魔法使いの少女は“普通”に紛れたい!〜世間知らずの王都生活〜

雲霓藍梨@うんげいあいり

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王都警備隊と近衛騎士団

怪しい影

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 避暑地への滞在は、二週間の予定だ。
 つまり行き帰りの旅程を合わせると、一ヶ月近くも王都を離れる事になる。

 二日目の今日、ライラはクレアたち若手女性陣と共に、街の昨日回り切れなかった露店や商店街を巡っていた。
 避暑地直近の街だからか、お忍びの貴族も多いらしく、時々「育ちが良いんだろうな」と思われる言葉遣いが聞こえてくる。

「ライラ、見てみて! このレース可愛くない?」
「わあ、本当……! 王都で見た物より、編み方が繊細で綺麗かも……」

 日傘や香水、織物の飾りなど、女子たちの目を引く店が立ち並び、あちらこちらで感嘆の声が上がる。彼女達の興奮をさえぎる物は、何も無い。

 ——しかし、ライラの目はある一角でふと止まった。

「彼処って……?」
「ん? ……ああ、魔石屋ね。王都にもあったんだけど、ライラは見た事ない?」

 魔道具の動力として使われる魔石は、魔力が無くなれば交換する必要があるらしい。

「此処は郊外に魔物が多いから、魔石の産出量も多いのよ」

 だから魔石屋があるのはおかしくない、そうクレアが説明する。

「へぇ……」

 だが、ライラが気になったのは、其処では無かった。

(さっき出てった人……、血の臭いがした)

 店を出て此方に歩いて来た男とすれ違った際に、ふと漂ったその“におい”。
 怪我人という訳ではなさそうだったのに、明らかに血の臭いが染みついていたのだ。

(追い掛けようにも、もう見失っちゃったし……)

 暑い日差しの中、黒いフードの男は目立ったはずなのに、誰も気にした素振りが無かった。一体どうしてそんな事ができるのか。

(魔法使いでは無い、はず)

 魔法を使った痕跡なら、魔法使いにはなんとなく分かる。
 でも、それは無かった。

(じゃあ、普段から隠れて生活してるような人、とか? ——物語でいう所の、裏社会の人間、みたいに)

 そんな人物、実際に居るのだろうか?

 ぞくり。
 イヤな予感に、背筋を悪寒が走る。

「——ルナ」

 姿を消してついて来ているはずの相棒の名を、ライラは呼んだ。

『……分かってる。追いかけるわ』

 ライラは人の何倍も感覚の鋭いルナに、男を追わせる。
 その目は、男とルナが消えていった雑踏を、鋭く見つめていた。



***



「——おい、例の物はちゃんと入手して来たんだろうな?」

 薄暗く、湿った空気の中、潜めた男の声が反響する。
 此処は何処かの洞窟の中。
 岩肌から染み出す水が壁の表面を濡らし、揺らめくランタンの光を不気味に反射していた。

「はい、此方に」

 影に溶け込むように輪郭を滲ませたもう一人が、マントの下から革袋を取り出す。

「……ふむ、良いだろう。では報酬はこれだ」

 チャリチャリチャリン。
 男が投げて寄越した金属音を鳴らす革袋は影のマントの中に消え、影自身も一礼をしてから闇の中に溶けていった。

「——さあ、“材料”は集まった。あとは動物実験と同じく、“  ”に施すだけ——」

 そうすれば。
 男の口元がニヤリと歪む。

「ダリア侯爵様も満足して頂ける結果を、出さなければな……」

 男——グラジオラス子爵は、血走った目を爛々と光らせていた。



『——最悪ね』

 男を追って来たルナは、密会の場を目撃した。
 そして、子爵が言う“材料”が、洞窟のもっと奥に在るのを認識してしまう。

『早くライラに伝えないと——』

 いつまで、“材料”が無事であるかは分からない。
 ただ、さほど猶予は無いのだろう事だけは、精霊の身にも分かったのだった。



***



 皆が寝静まった頃。
 宿のライラの部屋、半分開けられた窓の隙間から、するりと黒猫が入り込む。

「——それで、どうだった……?」

 不安を隠しもしないライラの、急かす言葉が黒猫、ルナに掛けられる。

『さいっあくよ! 本当、あの人達の気が知れないわ』

 急かされた事を咎めもせず、ルナはライラに一部始終を報告する。

「っ、そんな……!」

 告げられた言葉に息を呑んで、ライラは大声を出さないように自分の口を押さえた。

『アタシが行った事は、此処にいる他の誰にも言えないわ。でもライラ、どうするつもり?』

 そのまま黙って沈黙を選ぶのか、解決に動くのか。
 しかし、ライラの気持ちは決まっていた。

「……ルナ、“逆召喚”、出来たよね?」
『え? ええ……』

 “逆召喚”とは、召喚の逆——つまり、召喚した対象を、元いた場所に戻す魔法だ。

「此処より《禁じられた森》の方が、王都に近いはず。……だったらルナ。一度《森》に戻ってから王都まで行って、ルーカスさんに伝えて来て欲しいの」


 “人間”が、魔物にする材料として集められてる、って——。
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