蓬莱皇国物語SS集

翡翠

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クリスマス・イヴ

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 12月。街中が綺羅綺羅したイルミネーションに包まれる。これ見よがしにクリスマス・ソングが流れ、プレゼント用の商品がウィンドウを飾る。 

 紫霄に在学していた頃はこの時期は田舎に帰郷していた。だからこんなに煌びやかな中を歩くのは、特務室に引き抜かれたここ2~3年の事だ。すれ違うカップルがイブのデートの話に夢中になっている。 

 薫に出会うまではイルミネーションを綺麗だと眺めていた事もあった。 

 でも今は……かつての恋人ともイルミネーションの中をデートした事はない。独りきりで歩くのはなぜ寂しくてこんなに寒いんだろ? 

 勤務が終わって買い物に遠回りした事を後悔した。いつもは御園生系列の百貨店で買い物をする。敢えてそこへ行かなかったのは、御園生家のクリスマス・パーティー用のプレゼントを購入する為だった。その買い物だけで成美のキャリア見習いとしての月給数ヶ月分が瞬く間に消費されてしまう。 

 成美は普段の生活に余り費用を必要としないし、株式投資を武たちに依頼しているので裕福である。

 購入した商品の配達を依頼して夕食をどこかで、と歩き出したのがこんな場所にいる理由だった。

 クリスマス1週間前。 

 羽林貴族に属する成美は、当然ながら宗教は神道である。クリスマスは一応、実家でもケーキとチキンくらいは用意されていた。だがキャリア見習いになって一人でマンション暮らしをするようになり、御園生家のクリスマス・パーティーに出る以外は何もしないでいた。独りきりのクリスマスはつまらないからだ。

 かと言って緊急の呼び出しに対応する為、酒もほとんど口には出来ない。今だってクリスマス・パーティーは半分仕事なのだ。

 足早にイルミネーションで飾られた道を歩いていると、脇道から微かな悲鳴が聞こえた気がした。成美はすぐに踵を返して脇道へ駆け込んだ。表通りの煌びやかさとは対称的に、そこは薄暗い街灯に照らされていた。

 立ち止まって辺りの気配を伺う。

「!?」

 今度は呻き声が聞こえた。

 成美は声がした方向に駆け寄った。若い男が数人の着飾った男に囲まれていた。 

「金だせよ~持ってんだろ?」 

 一人がナイフをチラつかせ、別の男が抗う若い男を殴る。 

「お前たち、そこで何をしてる!」 

 叫んで駆け寄った。

「あ~ん? 何だよ、アンタは?」 

「部外者は引っ込んでろよ?」 

「それとも何?お兄さん、オレたちにお小遣いくれるの~?」 

「良い服着てるよな?お兄さん、セレブ?」 

 口々に紡がれる言葉に成美はうんざりした。不況で皇国の行き先が見えない時代に、こんな愚かな事しかしない若者の存在は、武や夕麿の苦労を考えると彼らの姿は見るも腹立たしい。 

「よし、そのまま動くな。恐喝及び傷害の現行犯で逮捕する」 

「は?」 

「頭、大丈夫、お兄さん?」 

 一人が人差し指を自分の頭に押し当てて言った。成美は警察手帳を示した。次いで携帯で所轄にかけた。 

「逃げない方が身の為だぞ?お前たちくらいならば、すぐに動けなくするのは簡単だからな」 

 若者たちの顔から血の気が引くのが、薄明かりの中でもはっきりとわかった。逃げようにも奥はビルの狭間の袋小路。 唯一の脱出口は成美が立って塞いでいた。 

「やだなぁ…ただの冗談っすよ」 

「お前たちは冗談で弱い者を取り囲んで暴力を振るうのか?」 

「親愛の情ってやつっす」 

「彼はそうは思ってはいないようだが?」 

 雫や貴之のように相手を竦ませる威圧感は自分にはない。きっと二人なら彼らにこんな事は言わせていない。 

 そこへ所轄が駆けつけて来た。 

「遅くなりました!」 

 私服警官が数人、成美に敬礼をした。すぐさま若者たちを連行する。被害者の若者が震えていたので、成美も同行する事にした。 

 同時に周に所轄署まで往診を依頼した。どんな怪我でも即刻診断書を提出した方が、被害者側には有利になる。成美は周に診断書を書いてもらってから、被害届を提出すると所轄の刑事に告げた。 

 明るい場所で見た若者たちは髪は金髪やピンクで、耳にはルーズリーフのようにピアスがつけられている。一人の男は手の甲に髑髏の刺青をしていた。一人は成美に突き出した舌にまでピアスをしている。残りも似たり寄ったりだった。 

 被害者の若者は逆に、黒髪にブランド物のコートを着ていた。手にはボロボロになった誰かへのプレゼントらしいものが、しっかりと握られていた。 

「大丈夫か?今、知り合いのDR.に往診を御願いしたから」 

 そう声を掛けると彼は顔を上げて真っ直ぐに成美を見た。 

「あ…」 

 見覚えのある顔だった。少し考えて思い出した。彼は紫霄の大学に在校している。学祭の準備の時に、葵が引き連れて手伝いに来た学生の一人だ。 

「君は葵さまの同級生…」 

「はい、竹腰 則充たけごしのりみつです、久留島警視」 

 資料によると葵の代の生徒会の書記だったと記憶していた。 

「君は…確か地方の出身だったよね?帰らなかったの?」

「こっちに従兄がいるんです。姉夫婦がクリスマスに出て来ているので、こっち残ったんです」

「ああ、なるほど」

「そう言えば、義兄も紫霄の卒業生なんです」

「へえ」

「多分…久留島さんと同じ歳だと思います。高等部の2年の時の生徒会長、紫霞宮さまだって言ってましたから」

「そうか、だったら同級生か」

 一般生徒であったのだろう。何しろ特待生は同学年では最初は武しかいなかったのだ。その後、特訓を受けて2年生進級前に生徒会執行部全員が、特待生試験に合格した経緯があった。その全員が武の為の職業を選択している。だからそれ以外は一般生徒だという事になる。

「じゃあ、お姉さんに連絡をして迎えに来てもらいなさい」

「はい」

 周の診察の結果、則充は骨折などの大きな怪我はしていないと思われた。翌日の朝に病院で一応検査を受けるように。周はそう言って簡単な仮の診断書を書いてくれた。その周と入れ違うように、若い男女が案内されて来た。

「姉さん!」

「則充、大丈夫なの?」

「うん」

 姉弟の会話を何とはなしに眺めていて、成美は視線を感じて顔を上げた。

「!?」

 そこに立っていたのは紫霄時代の恋人、沖原 太郎おきはらたろうだったのだ。

「義弟を助けていただいて、ありがとうございます」

 他人行儀な口調だった。そう9年も前に終わらせた関係だ。生徒会の一人、風紀委員長としての成美を知っている一生徒。彼がそのような立場を取りたがっているのが窺えた。

 二度と会わない筈の相手。互いにそう決めて卒業式にゲートで背を向けて別れを告げた。

「いえ、偶然通りかかっただけです。それに警察官として、当たり前の事をしたまでです。幸いにも怪我も大した事はないようです。

 一応、明日の朝にでも何処かの病院で、きちんと検査を受けられる事をおススメします」

 成美も一警察官としての言葉を淡々と紡いで告げた。彼の顔に安堵の色が広がるのがわかった。

「では私はこれで」

 成美は警察官としての顔のまま踵を返して部屋を出た。所轄に帰る事を告げ、連絡は特務室へまわしてくれるように言う。

 彼との事は終わった事で気持ちはもう残ってはいないと思っていたが、心の中のどこかに小さな欠片が刺さったまま残っていたのかもしれない。かつての恋人が結婚して、優しそうな妻を連れているのを見るのは辛かった。嫌いになったわけじゃない。一緒に人生を歩く選択が出来なかっただけだ。

 人の姿の絶えた表通りを、成美はマンションの自分の部屋へ向かって歩いた。これで終わりだと成美は考えた。

 だが2日間後、執務室に所轄から電話がかかって来た。竹腰 則充の姉、沖原 準子から成美に礼がしたいと言って来たと言う。

「私は警察官としての職務を果たしただけです。そのような事をしていただく理由がありません。

 そう伝えてください」

 沖原 太郎は多分、預かり知らぬ事なのだろう。

「どうした、成美?」

 成美の異様な雰囲気に親友の拓真が寄って来て尋ねた。則充を助けた話をする。

「そうだな。気持ちはわからない事はないけど、それは困るな」

「…」

「まだ何かあるのか?」

「竹腰 則充の姉は…沖原の妻君だ」

「え!?」

 親友だからこそ拓真は、成美が恋人との別れに苦しんだのを知っていた。

 それでも当人たちが決めた事だ。だから何も言わなかった。成美が口にしない限り訊く事もしなかった。

「それで沖原はなんて?」

「他人の振りをしたがった。まあ、紫霄の出身は家族も知っている」

「ああ、お前は風紀委員長だからな。一般生徒だった奴なら顔は知ってる。そういう事にしてもらいたいってわけか?」

「ああ」

「ふん、小心者め」

 拓真はどちらかと言うと上に姉がいる所為か、穏やかでひょうきんかな性格をしている。その彼が忌々しげに吐き捨てた。

「嫁さんとその弟は何も知らないわけか?」

「知らないだろな」

「これで諦めてくれたら良いがな。厄介な事になると大変だから、室長に話しておいた方が良いぞ?」

「そうするよ」

 古傷がチクチクしても過去に戻れはしない。絡み付くような因縁に成美は本当に困惑していた。今、特務室はそれどころではない。

 成美は雫の所へ行って、ありのままに話した。

「君に未練はないんだな?」

「ありません。確かに古傷の痛みのような感覚はあります。でもそれだけです」

「わかった。俺から所轄に一言しておこう。やりはしないだろうが、時々、迂闊うかつな奴がいるからな」

 警察官と一口に言っても最近は、配慮を考えない者がいる。親切のつもりで成美の連絡先でも教えられた日には、特務室としての任務に支障が出る可能性もある。 

「雫、葵さまにも事情をお話しておかないと…」 

 同級生である則充に問い合わされたら、葵としても困るだろうと思う。 

「俺からお話します」 

 突然現れた昔の恋人に、成美は戸惑い以外のなにものも感じていなかった。

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