ローザリンデの第二の人生

梨丸

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三章:夢を叶えて

記憶の揺らぎ sideラインハルト

「旦那様、お仕事に身が入っていませんよ」

イエナが目をうっすらと細め、執務机に向かっているラインハルトに声をかけた。それに応えると言わんばかりにラインハルトはため息をこぼした。あの一件から、ラインハルトは漠然とした違和感に悩まされながら過ごしていた。

「すまない、少し休ませてくれ」

天井を一度見上げてから、イエナに視線を戻す。彼には聞きたいことがあった。

「……ローザリンデと婚約する時、俺はどんな感じだった?」

「あまり乗り気でないように見受けられましたが」

一瞬躊躇った後、イエナは続けた。

「グラツィア様の死を忘れろ、とまでは言いません。しかし、もう十年も経ったのです。貴方様のローザリンデ様への仕打ちはあまりにもむごいものだったと思います」

「今、なんといった……?」

ラインハルトは椅子を蹴飛ばす勢いで思い切り立ち上がった。
イエナの言葉にひとつだけ、違和感があった。十年、その言葉に。

「ローザリンデ様への仕打ちが酷いと言ったのです。それに──」

イエナが話し続けている間、ラインハルトはただただ呆けていた。イエナの言葉が頭の中を反芻する。言葉があまりうまく飲み込めない。

じゅうねん、じゅう年、十年……?
グラツィアが亡くなったのは確か五年前のはずだった。いや、六年……?

そこまで考えてからラインハルトは違和感の正体を突き止めた。

ラインハルトはのだ。婚約者が亡くなった日も、季節も、年数でさえも。覚えているのは彼女の死んだ瞬間だけ。
頼りの記憶もシャボン玉のように浮かんでは弾ける。ラインハルトは記憶力だけはいい方だと自負していた。そんな彼がもちろん、最愛の婚約者の死の時を忘れるはずがない。

気づいた時にはラインハルトは執務室を飛び出していた。貴族であることを忘れてみっともなく走る。
道中、洗濯物を持ったノイにぶつかった。小さく悲鳴を上げて倒れるノイに謝りながら手を差し伸べたラインハルトはひとつのことを考えていた。

考えがまとまった後、ラインハルトは恐る恐る口を開く。

「ノイ、グラツィア──俺の婚約者はいつ死んだ?」

「えっ」

ノイの瞳がわかりやすく揺れた。クロツェル家においてグラツィアという言葉は誰も触れてはいけない。そんな空気が屋敷には流れていたのだ。まさに、暗黙のルール。もちろん、ラインハルトも婚約者の死をわざわざ話題に出そうとはしなかった。

しどろもどろになるノイに畳み掛けるようにラインハルトは続けた。

「お願いだ、教えて欲しい」

「でも……」

ノイは言い淀んだがやがてラインハルトの熱に負け、こう言い放った。

「グラツィア様はラインハルト様が六歳の時に亡くなられました」



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