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中学生~希
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近頃はどうも義兄たちに仲間外れにされている気がしていた。彼らは皆、異父兄の武を中心に動いているように見える。特に夕麿はどんなことよりも武を優先しているのが不満だった。
中学生へと成長した希はさすがに武と夕麿の関係はわかってはいる。かつて彼らの部屋のウォークインクローゼットに隠れて目撃した光景も……その後懲りずに何度か潜り込んで逆の状態も目撃していたのだが、何であったのかも不本意ではあるがわかり過ぎるほどわかっている。
だからこそ希は二人を引き離したいと思ってしまう。なぜなら武に何かある度に夕麿心配して、かかりっきりになるのが許せないのだ。夕麿に苦労してばかりで希には幸せだとは思わないのだ。最近は武には絶対に夕麿を幸せにはできないと思い込んでいた。
その日、義兄たちは揃って出かけると言って用意に慌ただしかった。武は先日、軽く発作を起こして回復したばかりで、まだ精神状態や足元が不安定らしく、朝から夕麿が付きっ切りだった。ゆえに出かける用意そのものは絹子と雅久が行っている。
今日は休日だが両親はいない。二人揃って何かのパーティーに行った。だから義兄の誰かに勉強を見てもらおうと思っていたのだ。希は決して成績が悪いわけではない。義兄たちがずっと教えてくれていたし、希自身も期待に応えたくて頑張って来た。むしろ勉強は好きな方で、学校の授業よりも義兄たちに教えてもらう方が面白く、とてもわかりやすいのが原因だった。
将来は父や義兄たちに代わって当主になって、企業も引き継いで経営していく。当然、義兄たちが助けてくれると信じては来たが、最近の彼らの様子を見ていると不安になって来る。彼らは自分の方には目を向けてくれてはいないのがはっきりとわかるからだ。義兄たちの眼差しは常に武を見ている。いや、義兄たちだけではない。御園生邸を訪れる人々も皆、武を見ている。希はそれが悔しい。自分と武の何が違うのか。どうすれば自分を皆は……夕麿は見てくれるのだろうか。
「成瀬さまがお迎えにいらっしゃいました」
文月が居間で待機している武と夕麿に声をかけた。二人は短く返事をして立ち上がり、他の義兄たちと玄関へ向かい始めた。
昨晩に彼らが話していた内容を耳にしたのによれば、貴之と敦紀が帰国しているらしい。しかし御園生邸には帰ってきてはいない。二人はどこに滞在しているのだろうか。少なくとも義兄たちはそれを知っていてこれから揃って会いに行くのだと判断できる。
希は貴之に合気道を教えてもらっており、蓬莱皇国最強の武道家でもある彼を『師匠』と呼んで尊敬している。ゆえに彼がここに帰って来ないとしても、自分も彼に会いに行けるはずなのだ。なのに何故、自分は仲間外れにされるのだろうか。小学生の時ならばまだわかるが、自分はもう中学生になった。子ども扱いされているようで不快だった。
「武兄さん、俺も行く!連れて行って!」
靴を履き終えた武の背中に向かって叫んだ。すると武だけでなく真横にいた夕麿までが振り返り険しい表情になった。
「お前はダメだ。そもそも今日のことはお前には関係がない」
取り付く島もなくきっぱりと拒絶された。その姿に怒りがこみあげて来る。武がこう言えば大抵は誰も反対の声はあげない。稀にそこにいる誰かが諭すように何かを口にすることもある。すると武は素直に聞き入れるのが普通だった。
今、自分が言ったことは別におかしなことではないはずだ。だから誰かが武を叱ってくれるに違いない。そう考えて言ったのに全員の笑顔が凍り付き動きが止まり、武から拒絶の言葉が発せられた。彼の言葉に誰も反論しない状態に何故かムカムカして来た。
「何でだよ!」
叫ぶのと同時に異父兄に掴みかかった。瞬時に夕麿が武を庇うように立ちはだかり、掴みかかろうと伸ばした手は何かに叩かれて反射的に引っ込めてしまった。
驚いて言葉を発することもできなかった。自分を叩いたのはいつもは穏やかで優しい雅久だった。手にしていた扇で叩かれたのだ。彼が手にする扇は訓練と護身を兼ねて金属が芯に入っている。当然ながら叩かれた手は赤くなっていた。もしかしたら内出血を起こしているかもしれない。
「僭越者が」
雅久の形の良い唇がかろうじて聞こえるくらいの声で呟いた。『僭越』とは己の立場や身分をわきまえず出過ぎた行為を行うことを指す。この時、希はなぜそう言われたのかわからない。呆然としていると夕麿が武に向かって言った。
「さあ、急ぎましょう、武。雅久、行きますよ」
「はい、夕麿さま」
彼らはまるで希がそこにいないかのようにして、玄関から出て迎えの車に乗り込んで行ってしまった。
「……何でだよ」
力なく呟くと希は居間に戻った。義兄たちがあのような態度をとる意味がわからない。子供の頃に武と夕麿の取り合いをしたからだろうか。武はいつも夕麿に近付く希に牙を剝き爪を立てて来た。彼は幼い子供の行為であっても決して許さなかった。
けれど今はそんなことはしてはいない。武から夕麿を奪いたいという願望は消えてはいないし、彼を諦めたりは絶対にしない。武では彼を幸せにはできない。実際に今、できてはいないではないか。
夕麿本人に歯牙もかけられていない現実さえ今の希にはわかってはいない。当然ながら二人が結ばれた経緯も、これまでの苦労や想いも知らない。
何よりもまだ、希は自分と異父兄との身分差が大きい事実を知らない。ただ、皆が武に取る態度から夕麿と変わらないくらいの身分かもしれない……とは感じていた。武の実父が既に故人であるのは聞いてはいる。それだけだ。
忙しい両親に改めて疑問をぶつけるタイミングが掴めないまま、義兄たちの自分への態度が素っ気ないものへ変わっていく。頼めば勉強は見てくれるし優しい。けれども絶対に自分がその中へと入れてもらえない時が増えて来た。しかも今日のように以前は邸内に集まっていた人々が、どこか別の場所へと集まるようになった。
彼らがこの邸からいなくなってしまうのではないか……と今は感じている。原因の一つは夕麿のピアノだ。二台あるベヒシュタインの内の片方が、もうずいぶんと時間が経過しているのにメンテナンスに出されたまま戻って来ていない。その事実を誰も気にしてはいない。
また渡米中の貴之と敦紀が残していった荷物が最近、新しいアトリエが完成したと言って運び出された。敦紀の絵画もだが、貴之が所蔵している世界中の楽器も雅久が代わって管理していたのに。
何かがおかしい……
何かが変わろうとしている……
そんな感覚が希を不安と苛立ちへと駆り立てていた。
中学生へと成長した希はさすがに武と夕麿の関係はわかってはいる。かつて彼らの部屋のウォークインクローゼットに隠れて目撃した光景も……その後懲りずに何度か潜り込んで逆の状態も目撃していたのだが、何であったのかも不本意ではあるがわかり過ぎるほどわかっている。
だからこそ希は二人を引き離したいと思ってしまう。なぜなら武に何かある度に夕麿心配して、かかりっきりになるのが許せないのだ。夕麿に苦労してばかりで希には幸せだとは思わないのだ。最近は武には絶対に夕麿を幸せにはできないと思い込んでいた。
その日、義兄たちは揃って出かけると言って用意に慌ただしかった。武は先日、軽く発作を起こして回復したばかりで、まだ精神状態や足元が不安定らしく、朝から夕麿が付きっ切りだった。ゆえに出かける用意そのものは絹子と雅久が行っている。
今日は休日だが両親はいない。二人揃って何かのパーティーに行った。だから義兄の誰かに勉強を見てもらおうと思っていたのだ。希は決して成績が悪いわけではない。義兄たちがずっと教えてくれていたし、希自身も期待に応えたくて頑張って来た。むしろ勉強は好きな方で、学校の授業よりも義兄たちに教えてもらう方が面白く、とてもわかりやすいのが原因だった。
将来は父や義兄たちに代わって当主になって、企業も引き継いで経営していく。当然、義兄たちが助けてくれると信じては来たが、最近の彼らの様子を見ていると不安になって来る。彼らは自分の方には目を向けてくれてはいないのがはっきりとわかるからだ。義兄たちの眼差しは常に武を見ている。いや、義兄たちだけではない。御園生邸を訪れる人々も皆、武を見ている。希はそれが悔しい。自分と武の何が違うのか。どうすれば自分を皆は……夕麿は見てくれるのだろうか。
「成瀬さまがお迎えにいらっしゃいました」
文月が居間で待機している武と夕麿に声をかけた。二人は短く返事をして立ち上がり、他の義兄たちと玄関へ向かい始めた。
昨晩に彼らが話していた内容を耳にしたのによれば、貴之と敦紀が帰国しているらしい。しかし御園生邸には帰ってきてはいない。二人はどこに滞在しているのだろうか。少なくとも義兄たちはそれを知っていてこれから揃って会いに行くのだと判断できる。
希は貴之に合気道を教えてもらっており、蓬莱皇国最強の武道家でもある彼を『師匠』と呼んで尊敬している。ゆえに彼がここに帰って来ないとしても、自分も彼に会いに行けるはずなのだ。なのに何故、自分は仲間外れにされるのだろうか。小学生の時ならばまだわかるが、自分はもう中学生になった。子ども扱いされているようで不快だった。
「武兄さん、俺も行く!連れて行って!」
靴を履き終えた武の背中に向かって叫んだ。すると武だけでなく真横にいた夕麿までが振り返り険しい表情になった。
「お前はダメだ。そもそも今日のことはお前には関係がない」
取り付く島もなくきっぱりと拒絶された。その姿に怒りがこみあげて来る。武がこう言えば大抵は誰も反対の声はあげない。稀にそこにいる誰かが諭すように何かを口にすることもある。すると武は素直に聞き入れるのが普通だった。
今、自分が言ったことは別におかしなことではないはずだ。だから誰かが武を叱ってくれるに違いない。そう考えて言ったのに全員の笑顔が凍り付き動きが止まり、武から拒絶の言葉が発せられた。彼の言葉に誰も反論しない状態に何故かムカムカして来た。
「何でだよ!」
叫ぶのと同時に異父兄に掴みかかった。瞬時に夕麿が武を庇うように立ちはだかり、掴みかかろうと伸ばした手は何かに叩かれて反射的に引っ込めてしまった。
驚いて言葉を発することもできなかった。自分を叩いたのはいつもは穏やかで優しい雅久だった。手にしていた扇で叩かれたのだ。彼が手にする扇は訓練と護身を兼ねて金属が芯に入っている。当然ながら叩かれた手は赤くなっていた。もしかしたら内出血を起こしているかもしれない。
「僭越者が」
雅久の形の良い唇がかろうじて聞こえるくらいの声で呟いた。『僭越』とは己の立場や身分をわきまえず出過ぎた行為を行うことを指す。この時、希はなぜそう言われたのかわからない。呆然としていると夕麿が武に向かって言った。
「さあ、急ぎましょう、武。雅久、行きますよ」
「はい、夕麿さま」
彼らはまるで希がそこにいないかのようにして、玄関から出て迎えの車に乗り込んで行ってしまった。
「……何でだよ」
力なく呟くと希は居間に戻った。義兄たちがあのような態度をとる意味がわからない。子供の頃に武と夕麿の取り合いをしたからだろうか。武はいつも夕麿に近付く希に牙を剝き爪を立てて来た。彼は幼い子供の行為であっても決して許さなかった。
けれど今はそんなことはしてはいない。武から夕麿を奪いたいという願望は消えてはいないし、彼を諦めたりは絶対にしない。武では彼を幸せにはできない。実際に今、できてはいないではないか。
夕麿本人に歯牙もかけられていない現実さえ今の希にはわかってはいない。当然ながら二人が結ばれた経緯も、これまでの苦労や想いも知らない。
何よりもまだ、希は自分と異父兄との身分差が大きい事実を知らない。ただ、皆が武に取る態度から夕麿と変わらないくらいの身分かもしれない……とは感じていた。武の実父が既に故人であるのは聞いてはいる。それだけだ。
忙しい両親に改めて疑問をぶつけるタイミングが掴めないまま、義兄たちの自分への態度が素っ気ないものへ変わっていく。頼めば勉強は見てくれるし優しい。けれども絶対に自分がその中へと入れてもらえない時が増えて来た。しかも今日のように以前は邸内に集まっていた人々が、どこか別の場所へと集まるようになった。
彼らがこの邸からいなくなってしまうのではないか……と今は感じている。原因の一つは夕麿のピアノだ。二台あるベヒシュタインの内の片方が、もうずいぶんと時間が経過しているのにメンテナンスに出されたまま戻って来ていない。その事実を誰も気にしてはいない。
また渡米中の貴之と敦紀が残していった荷物が最近、新しいアトリエが完成したと言って運び出された。敦紀の絵画もだが、貴之が所蔵している世界中の楽器も雅久が代わって管理していたのに。
何かがおかしい……
何かが変わろうとしている……
そんな感覚が希を不安と苛立ちへと駆り立てていた。
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