蓬莱皇国物語SS集

翡翠

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旧都物語

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 列車を降り立つとうだるような暑さだった。

「またえらい今年は蒸すなあ…」

 雲一つない空を見上げて榊が言った。

「堪忍な、通宗。西島でも旧都の暑さは特別やさかいな。気温は古京の方が、上がり下がりがキツいらしけど…旧都は街の下に水脈がたくさんぎょうさん通っててな、湿気が多いんや。そやから旧都の方がごっつい暑う感じる」

 古京というのは旧都より南にありさらに古い時代に帝都だった土地である。

 ホームから駅ビルに入って、程良い空調に先程吹き出した汗が引いた。

「ここから地下鉄や。旧都は観光客が多いさかい、車の移動やと渋滞に巻き込まれてえらい時間食う。電車で動くんが一番早いんや。

 暑いのに堪忍やで」

 旧都は特に休日のマイカー乗り入れを規しているが、それでも道路は渋滞して麻痺する。駐車場も少なく料金も高い状態にしてもなかなか解消できていない。

 地下鉄の1日乗車券が格安で手に入るようなシステムにしたが、未だに認知度は低いのが難点であった。。

「いえ、地下鉄には大学へ通学するのに使っていましたから」

 通宗は幼少期に両親を相次いで失って、母方の祖父母に養育された。祖母が小学生の時に他界。祖父のすすめで紫霄の小等部に編入した。祖父も大学の時に他界、彼にとって身内は従兄の赤佐 実彦一人だった。その実彦の母が通宗の母の姉だが彼女も故人である。実彦は夕麿と似た境遇で、紫霄に閉じ込められる筈だった。さすがに彼らの祖父母は、二人の身元引受になるだけの資産がなかったのだ。だから帰る家族がある榊が羨ましい。 

 北の山近くの駅で降りると、さすがにそこには天羽家からの迎えの車が来ていた。 

まき兄さん、わざわざ申し訳ありません」 

 榊の下の兄、天羽 槇だった。 

「彼が相良 通宗君」 

「相良 通宗です。 お世話になります」 

 緊張した面持ちで頭を下げると槇は笑顔で答えた。 

「遠いとこをようお越しやしたな。暑うてかなんと思うやろうけど、自分が家に帰って来た思てゆっくりしてきや」 

 榊を柔らかくしたような青年だった。 

「乗りよし」 

 彼が指し示したのは、国産のハイブリッドカーだった。御園生の高級車を見慣れている通宗には少々驚きでもあった。 

「兄さん、これ新しい車?」 

 身内への言葉は幾分、いつもの口調よりフランクだった。 

「そうや。電気自動車とごっつい迷うたんやけど」 

 とりとめない会話を続けながら、車は木立の中に続く坂道を走って行く。やがて山の中腹辺りにある、古い佇まいの家の前に止まった。山の木々に囲まれた、静かな佇まいだった。注連垣が巡らされた玄関を入って、廊下を進んで大きな部屋へと案内された。

 微かな衣擦れの音が近付いて来た。通宗は無言で平伏した。天羽家は古京から旧都へ遷都以来の旧家。格も身分も相良家とは大きな差がある。今更ながら榊と恋人になった事に躊躇ってしまう。

「ようならしゃったなあ」

 優しい声がした。恐る恐る顔を上げると頭に幾分白いものが混じった男性が、神職の衣で座っていた。その横にもう一人、榊の上の兄であるひいらぎも神職の衣で座っていた。

「相良 通宗と申します…」

 自分でも声が震えているのがわかった。

「怖がらんでもええよ。何も捕って喰おうという訳やなし」

 柊が笑いながら言った。常日頃の榊の立ち振る舞いから、どんな厳しい一家かと覚悟していた。それなのに先程迎えに来た槇といい、目の前の柊といい柔らかな物腰だ。

「ひょっとしてどないな堅物が顔出すか、心配してはった?うちで堅物なんは榊だけやさかい、全くいっこ気をまわすかんくる事あらへんで」

 兄のその言葉に榊が口を開いた。

「誰が堅物です、誰が」

 面白い事に榊の口調が、槇と会った辺りから標準語っぽくなっている。

「そう怒るいきるなや。兎にも角にもようおいでなされおいないた。旧都や言うてもこないな山や、もっさいのは堪忍やで」

「…もっさい…?」

 榊の旧都弁にある程度慣れて、大体はわかるようになっていたが、これは初めて聞いた。

「ああ、垢抜けてないと言う意味や」

 榊が耳打ちした。通宗はにっこりと笑って答えた。

「とても趣があって素敵な所だと思います。普段はマンション暮らしですから」

 亡くなった祖父母の家はもっと小さかったが、やはり古い日本家屋だった。

「子供の頃に育った家を思い出します」

「御身内は?」

 腕組みをして息子たちの会話を聞いていた、天羽家の現当主であり榊の父であるひさぎが口を開いた。

「両親は幼少時に伯母と一緒に事故で亡くなりました。育ててくれました母方の祖父母も他界して、今身内と呼べるのは従兄だけです」 

「さよか…そしたら、うちへ養子に入るんは何の障りもあらへんな?」 

「え?」 

「おもうさん、いきなりなんごとです?」

 すると楸は後ろの厨子ずしから、一通の手紙を取り出して榊に手渡した。 

 夕麿から楸に宛てた手紙だった。もちろん榊も通宗も初めて知った事だ。慌てて中を見ると、榊と通宗の結び付きを許して欲しいと懇願する内容だった。 

「夕麿さま…」 

 通宗は目が熱くなるのを感じていた。 

「うちは後継ぎはおるし、そないにまで言うてもろたら認めへん訳にもいかんやろ。ただ皇国の法律で貴族階級は同性婚はでけへんから、相良君にはうちへ養子に来てもらう。 

 どないですやろ?」 

 通宗は余りの急展開に、胸がいっぱいで言葉が紡げない。真実を知られて二度と榊に近付くなと、叩き出されても仕方がないと…覚悟していたのだ。 

 実家とは完全に縁を切っている、成瀬 雫を見ているからかもしれない。実母と決別した周を見たからかもしれない。よほどの事情がない限り両親が揃う家庭では、同性の結び付きを理解しないのが普通だ。 

 自分の想いが実ったのは嬉しい。 

 武の専属秘書になった時が、榊との出逢いだった。多忙の夕麿のスケジュールを完璧に捌く彼に、最初は尊敬の念を抱いた。不慣れな通宗がどうにかこうにか、武の秘書として頑張れるのは彼の指導のお蔭だった。自分も彼のように仕事が出来るようになりたい。憧れが恋心になるのにさほどの時間は必要なかった。だから想うだけでも幸せだったのだ。 

「通宗、返事は急がんでええよ? こないな急な話、私も知らんかったし…」 

「また来てもらうんは手間やさかいな。ええ機会やと思うえ?」 

 車を車庫に置いて来た槇が、そう言いながら入って来た。 

「堅物の弟はかなんけど、こない可愛い弟やったら大歓迎や」 

「どこで間違うたんやろなあ…上二人は普通やのに、なんで末っ子だけこない堅いんやろ?」 

 グラスに麦茶を入れて当主夫人のしおりが入って来た。 

「初めてお目もじいたします。 榊の母親です」 

「相良 通宗です、はじめまして」 

「いや~榊がクラクラっと来るんわかるわ~かいらしな~」 

 通宗に詰め寄るようにして栞が言う。 

「おたあさん、通宗はこっちのノリはわからへんねやから」 

「あ、赤こうなった」 

「おたあさん!」 

 榊の更なる声に栞は肩をすくめて見せた。 

「いややわ、母親に対して扱いが乱暴あらけないと違う?」 

 天羽 栞は30歳前後の息子が三人もいるようには、見えない程快活で綺麗だった。その姿はどこか、武の母御園生 小夜子を思い出し。 

 小夜子は通宗がつかず離れずでいるのを理解している。その上でクリスマスや暮れ、正月などに御園生邸に実彦と共に招待してくれている。彼女も両親を失っている。家族の温もりが人間には必要だと知っているのだ。 

「そっちがふざけるいちびるからや」 

 いつものクールさはどこへ行ったのか。母親にムキになっている姿が、常とは違って可愛く見えてしまう。とうとう通宗は吹き出してしまった。 

「{ご覧なさい《おみない》、おたあさんが鬱陶しうっとい事しはるから、笑われてしもうた」 

「なんでうちの所為になるん」 

 お茶目なところも小夜子に似ている。 

「あははは…小夜子さまみたい…」 

「はあ?うちのおたあさんと小夜子さま、どこが似ている言うんや?」 

「小夜子さまって、紫霞宮さまの御生母さま?ホンマ?」 

「似てへん!あのお方はもっと美人で淑やかや!」 

 それからは小夜子の写真を見せろと大騒ぎだった。幸いにして御園生邸では行事の度に集合写真を撮る。それを通宗が大事にシステム手帳に挟んでいた。 

「いや~ホンマに美人さんやな~」 

「この小柄なかいらし方が、紫霞宮さま?」 

「そやったらお隣が夕麿さま?」 

 大騒ぎだ。何枚かある写真の中で雅久を見つけた時には、大騒ぎになった。 

「この方が榊が言ってた、伽倶耶姫かぐやひめさんかいな。この世の人とは思えんなあ…」 

「実物はもっと綺麗です」 

 この騒動が通宗の緊張を解したのは確かだった。 

「あのう…先程のお話ですが…」 

「通宗、今無理に返事せぇへんでも…」 

「僕のような不束者でもよろしければ……ただ従兄と親代わりになってくださっている、御園生御夫妻にきちんとお話をしてからにしたいのです」 

「そらそうやな。日付を考えて、年内にこちらからご挨拶に伺おう。 

 榊、それでええか?」 

「私に異存はあらしまへん」 

「ではこの話は終わりにしよう」 

「ありがとうございます」 

「おもうさん、おおきに」 

 二人で楸に頭を下げた。 

「そやったら、通宗さんはもううちの息子やえ」 

 栞も嬉しそうに言った。通宗も笑顔で返した。 



「ホンマに堪忍え…こないに急な話になるなんて…」

「いえ…その、反対される覚悟で来ましたから」

「そないな事、思とったん?」

「叩き出されても仕方がないと…」

 それでも好きな気持ちは止められない。

「通宗、ひょっとして私と両想いになったん、後悔してる?」

 榊の部屋で二人っきりになってそう切り出された。頬に触れる指がひんやりとしている。

「まさか…未だに夢じゃないかって、思うくらいに嬉しいです。幸せ過ぎて怖いだけです」

 こんなに幸せで良いのだろうか……通宗はそんな風に考えていた。

「何言うてるん。誰にかて幸せになる権利はあるんや。幸せやって思うんやったら私も嬉しい」

 春の桜の下では、ただ側にいられるだけで幸せだった。肌を重ねて幸せだったけれど不安でもあった。気が付けば何も望まないようにしている自分がいた。ひっそりと好きな人を想って、生きていけたら幸せだと思っていた。それなのに…わずか半月で、通宗には信じられないくらいの幸せが転がって来た。

「嬉しくて…夢じゃないかと、頬を抓りたいくらいです」 

「夢やあらへん。そやけどな、養子になったらもういややは利かへんようになるえ?」 

「そんな事、言いません!」 

 次々に出来ていくカップルを見て、羨ましくなかったと言えば嘘になる。家族を失って新たな家族に迎え入れられた人もいた。通宗は自分には決して訪れない環境だと思っていた。 武たちと距離を置いて外側からサポートする立ち位置を、選択したのはこれが本当の理由かもしれなかった。自覚はしていなかっただけで。あの中に入って行って、決して手に入らないものを見続けるのが怖かったのかもしれない。 

 一人で生きて行く。それが自分の宿命なんだと思っていた。 

「あなたに出逢えて良かった…」 

 もう一人ではない。そう思うと熱いものがこみ上げて来る。 

「二人で武さまと夕麿さまに負けんよう、幸せになろうな?」 

 幸せとは不安定で儚く脆い。武の発作を抱えて二人は傍目からは幸せには見えないだろう。だが榊も通宗も知っている。幸せである為の努力をする二人は、寄り添ってそれを得ていると。 

 波風立たないのが幸せではない。それ故に幸せを見失う時もあるからだ。 

 共に歩いて行く事。 

 互いに支え合う事。 

 幸せはその向こう側にあるのだと。微笑みを交わす二人は、それを実証していた。 

「帰ったら夕麿さまに、お礼を言わんとなあ…」 

 榊にけじめを付けて告白を促し、その裏で天羽家の説得をしていたのだ。そこに夕麿の思い遣りを感じる。

 仕事をする上での夕麿は厳しい。武すらよく叱られている。だが夕麿の叱責は決して理不尽ではない。厳しい言葉は常に同じミスを繰り返した時に放たれる。同じミスをするのは、ミスの根本的原因をきちんと把握して、過ちの修正をしなかったからだ。同じミスを繰り返せば、物事が先に進まないし周囲に多大な迷惑をかける。何よりも周囲とのコミュニケーションに障害が出る。 

 してはいけない事。 

 やらなくてはいけない事。 

 見極めが大切な事。 

 失敗を恐れず、失敗してもその中から学んで行く姿勢。夕麿が自分や周囲に求めるのは、企業人としてでなく人間としての、そういうスタイルである。知らないと告げて学びの時間を持つのと、知らないのを誤魔化して逃げるのと、どちらが恥ずべき行為なのか。誰よりも誇り高く知識人である夕麿が、自らすすんでそれを示して見せる。 

 榊も通宗もそんな上司を持った事を誇りに思う。 

「通宗、どこか行ってみたい場所ある?旧都の中だけでなくてもええよ?」 

「一通りの観光名所しか知りません」 

「温泉は好き?」 

「あ、はい…昔、祖父母と行った事があります」 

「そうか…旧都には元々、二つの温泉があるんやけど、近年もう二ヶ所ででも入れるようになったんや。そや清舟きよふねの温泉やったら近くや。疲れてへんねやったら、行ってみいひん?」 

 早朝に発ったので今はまだ昼前だ。 

「ああ、堪忍。先に昼餉やなあ」 

 常日頃の冷静沈着さはどこへ行ったのだろう?槇と再会してからの榊は妙に落ち着きがない。普段では見られないそんな姿が嬉しい。 

「さっきからなんなん?」 

「え?」 

「私の顔になんぞ付いてる?」 

「いえ…あの…その…」 

 どう説明して良いのかわからなくて、しどろもどろになってしまう。 

「あ、わかった。私が家族前にして、おたおたしてんの見て面白い思うてはるやろ」 

「いや…面白いとは…」 

「やったら何?」 

「………可愛い…」 

「か、可愛い!?」 

 悲鳴のような声に見ると、榊が耳まで真っ赤になっていた。 

「…真っ赤…」 

「ああもう! 人の事、からかいおちょくりよって!小憎たらしい!そないなおふざけ|《いちびり》は、くすぐってやるこそばしたる!」 

「うわ~やめてください~」 

 これもやっぱり普段では見れない顔だった。

 悲鳴を上げて転がって逃げる通宗を、榊は大笑いしながら追い掛けては捕まえる。 

 ああ、こっちの榊が本当なのだ……と思った。 

 紫霄時代から堅物で通っていたというが、それは彼が自分が神職貴族の一人だという事からではなかったのだろうか。紫霄関係で神職貴族という出自は、古い生徒会の記録の中にも榊以外では見ない。その事実が彼を今あるような姿へと変えたのではないだろうか?ましてや中等部・高等部と夕麿のような会長を頂けば、それぞれが自らの出自に於ける責任と義務を考えずにはいられなかっただろう。 

 むろん夕麿が周囲に強制した訳ではない。夕麿自身が摂関貴族である六条家の嫡男であり、母方から受け継いだ皇家の血の責任と義務に生きていたからだ。 

 夕麿が作り上げた生徒会執行部は、見事なくらいに統制がとれていた。通宗は中等部2年の学祭で、彼らの姿を遠くで見ていたに過ぎない。 

 様々な事件が高等部を震撼させたあの年。それでも最後まで81代生徒会執行部への絶大な信頼が、生徒たちのパニックを抑えたのだという。

「堪忍え、仲よろしいの邪魔して申し訳きづつないけど……」 

 槇の声に二人共、凍り付いたように動きを止めた。 障子に人影があった。 

「昼餉の支度がでけたさかい」 

「あ、ありがとうございます」 

「おおきに、すぐ行くさかい」 

 障子越しに返事を返す。 

「あ、槇兄さん、昼餉の後、清舟まで送ってもらえへん?」 

 榊のその言葉に障子が開けられた。 

「清舟?」 

「観光がてら風呂ちゃいちゃいへ行こか思て。帰りはタクシー使うさかい、行きは頼むわ」 

「ええよ?そやったら川床料理食べといで。ちゃいちゃいと川床、どっちも電話入れとくさかい」 

「なんや、えらいかんくるなあ?」 

「可愛い弟が可愛い人連れて戻ってきたんや」 

 そこにあった眼差しは温かく、優しいものであった。家族の温もり。通宗が忘れていた温もり。涙が自然と零れ落ちた。 

「え!? いや…堪忍、なんぞおかしなけったいな事言うてもた? 

 榊、どないしたらええ?」 

 槇が慌てふためく。榊はそっと通宗を抱き締めた。 

「もうここは、通宗のうちやさかいな」 

 掛けられた言葉にこくこくと頷いた。 

「そうや。慌てる事あらへん。ゆっくりそうろっと慣れていったらええ」 

 上から聞こえて来た槇の言葉にも通宗は何度も頷いた。 

 祖父が高齢だった為に通宗は旅行の経験がなかった。大学を卒業して社会人になっても、一人でどこかへ行くという思いに至った事がない。生活は月給だけで十分で、デイトレードで得たお金のほとんどを『暁の会』に寄付していた。武がその無欲さを心配する程だった。 

 一人で生きて、一人で逝く。自分の人生に無駄はいらない。何も遺さずにひっそりと。ずっとそう思って来たのだ。 

「通宗は聖人みたいに無欲やからな」 

 涙を拭って榊が微笑んだ。 

「さあ、早よ早よ」 

 笑顔で促す槙に笑顔で返して、通宗は立ち上がった。 




 あっという間に時間は過ぎてしまった。旧都駅には天羽家全員が見送りに来た。 

「ほな二人とも、気いつけて帰りや?」 

「おおきに。おもうさんもおたあさんも、身体大事にな」 

「ありがとうございました」 

「次会うんは冬頃や。そん時は通宗さん、あんたはうちの子やで」 

 栞が通宗を抱き締めて言った。 

「おたあさん…」 

 自然に零れ出た言葉だった。 

「そや、うちはあんたのおたあさんやで。それ忘れたらあかんえ」 

 通宗が席を外している時を見て、榊は彼の生い立ちを家族に話した。彼の孤独な生き方に一番涙したのは栞だった。 

「そやったらうちが通宗さんのおたあさんになる」 

 彼女はそう言い切った。 

 発車のアナウンスが響いた。 

「欲しいもんあったら言うてな、榊、通宗さん」 

「そないする」 

 荷物を持って乗り込み、掛けられた言葉に二人で振り返った。持ち切れない程の土産をもらって、荷物を抱えてグリーン車の席に座った。車窓を隔てて新たな家族の笑顔が見える。 

 発車時刻が来た。 

 通宗は立ち上がって手を振った。数日前に初めて会った人々が、ずっと一緒にいた家族のようになっていた。榊は愛しい人のそんな姿に、思い切って連れて帰郷して良かったと思っていた。 

 さあ、明日からまた、忙しい日々が再開する。

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