魔法使いの少女は“普通”に紛れたい!〜世間知らずの王都生活〜

雲霓藍梨@うんげいあいり

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王都警備隊と近衛騎士団

報告

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 野営地へ持ち帰った犬の死体に、夜番の二人は目を丸く見開いた。

「それ、どうしたんだ?」
「何かあったのか?」

「森の中で襲って来たんです。犬種的に元は人に飼われてた犬だと思うんですけど、様子がおかしくて……。ずっとこちらを狙ってくるから、倒してしまいました」

 焚き火の光がある所で、犬の身体を確認する。
 触れると、胸の辺りに傷跡と、中にしこりのような物がある事が分かった。

「……これ、なんだろ」
『——切り開いて、中を確認しなさいな。絶対ロクなモンじゃ無いと思うけど』

 ルナの言う通りに、真っ直ぐな傷跡をそのままなぞるように死体の胸を切り裂く。

「っ!?」
『これ……』

 そして出て来た“しこり”の正体に、息を呑む。
 焚き火の赤い光に照らし出されて、“それ”は強く赤い光を反射した。

「ライラちゃん? どうした?」

 動きを止めたライラを訝しく思った見張りの片方が、彼女に近付く。

「あの、これが犬の中から……」
「はっ?! いや、いやいやいや……」

 ライラの手の中の物を見た男も動揺して、もう一人も見に来る。

「なんだ? ………それ、魔石じゃねぇか」
「ああ……。犬の身体から出て来たらしい」
「はぁっ?! 魔石は魔物にしかないだろ?!」

 ——そう。魔物にしか無いはずの魔石が、動物である犬から出て来たのだ。
 しかも丁度、魔石を出し入れできそうな大きさの傷の下から。

「……誰かが、この犬に魔石を埋め込んだみたい……」
「なんだって?!」
「そりゃ穏やかじゃねぇな……」


 男達はその夜、交代時間になっても寝ることをせず、焚き火の傍で剣を膝に、静かに警戒を続けた。

 「魔石を埋め込まれた犬なんて、聞いたことがねぇ……」
 「ありゃあ、“魔物を作ってる”って事じゃねぇのか?」

 焚き火の明かりに照らされる顔には、静かな恐怖が宿っていた。


 しかし朝になり全員が目覚める時まで何も起こらず、警戒は杞憂に終わり。

「——そうか。夜中にそんな事が……」
「とりあえず、ライラちゃんが無事で良かったよ。何があるのか分からないんだから、夜の森に入るのは控えてくれ」

 報告後、ルプスとラルフに注意されたライラは、心配をかけた事に気付き、「……はい」と小さく肩を落とした。

(……でも、誰かが魔物か“何か”を作ろうとしてるのは、確かかも知れない)

「この辺りは何処の領地だったかな?」
「グラジオラス子爵だね。……あまり良い噂は聞かないが……」

 どうも横暴で、金にがめつい領主の治める土地らしく。魔石の埋め込まれた犬が出たという話をしても、対処してはくれないだろう、という事だった。

「え、じゃあどうするんですか?」
「誰か早馬で戻らせて、騎士団に報告かな。王都警備隊は、王都が管轄だろうし」

「あ、あの、ナハト村で行方不明者がいるって噂も聞いたので、その事も伝えてくれませんか……?」
「ほう……? 何か心当たりがあるのか?」

 ルプスの目が、細まる。
 危険はなるべく避けて、旅する必要があった。

「ルーカスさんに、王都でも行方不明者が増えてるって聞いてて、騎士団と合同調査するって話なんです。だから……」
「……分かった。早馬に行ってもらう者には、伝えておこう」

 ——そうして、乗馬が出来て野生動物が出ても対処できる者達を三人ほど選び、早馬で来た道を引き返させたのだった。



***



「——何? ファング商会の旅中に、魔石持ちの野犬が出ただと?」

 騎士団との合同調査中、連絡役の騎士からもたらされた報告書に、ルーカスは眉間に皺を寄せた。

「はっ。グラジオラス子爵領で発見し、明朝すぐに早馬で三人ほど報告に戻らせ。残りは元の予定通り旅を続けている、との事です」
「そうか……」

 その場に居ただろう、旅を楽しみにしていた友人の姿を思い起こす。
 ファング商会にとっては仕事でもある為、戻って来いとも言えなかった。
 ——現在は王都も、あまり治安が良いとは言えない。
 駆け付けられぬ立場と状況に、強く拳を握った。


 ゆっくりと近付く悪意に、今はまだ何も対処する事が出来なかった。



***



 ——旅は続く。
 森を抜け、またひとつの村を抜けて。
 ファング商会一行は、あの後問題に出くわす事も無いまま、昼過ぎ頃に目的の地、テッセン領都へと辿り着いた。

「ん~! 王都の夏よりやっぱり涼しいわねぇ……」
「そうですか? 少し暑いくらいだと思いますけど……」

 都会っ子のクレアは馬車から降りて大きく伸びをすると、街路樹が多く、王都より幾分涼しげな街並みに息を吐いた。
 ライラは《禁じられた森》の中のスターチス村より、若干暑いこの領都に、王都で夏を過ごしてたらどうなっていたのか、と恐ろしくなる。

「……とりあえず、荷物を置いて観光しましょ! 避暑地の領都だから、夜でも開いてる店は多いと思うけど」
「はいっ!」


 観光を楽しみにしていたライラは、これから巻き込まれる事になる運命を、まだこの時は欠片も感じていなかった——。
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