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一章:アマリリス・バルチェの死
母のお人形
「私、お姉様と話がしてみたかった……あなたと話せたら、きっと……」
きっと、本当の家族みたいに仲良くなれたのに。私は何もしなかった。
泣き疲れたアイビーが独りごちながら墓石を撫でる。震える手には深い後悔が滲んでいた。
それは横にいるコルツフットも同じ。彼はアマリリスのに仕えていた彼女の五つ年上の従者である。アマリリスがバルチェ邸を出た際、彼女に忠誠を誓ってついて行ったのは彼ひとりだけだった。皆、夫人の目を恐れてアマリリスと関わろうとしなかったのだ。
だが、コルツフットにとってアマリリスの従者の道を選んだことはただの逃げ道に過ぎなかった。
(僕が彼女のことをよく見ていれば……、バルチェ邸でもっとアマリリス様の味方をしていれば……、あの日、婚姻の儀の準備にかまけていなければ………助けられたかもしれない)
際限のない後悔は溢れていく。
コルツフットもまた、夫人が怖かったのだ。彼女を見ていると自分の母親が脳裏に浮かぶから、逆らえない。彼の母はいつも泣き叫んで暴れ、落ち着いた頃に息子への愛の言葉を囁いた。どうしても憎めなかった母の元から連れ出してくれたのが、アマリリス本人である。母がサーカスの花形女優だった頃、そこで下働きをしていたコルツフットをアマリリスが従者にすると言って連れ出したのだ。アマリリスはまだ六歳だったというのに、彼をしっかりと見据えてあなたが必要、と言ったのだ。言葉少なな彼女に、コルツフットは衝撃を受けた。幼い少女が一瞬にして、必要とされなかった自分の人生に意味を見出したのだ。
団長との話し合いの末にとんとん拍子でバルチェ邸への奉公が決まり、彼はアマリリスの従者となった。話し合いの最中、項垂れた母が最後まで自分を見ようとしなかったことは少し、哀しかったけれど。
コルツフットは夫人に萎縮してバルチェ邸で味方になれなかったせめての罪滅ぼしに、とアマリリスについていくことを決意したのだ。しかしそんな彼の中には母に似た夫人から逃げたい、という気持ちも確かに存在した。
「逃げて、逃げて、逃げて……その結果がこれ、か」
コルツフットは天を仰いだ。空は、どこまでも青い。もともと小さい器から次々と零れ落ちる後悔の言葉も、全て空にのみ込まれているような気がしてならない。綺麗に晴れた空は彼の心にぽっかりとした虚しさの穴を開けた。
「……アイビー様、そろそろお屋敷に戻るべきです。僕のような者と居れば品性を疑われますよ」
コルツフットは精一杯笑顔を作ってアイビーに微笑みかけた。
アイビーとコルツフットはアマリリスの葬儀で初めて出会った。正確にはバルチェ邸で何回かすれ違う程度で会っていたのかもしれないが、コルツフットは夫人が下民と蔑むくらいの育ちであり、アマリリスと共に離邸へと追いやられていたのだ。
「コルツフット、あなたはどうするの」
「僕は新しい勤め口でも探しますかね。ははっ、主がいないもので」
コルツフットは汗ばんだ髪を撫でながら笑った。コルツフットが心から笑っているわけではないことを、アイビーは痛いほどよく理解していた。だからこそ、去ろうとする彼の手を掴んでいたのだ。
「なっ」
衝撃でバランスを崩しかけたコルツフットが墓にもたれかかるようにして倒れる。アイビーが墓に手をついて言った。髪がだらりと垂れ下がる。
「私はお母様の人形じゃない、たった今そう気づいた」
「たった、今……?」
コルツフットは困惑していた。目の前の幼い少女の眼差しに、見覚えがあった。
「お母様は泣いてはいけないと私に言ったの。けど、泣いちゃったわ。私、これまでお母様のいう通りに生きてきたのに涙は出たの」
「何が言いたい──」
「お人形だと、涙は出ないでしょう?成長していくにつれて、自分が綺麗なお人形になっていってるみたいだったのよ。泣けなかったし、泣いてはいけないと思ってた。楽だから、考えることも放棄してた。でもね、今はそうじゃないの。
──あなたは何か隠している。私は今、それを知りたい」
きっと、本当の家族みたいに仲良くなれたのに。私は何もしなかった。
泣き疲れたアイビーが独りごちながら墓石を撫でる。震える手には深い後悔が滲んでいた。
それは横にいるコルツフットも同じ。彼はアマリリスのに仕えていた彼女の五つ年上の従者である。アマリリスがバルチェ邸を出た際、彼女に忠誠を誓ってついて行ったのは彼ひとりだけだった。皆、夫人の目を恐れてアマリリスと関わろうとしなかったのだ。
だが、コルツフットにとってアマリリスの従者の道を選んだことはただの逃げ道に過ぎなかった。
(僕が彼女のことをよく見ていれば……、バルチェ邸でもっとアマリリス様の味方をしていれば……、あの日、婚姻の儀の準備にかまけていなければ………助けられたかもしれない)
際限のない後悔は溢れていく。
コルツフットもまた、夫人が怖かったのだ。彼女を見ていると自分の母親が脳裏に浮かぶから、逆らえない。彼の母はいつも泣き叫んで暴れ、落ち着いた頃に息子への愛の言葉を囁いた。どうしても憎めなかった母の元から連れ出してくれたのが、アマリリス本人である。母がサーカスの花形女優だった頃、そこで下働きをしていたコルツフットをアマリリスが従者にすると言って連れ出したのだ。アマリリスはまだ六歳だったというのに、彼をしっかりと見据えてあなたが必要、と言ったのだ。言葉少なな彼女に、コルツフットは衝撃を受けた。幼い少女が一瞬にして、必要とされなかった自分の人生に意味を見出したのだ。
団長との話し合いの末にとんとん拍子でバルチェ邸への奉公が決まり、彼はアマリリスの従者となった。話し合いの最中、項垂れた母が最後まで自分を見ようとしなかったことは少し、哀しかったけれど。
コルツフットは夫人に萎縮してバルチェ邸で味方になれなかったせめての罪滅ぼしに、とアマリリスについていくことを決意したのだ。しかしそんな彼の中には母に似た夫人から逃げたい、という気持ちも確かに存在した。
「逃げて、逃げて、逃げて……その結果がこれ、か」
コルツフットは天を仰いだ。空は、どこまでも青い。もともと小さい器から次々と零れ落ちる後悔の言葉も、全て空にのみ込まれているような気がしてならない。綺麗に晴れた空は彼の心にぽっかりとした虚しさの穴を開けた。
「……アイビー様、そろそろお屋敷に戻るべきです。僕のような者と居れば品性を疑われますよ」
コルツフットは精一杯笑顔を作ってアイビーに微笑みかけた。
アイビーとコルツフットはアマリリスの葬儀で初めて出会った。正確にはバルチェ邸で何回かすれ違う程度で会っていたのかもしれないが、コルツフットは夫人が下民と蔑むくらいの育ちであり、アマリリスと共に離邸へと追いやられていたのだ。
「コルツフット、あなたはどうするの」
「僕は新しい勤め口でも探しますかね。ははっ、主がいないもので」
コルツフットは汗ばんだ髪を撫でながら笑った。コルツフットが心から笑っているわけではないことを、アイビーは痛いほどよく理解していた。だからこそ、去ろうとする彼の手を掴んでいたのだ。
「なっ」
衝撃でバランスを崩しかけたコルツフットが墓にもたれかかるようにして倒れる。アイビーが墓に手をついて言った。髪がだらりと垂れ下がる。
「私はお母様の人形じゃない、たった今そう気づいた」
「たった、今……?」
コルツフットは困惑していた。目の前の幼い少女の眼差しに、見覚えがあった。
「お母様は泣いてはいけないと私に言ったの。けど、泣いちゃったわ。私、これまでお母様のいう通りに生きてきたのに涙は出たの」
「何が言いたい──」
「お人形だと、涙は出ないでしょう?成長していくにつれて、自分が綺麗なお人形になっていってるみたいだったのよ。泣けなかったし、泣いてはいけないと思ってた。楽だから、考えることも放棄してた。でもね、今はそうじゃないの。
──あなたは何か隠している。私は今、それを知りたい」
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