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俺の勘違い
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「夕飯ごちそうさまっした!」
「藤田、また今度遊びに来るな!」
「うん、いつでもまた遊びに来てね」
時計の針も九時を指し示す様な頃。
随分と前に沈んだ筈の太陽の名残りは、その蒸し暑い気温という形で残されていた。
「薫ちゃん、もう遅いし泊まっていけば良いのに……」
「いえ、来る度にそこまでお世話になるのも、何か申し訳ないですし」
「母さんも好きでやってる事だから、田嶋さんは気にしなくて良いんだよ?」
どうやら夜遅くに女子を一人で帰らせたくないらしい藤田家の二人は、前回同様に今回も泊まって行けと言う。
しかし、前回は泊まる用意もしていたので良かったが、今回は慌てて家を飛び出して来たのでそんな準備はしていない。
お風呂を借りた所で昼間着ていた服を着るなんて、特にこの時期は断固拒否したい。
「そういう問題でも無いんだけど……」
「そう……。じゃあ、春日くんか佐伯くん、どちらか薫ちゃんを家まで送って行ってあげて貰えないかしら?」
「え、いや、そんな」
「俺は良いっスよ」
「なっ、」
佳奈さんの提案を却下しようとしたのに、素早く春日が承諾の声を上げた。それに驚いているのは佐伯だ。
——なんだろう? しかも春日を見るならまだしも、私と藤田を交互に確認している。
「いいの……? 春日だって疲れてるでしょ」
「良いって良いって! この前は俺に付き合って貰った訳だし、お互い様だろ?ところで、田嶋の家は何処なんだ?」
「此処からだと、駅の方向だね。近くにマンションがある」
「……あり? それって……」
「もしかしなくても、俺ん家の近くかよ…」
どうやら佐伯と近所だったらしい。
「効率的に考えるなら佐伯に送って貰うのが一番かも知んねーけど、別に俺が送ってくんでも良いぜ?」
佐伯と私の相性が悪いのを見ているからか、春日がそう提案してくれる。
「ああ……。でも近いなら佐伯の方が良いかな。もし佐伯が良いって言うなら、だけど——イヤ、かな?」
視線を春日の方から佐伯へと移す。
真っ直ぐ彼を見ていれば、一瞬目を丸くしてから、少し顔を背けて人差し指で照れを隠す様に頬を掻いていた。
「べ、別にイヤでは、ねーよ……」
他人の事はからかうクセに、自分は恥ずかしいんだな、と少し呆れた気持ちになる。
「良かった。家が近い方がムリさせなくて済むから。——じゃあ、一人じゃなくなりましたし、私は帰りますね」
「薫ちゃん、遠慮せずに、また来るのよ?」
「はい、ありがとうございます」
佳奈さんに別れの挨拶をして、藤田の方に向き直る。
「……藤田、今度は約束通り私の家に招待する。ずっと連絡出来なくてゴメン」
「田嶋さんも忙しかったんでしょ? 約束憶えててくれて嬉しいよ」
「——藤田くんとの約束を、今の私が忘れるワケない」
「え……?」
言葉の裏に隠した本音が見え隠れしたとでも言うのか、口を半開きにして目を瞬かせた藤田。
「それじゃ、またね」
「あ、うん……またね、田嶋さん」
そしてようやく、私達は藤田家を後にした。
***
「母さんは先に家に入ってるから、空も早く入って来なさいね」
「うん、分かってるよ」
三人の後ろ姿を見送り、家の中へと戻った母さんに残され、俺は玄関で一人、三人が消えて行った方向にずっと目線をやりながら佇んでいた。
この前から心の奥に仕舞って考えない様にしていた、田嶋さんと春日の二人の関係。
改めて二人揃った場面を目の前にして、今日の俺は、どうしてもその事が考えの割合を大きく占めてしまった。
(それにしても…田嶋さんって春日と付き合ってるんじゃなかったのかな?)
始めの流れだったら春日と帰る事になっていた筈なのに、田嶋さんは佐伯に送って貰う事を決めた。
大体、春日が彼女の家の場所を知らないって事は、そもそも行った事すら無いって事で。
それにも関わらず、彼女は春日より先に、俺を家に招いてくれる約束をしてくれて。
——それに対して二人とも何も思ってないみたいに、表情一つ変えなかった。
そうは思うけど、やはり二人が仲良く見えるのも確かで。
夕飯の時、自然に春日の側に田嶋さんが座るくらいには。
春日は大抵の事は笑って済ますし、田嶋さんは結構何事に対してもドライな気がするし……。元々、二人には嫉妬とかそんな感情は無縁なのかも知れない。
「田嶋さんも春日も……お互いを信頼し合ってるから、嫉妬しないとか?」
二人の間を邪魔する事は誰であろうと出来ないと考えているからこそ、なのかとも考えた所で、唐突に背後から声が掛かった。
「空。お前、何か勘違いしてねーか?」
「え……、父さん……?」
後ろを振り返れば、先に家に入っていたはずの父さんが玄関先に立っていた。
「勘違い、って、何がだよ…」
「薫ちゃんと春日くんの関係に決まってるだろ。大方、俺があいつら二人で出掛けていた所に会ったって話だけ聞いて、捻じ曲げて解釈したって所だろうがな」
「だ、だって、男子と女子が二人で出掛けるなんて、デートとしか考えられないだろ!?」
「はあ……それだからお前はいつまで経ってもダメなんだ」
「なっ!?」
およそ一般常識であるだろう考えに基づいた自分の予想を言っただけで、貶されなければならない理由が解らない。
「一般的観念に基いて、で済まそうとするんじゃねぇぞ? お前のそれは主観的過ぎるんだ。もっと客観的に見て、あいつらがどうなのか見ろ」
(客観的に……?)
父さんの言う言葉を元に、俺は今までの思考を思い直してみる。
二人が揃って出掛けていたと言うのが、もしかしたらデートなのかもって思った瞬間に、俺はそうとしか思えなくなったのではないか?
衝撃が大きくて、その時はまだ自分の想いすら理解する一歩手前だったけど、もしかしたら自分が恋してる彼女が既に親友の物なのかもって。
そう思ったら胸を締め付ける様な、その痛みの方に意識が行ってしまって。
二人に本当の事を聞いて、真実を知ってしまえば後戻り出来ない気がしたから、勝手に自分の中だけで完結させて。
そう考えれば、俺はまだ何も知らないんだって。
(付き合ってるって……思ってたけど、もしかして本当に俺の早とちりだった?)
そういえば、以前、父さんが二人に喫茶店で出会したとかいう話をしていた時、“デート”なんて言葉は使って居なかった気もする。
そもそも、二人が出掛けてた場面を俺が直接見た訳じゃない。
今日の夕食の時だって、前に俺と母さんが座ってた席を避けたから、彼の横に座っただけの様な気もする。
「——少しは冷静になったみたいだな」
「うん……ゴメン。ありがとう、父さん」
「ちゃんと聞きたい事、言いたい事があるなら本人に直接言えば良いんだ」
ワシワシと力強く髪をかき混ぜられて、頭が揺れる中で俺は頷いた。
「藤田、また今度遊びに来るな!」
「うん、いつでもまた遊びに来てね」
時計の針も九時を指し示す様な頃。
随分と前に沈んだ筈の太陽の名残りは、その蒸し暑い気温という形で残されていた。
「薫ちゃん、もう遅いし泊まっていけば良いのに……」
「いえ、来る度にそこまでお世話になるのも、何か申し訳ないですし」
「母さんも好きでやってる事だから、田嶋さんは気にしなくて良いんだよ?」
どうやら夜遅くに女子を一人で帰らせたくないらしい藤田家の二人は、前回同様に今回も泊まって行けと言う。
しかし、前回は泊まる用意もしていたので良かったが、今回は慌てて家を飛び出して来たのでそんな準備はしていない。
お風呂を借りた所で昼間着ていた服を着るなんて、特にこの時期は断固拒否したい。
「そういう問題でも無いんだけど……」
「そう……。じゃあ、春日くんか佐伯くん、どちらか薫ちゃんを家まで送って行ってあげて貰えないかしら?」
「え、いや、そんな」
「俺は良いっスよ」
「なっ、」
佳奈さんの提案を却下しようとしたのに、素早く春日が承諾の声を上げた。それに驚いているのは佐伯だ。
——なんだろう? しかも春日を見るならまだしも、私と藤田を交互に確認している。
「いいの……? 春日だって疲れてるでしょ」
「良いって良いって! この前は俺に付き合って貰った訳だし、お互い様だろ?ところで、田嶋の家は何処なんだ?」
「此処からだと、駅の方向だね。近くにマンションがある」
「……あり? それって……」
「もしかしなくても、俺ん家の近くかよ…」
どうやら佐伯と近所だったらしい。
「効率的に考えるなら佐伯に送って貰うのが一番かも知んねーけど、別に俺が送ってくんでも良いぜ?」
佐伯と私の相性が悪いのを見ているからか、春日がそう提案してくれる。
「ああ……。でも近いなら佐伯の方が良いかな。もし佐伯が良いって言うなら、だけど——イヤ、かな?」
視線を春日の方から佐伯へと移す。
真っ直ぐ彼を見ていれば、一瞬目を丸くしてから、少し顔を背けて人差し指で照れを隠す様に頬を掻いていた。
「べ、別にイヤでは、ねーよ……」
他人の事はからかうクセに、自分は恥ずかしいんだな、と少し呆れた気持ちになる。
「良かった。家が近い方がムリさせなくて済むから。——じゃあ、一人じゃなくなりましたし、私は帰りますね」
「薫ちゃん、遠慮せずに、また来るのよ?」
「はい、ありがとうございます」
佳奈さんに別れの挨拶をして、藤田の方に向き直る。
「……藤田、今度は約束通り私の家に招待する。ずっと連絡出来なくてゴメン」
「田嶋さんも忙しかったんでしょ? 約束憶えててくれて嬉しいよ」
「——藤田くんとの約束を、今の私が忘れるワケない」
「え……?」
言葉の裏に隠した本音が見え隠れしたとでも言うのか、口を半開きにして目を瞬かせた藤田。
「それじゃ、またね」
「あ、うん……またね、田嶋さん」
そしてようやく、私達は藤田家を後にした。
***
「母さんは先に家に入ってるから、空も早く入って来なさいね」
「うん、分かってるよ」
三人の後ろ姿を見送り、家の中へと戻った母さんに残され、俺は玄関で一人、三人が消えて行った方向にずっと目線をやりながら佇んでいた。
この前から心の奥に仕舞って考えない様にしていた、田嶋さんと春日の二人の関係。
改めて二人揃った場面を目の前にして、今日の俺は、どうしてもその事が考えの割合を大きく占めてしまった。
(それにしても…田嶋さんって春日と付き合ってるんじゃなかったのかな?)
始めの流れだったら春日と帰る事になっていた筈なのに、田嶋さんは佐伯に送って貰う事を決めた。
大体、春日が彼女の家の場所を知らないって事は、そもそも行った事すら無いって事で。
それにも関わらず、彼女は春日より先に、俺を家に招いてくれる約束をしてくれて。
——それに対して二人とも何も思ってないみたいに、表情一つ変えなかった。
そうは思うけど、やはり二人が仲良く見えるのも確かで。
夕飯の時、自然に春日の側に田嶋さんが座るくらいには。
春日は大抵の事は笑って済ますし、田嶋さんは結構何事に対してもドライな気がするし……。元々、二人には嫉妬とかそんな感情は無縁なのかも知れない。
「田嶋さんも春日も……お互いを信頼し合ってるから、嫉妬しないとか?」
二人の間を邪魔する事は誰であろうと出来ないと考えているからこそ、なのかとも考えた所で、唐突に背後から声が掛かった。
「空。お前、何か勘違いしてねーか?」
「え……、父さん……?」
後ろを振り返れば、先に家に入っていたはずの父さんが玄関先に立っていた。
「勘違い、って、何がだよ…」
「薫ちゃんと春日くんの関係に決まってるだろ。大方、俺があいつら二人で出掛けていた所に会ったって話だけ聞いて、捻じ曲げて解釈したって所だろうがな」
「だ、だって、男子と女子が二人で出掛けるなんて、デートとしか考えられないだろ!?」
「はあ……それだからお前はいつまで経ってもダメなんだ」
「なっ!?」
およそ一般常識であるだろう考えに基づいた自分の予想を言っただけで、貶されなければならない理由が解らない。
「一般的観念に基いて、で済まそうとするんじゃねぇぞ? お前のそれは主観的過ぎるんだ。もっと客観的に見て、あいつらがどうなのか見ろ」
(客観的に……?)
父さんの言う言葉を元に、俺は今までの思考を思い直してみる。
二人が揃って出掛けていたと言うのが、もしかしたらデートなのかもって思った瞬間に、俺はそうとしか思えなくなったのではないか?
衝撃が大きくて、その時はまだ自分の想いすら理解する一歩手前だったけど、もしかしたら自分が恋してる彼女が既に親友の物なのかもって。
そう思ったら胸を締め付ける様な、その痛みの方に意識が行ってしまって。
二人に本当の事を聞いて、真実を知ってしまえば後戻り出来ない気がしたから、勝手に自分の中だけで完結させて。
そう考えれば、俺はまだ何も知らないんだって。
(付き合ってるって……思ってたけど、もしかして本当に俺の早とちりだった?)
そういえば、以前、父さんが二人に喫茶店で出会したとかいう話をしていた時、“デート”なんて言葉は使って居なかった気もする。
そもそも、二人が出掛けてた場面を俺が直接見た訳じゃない。
今日の夕食の時だって、前に俺と母さんが座ってた席を避けたから、彼の横に座っただけの様な気もする。
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