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三章:夢を叶えて
失われた記憶 sideラインハルト
(つまんねえなあ)
ラインハルトは心の中で小さく舌打ちをした。それもそのはず八歳の彼にとって親の付き合いだけで赴いた伯爵家令息の誕生パーティーほどつまらないものはなかったのだ。良く言えば奔放、悪く言えば生意気な子供。周りからそういった評価を受けていたが、側から見れば純粋無垢な美少年に見えた彼は横暴な振る舞いをしていても多少なりとも融通が効いた。自分でも端麗な顔立ちをしているとわかっていて、その上で奔放な振る舞いをしているラインハルトは戦略的であると言えるだろう。
長いまつ毛で縁取られた翡翠色の瞳を中央にいる少年に向ける。流れるように伸ばした金髪にはっと目を奪われるほど美しい青い瞳。それを一瞥した後、ラインハルトは会場の端へと向かった。ラインハルトは自分がこのパーティーの主役でないことを良く理解していた。必要な時に応じて弁える。そういった部分が小狡いともいえる要因のひとつなのだろう。
会場の端には先客がいた。ひとりの少女である。少女は心ここにあらず、という言葉が似合うような顔をしていた。ひとり寂しく会場の端っこで佇んでいる少女へのほんの気まぐれ、もしくは冷やかしだったのかもしれない。ラインハルトは少女の肩を軽く叩いた。数回叩いても反応がないので痺れを切らしたラインハルトは眉を少しだけ顰めて声をかけた。
「ねえきみ、きみってば」
耳元に唇をくっつけているかつけていないか、というスレスレまで唇を近づけると少女はようやくこちらを見た。
「なに?」
その瞬間、ラインハルトの躰に電撃が走った、かのように思えた。言葉にとても言い表せられない。口をぽかんと開けて呆けている自分はどれだけ間抜け面を晒しているんだろうか。そう冷静に考えている自分もいれば、騒ぎ立てる自分もいる。とにかく必死だった。
「あっ、えっと……」
一目惚れ。その言葉くらいは恋愛に疎いラインハルトでも知っていた。数ページ読んで放り出した恋愛小説に載っていたな、と唐突にどうでもいいことを思い出す。
(まずい、これはまずい)
ラインハルトの心臓が鐘のように鳴り響く。
一目惚れ、なんて架空の偶像だと思っていた。存在しないものだとせせら笑ったものを、今実感する。
「どうしたの?大丈夫?」
少女がハンカチを取り出し、ラインハルトの額の汗を拭おうとする。それをなるべく自分の格好いいと思う仕草で断りながら、ラインハルトは口を開いた。どこかの恋愛小説の一節にあった言葉をそのまま抜き出す。
「きれいな瞳だね。俺とお揃いだ」
少女の瞳はラインハルトと同じ色をしていた。ラインハルトは正面から見るとより深みを増した彼女の翡翠色の瞳に吸い込まれそうな衝動を抑えるのに必死だった。そんな彼の様子を意にも介していない少女は屈託のない笑みを浮かべてフォークを差し出す。
「あなた、おなか空いてるんでしょ。だから顔色悪いのね」
彼女が差し出したものは偏食とも言えたラインハルトの嗜好にあったものではなかったが、少女の促すまま彼はそれを口にした。
それから、ラインハルトは思いついたまま話題を持ち出して拙いながら会話を続かせた。
「きみが好きなものは何?」
「わたしはお花が好き。あと、おさかなをいっぱい食べるねこ」
「じゃあ、俺が花をいっぱい食べたら好きになる?」
「なにそれ」
くすくす、と笑い声を漏らす少女に見惚れながらも、ラインハルトは無我夢中に話を続けていく。その途中、ラインハルトが本好きだという少女の趣味に合わせて聞き齧りの物語の話を持ち出すと少女は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「あなたのお姫さまになるひとはきっと幸せね」
「じゃあ、俺のお姫様になってくれる?」
少女のほおが微かに上気した。
「ほんと?」
「うん、本当」
何度も頷くラインハルトに目を輝かせた少女は小指をぐい、と突き出した。
「約束だからね」
「ああ、約束!」
幼いふたりは小さい指を絡ませた。
家族に連れられる際、少女は頬を桃色にさせて手を振りながら言った。
「わたしローザリンデ!さっきの話、約束よ!」
ラインハルトは心の中で小さく舌打ちをした。それもそのはず八歳の彼にとって親の付き合いだけで赴いた伯爵家令息の誕生パーティーほどつまらないものはなかったのだ。良く言えば奔放、悪く言えば生意気な子供。周りからそういった評価を受けていたが、側から見れば純粋無垢な美少年に見えた彼は横暴な振る舞いをしていても多少なりとも融通が効いた。自分でも端麗な顔立ちをしているとわかっていて、その上で奔放な振る舞いをしているラインハルトは戦略的であると言えるだろう。
長いまつ毛で縁取られた翡翠色の瞳を中央にいる少年に向ける。流れるように伸ばした金髪にはっと目を奪われるほど美しい青い瞳。それを一瞥した後、ラインハルトは会場の端へと向かった。ラインハルトは自分がこのパーティーの主役でないことを良く理解していた。必要な時に応じて弁える。そういった部分が小狡いともいえる要因のひとつなのだろう。
会場の端には先客がいた。ひとりの少女である。少女は心ここにあらず、という言葉が似合うような顔をしていた。ひとり寂しく会場の端っこで佇んでいる少女へのほんの気まぐれ、もしくは冷やかしだったのかもしれない。ラインハルトは少女の肩を軽く叩いた。数回叩いても反応がないので痺れを切らしたラインハルトは眉を少しだけ顰めて声をかけた。
「ねえきみ、きみってば」
耳元に唇をくっつけているかつけていないか、というスレスレまで唇を近づけると少女はようやくこちらを見た。
「なに?」
その瞬間、ラインハルトの躰に電撃が走った、かのように思えた。言葉にとても言い表せられない。口をぽかんと開けて呆けている自分はどれだけ間抜け面を晒しているんだろうか。そう冷静に考えている自分もいれば、騒ぎ立てる自分もいる。とにかく必死だった。
「あっ、えっと……」
一目惚れ。その言葉くらいは恋愛に疎いラインハルトでも知っていた。数ページ読んで放り出した恋愛小説に載っていたな、と唐突にどうでもいいことを思い出す。
(まずい、これはまずい)
ラインハルトの心臓が鐘のように鳴り響く。
一目惚れ、なんて架空の偶像だと思っていた。存在しないものだとせせら笑ったものを、今実感する。
「どうしたの?大丈夫?」
少女がハンカチを取り出し、ラインハルトの額の汗を拭おうとする。それをなるべく自分の格好いいと思う仕草で断りながら、ラインハルトは口を開いた。どこかの恋愛小説の一節にあった言葉をそのまま抜き出す。
「きれいな瞳だね。俺とお揃いだ」
少女の瞳はラインハルトと同じ色をしていた。ラインハルトは正面から見るとより深みを増した彼女の翡翠色の瞳に吸い込まれそうな衝動を抑えるのに必死だった。そんな彼の様子を意にも介していない少女は屈託のない笑みを浮かべてフォークを差し出す。
「あなた、おなか空いてるんでしょ。だから顔色悪いのね」
彼女が差し出したものは偏食とも言えたラインハルトの嗜好にあったものではなかったが、少女の促すまま彼はそれを口にした。
それから、ラインハルトは思いついたまま話題を持ち出して拙いながら会話を続かせた。
「きみが好きなものは何?」
「わたしはお花が好き。あと、おさかなをいっぱい食べるねこ」
「じゃあ、俺が花をいっぱい食べたら好きになる?」
「なにそれ」
くすくす、と笑い声を漏らす少女に見惚れながらも、ラインハルトは無我夢中に話を続けていく。その途中、ラインハルトが本好きだという少女の趣味に合わせて聞き齧りの物語の話を持ち出すと少女は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「あなたのお姫さまになるひとはきっと幸せね」
「じゃあ、俺のお姫様になってくれる?」
少女のほおが微かに上気した。
「ほんと?」
「うん、本当」
何度も頷くラインハルトに目を輝かせた少女は小指をぐい、と突き出した。
「約束だからね」
「ああ、約束!」
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家族に連れられる際、少女は頬を桃色にさせて手を振りながら言った。
「わたしローザリンデ!さっきの話、約束よ!」
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