事件の時の武を見ている。
「それで、武さまは何と仰られた?」
義勝は武がかなり怒っていたのを知っている。
「内容は…」
思い出したのか、一層、ボブの顔色が白くなる。
「彼は抑揚のない口調で…お前たちが…世話になってると…」
〔初めまして、御園生 武です。 俺の事はご存知ですよね、あなたは御園生の企業の人間だから?〕
「…存じて…います」
〔そう、みんなが世話になってます〕
「あ…あの…」
〔あなたのご協力には感謝はしています。 でも俺は何が引換になってるのかも知っています。 それを不快に思う気持ちは、わかってはいただけますよね?〕
「そんな…つもりはなかった…」
〔ではどういうつもりだと? 是非聞かせてもらいたいですね、俺は。 それともうひとつ。 あなたが本当に触れたかったのは誰です? 貴之先輩じゃないですよねぇ? 雅久兄さんかな?
……それとも、夕麿?〕
「俺は…」
〔普通、4人全員を見たらどっちかを要求するんですよね、あなたみたいな人は。 どっち?〕
「…」
〔黙っているところからすると、夕麿なんだ。 本人に要求したね、あなた? じゃないとあそこまで、彼が悩まない筈だ〕
「ジョークだ…あれは…」
ボブの背中を冷たいものが走り脂汗がわいて来る。 声だけなのに夕麿から受けたのとは別種の威圧感を感じる。
これはなんだろう…?
こんなのは…知らない…
夕麿の威圧感は上から抑え込まれるようなもの。 だが武の声の威圧感は心臓を直接鷲掴みにされて、ギリギリと爪を立てられているような、痛みと息苦しさと恐怖が胸の中をせり上がって来る。
〔ジョーク…? 本当に? 少なくとも夕麿はそう感じていない〕
「嘘は言ってない! 俺は…彼と同じ経験をしてる!」
〔それ、夕麿に聞いたの? 彼が自分から言うわけない…言わせたんだ、あなたはあれを!〕
それまで低く抑揚のない口調だった武が突然、声を荒げた。
〔よくわかった〕
「待って…くれ」
だが虚しく電話は切れた。
「それで駆け込んで来たのか…」
「俺はどうなる…?」
「武さまを本気で怒らせたのか…」
「あの方は夕麿さまを傷付ける者には、容赦をなさいません」
「要求のジョークだけなら、俺たちにもとりなせたんだがな」
口々に告げられる否定の言葉にボブはますます蒼褪めた。
「そんな…」
「夕麿さまを乱暴した男がどうなったか知っているか?」
貴之が不意に口にした。 あの事件の後、多々良 正恒がどうなったのか。 義勝も雅久も知らない。 それどころか夕麿自身も知らない筈だ。
「貴之、それはどういう事だ…」
「学院は治外法権。 中等部の事件で、外の通常の司法へ奴を委ねた結果があれだった」
「そうですね、僅か数年で刑期を終えて再び夕麿さまを襲ったのですから…」
「再犯とは言えまた数年で出て来たら今度は、学院の外だ…夕麿さまは。 だから武さまは奴を学院内で処分する事を命令されたんだ」
卒業後、学院の外で凶行に及ばれた場合、それは取り返しのつかない事態を招く。 武は夕麿がこれ以上、傷付くのには我慢がならなかったのだ。
「奴は詠美に依頼されただけで、再び夕麿さまを襲ったわけじゃない。 あの男自身が夕麿さまに執着をしていたんだ」
義勝は夕麿を助け出しに特別室に、飛び込んだ時の光景を決して忘れてはいない。 生涯忘れる事が出来ないだろう。もしも あれが繰り返されるなら、武でなくてもあの男を正規の司法に委ねたくはない。
「彼は…どうなったのです…貴之…?」
雅久の声が震えていた。 夕麿を陵辱した上に重傷を負わせたのだ。 佐田川一族への報復から考えても、実行犯の男への武の復讐は並みではない筈だ。
「それは…」
自分で切り出しておきながら貴之は首を振りながら唸った。
「あの男は今、どこにいるんだ、貴之?」
義勝は言い淀む貴之に対して質問を変えてみる。
「まだ学院都市の中だ。 死んでも出て行く事は叶わないだろう」
「学院都市…? 都市のどこにいる?」
「俺も場所までは知らない。 どういう場所かは知っているが」
「…どういう意味です? ……まさか…学院都市にそのような場所があると言うのですか、貴之!?」
「学院都市にはどれだけの人間がいると思う、雅久? 2割程は外部から来ている人間だが、残りの一部は高辻先生のように正当な理由さえあれば、一時的に外出出来るがそれ以外は出られなくなった者だ」
「全部にそういう相手がいるわけではない…か?」
「元々、学院都市内での刑罰的に慣習化されていた事実があった。 もっとも近年、いろいろな意見が出て、新たな人員補給がなされていなかった」
「だがそれは、あの男には微妙だろう?」
「ふん、どちら側の需要が多いと思ってるんだ?」
「おい、それじゃ奴は…」
「その辺は武さまにぬかりがあるわけがないだろう? あの方は見た目も普段もお可愛らしいが、中身は結構合理的で容赦ない残酷さを秘めていらっしゃるぞ?」
貴之の言葉に居合わせた全員の背中に冷たいものが流れ落ちた。
「それは…夕麿さまには…話せませんね…絶対に…」
雅久は微かに震えながら呟いた。
「俺にもわかるように説明してくれ!」
蚊帳の外に置かれたボブが、彼らのただならぬ有り様に言い知れぬ恐怖にかられて絶叫した。 義勝がボブの反応を半ば楽しみながら、噛み含めるように説明する。
「On My Got !!!」
その話が決して冗談ではなく、電話での武の雰囲気から鑑みるに、自分がとんでもない事態に置かれいると。
「武さまは私たちにもお怒りでした…」
「何らかの咎めを受けても、仕方はないだろう」
やはり電話を受けた雅久と義勝は覚悟を決めていた。 夕麿が不安定になった結果、日本でどのような事態になったのかは高辻から聞かされた。 それも含めて自分たちの未熟さを痛感していた。
「一番咎めを受けなければならないのは、俺だ…夕麿さまが武さまのご病気にお悩みなのを利用して、自分のやり方に許可を掠めた訳だからな。 結果…夕麿さまがおやつれになる程、お苦しみになる原因になってしまった… …こちらからお詫びを申し上げなければ…」
結果は一応出した。 だがそれは結果に過ぎない。 武も夕麿も自分の為に、誰かが犠牲になるのを好まない。 それをわかていて貴之は、身体を張ったのだ。 言い訳はしない。 どんな理由を告げても夕麿を苦しめた事には違いがなく武を怒らせた。
「全員でまず電話で謝罪して…年末に帰国したら、平謝りだな」
「でも、義勝…それでお許しいただけるかどうか…」
「武さまはそこまでお心の狭い方ではない…」
3人は今まで武を本気で怒らせた事はない。 学院にいた時は一年下の後輩。 夕麿の伴侶としての感覚の方が強かった。 だが学院を離れて御園生の人間としての立場から見ると、そんな甘えはもう許されない気がするのだ。
不安定で複雑な立場は、貴族の成人である18歳まで。 そこで武の立場が明確にされる。 表向きは御園生 武のままだが皇家の人間としての道を歩まなくてはならないか。 それとも御園生家への養子が認められて、裏表のないただ人として生きる道が与えられるか。
どちらかなのだ。
「でも…私見ではありますが、今上が密かにではありますが、年賀の宴に武さまをお呼びになられた…という事は…」
「宮家の設立……という運びになるだろうな」
「そうなると益々、お辛い想いをなされますでしょう」
「武さまが望まれた事ではないけれど」
そうなれば夕麿は全身全霊で武を支えて生きて行くだろう。 自分たちはそれにどう関わり、どう助力出来るのだろうか… …全ては未知数だ。既に義勝も雅久も貴之も武に忠義を尽くす決心を固めていた。 純粋に武には周囲を惹き付け引き寄せる力がある。 学院高等部の生徒たちが、重篤な病状の武の為に精進潔斎までして祈ったように。
彼の為に何かを為さずにはいられない、そんな衝動に突き動かされてしまう。 感情ではない。 たとえそれが『皇家に尽くす』という教育の賜物であったとしても、彼らは皆、武を別の意味で愛しく想っている。
彼が夕麿の傍らで笑っていられるように。 願いはそれだけ。 夕麿にとって武が愛する伴侶であると同時に主であるように、彼らにとって武は可愛い弟であり主なのである。
貴之は恐怖に茫然と座り続けるボブにこう告げた。
「お前も武さまに忠誠を誓うんだな。 そうしたら夕麿さまが執り成してくださる…かもしれないぞ?」
肌を重ねても周の時のようなときめきも苦悩も存在しない。貴之の胸の内はあくまでもビジネスライクでドライだった。 ボブは彼のそのクールさに寂しさを感じるが、夕麿との約束ゆえに口には出来ない。
「君たちは彼に俺の事を執り成してはくれないのか!?」
「俺たちが夕麿に頼まなければならないくらいなのに、どうやって執り成し出来るんだ、諦めろ」
「一応はお話いたしますが…まあ、無理でしょうね。 武さまのあのご様子では…」
ボブは3人が肩を落とすのを見て恐怖にへたり込んだ。
その後、雅久は夕麿との電話で彼の話をした結果、そのまま放置する事にした。 ボブの武への恐怖は、武自身に会うまで続いたのである。
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