下級貴族だけど婚約破棄されたら権力者の偽装愛人をやることになった

八華

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秘密戦力

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 ルクソール領の本拠地前で、私たちは予想通りルクソールの騎士団に囲まれた。
 ラヴェンナ様についてきたのは、私ともう1人の偽装愛人であるトゥルーザ伯爵婦人、それにルクソール領出身のラヴェンナ様の側近数名で、合わせて10人に満たない。
 対するは、ラヴェンナ様の父であるルクソール公爵とその側室、14歳になるという側室の息子。そして、側室の父親であるルクソール公爵騎士団の団長。加えて、彼らに従う現地の魔導士たちで、合わせて150人くらいかな。
 ちなみに、戦争に平民は参加しないので、昔に比べて兵数はかなり減っている。魔導士と平民では力の差がありすぎて、平民がいてもただ虐殺されるだけになってしまうのだ。150人でルクソールの全戦力の3分の1くらいだろう。

「これに参加しなかった魔導士を、この先優遇すればいいのか。分かりやすくていいね」

 ラヴェンナ様は小声でクスリと笑っておられる。

「これは、父上。わざわざ城を出て街の外まで迎えにきてくださるとは、ありがとうございます」

 囲む魔導士たちは戦闘準備ができている。街を破壊しないために、外の街道まで出てきたのだろう。

「ラヴェンナ、家督はセザンに譲れ。そうすれば命まではとらない」

 情のない目で息子を見ながら、前置きもなく公爵が告げた。

「家督ですか? 構いませんよ」
「え?」

 思わず声が出た。チラリと私の方を見て、ラヴェンナ様がニヤニヤしている。

「大領の領主なんて、面倒です。代わりがいるならその方がいいです」

 彼は話しながらゆっくりと周囲を見ている。勝ち誇った顔をする騎士団長や側室、それに追従する者。一方で、焦った顔や、苦虫をかみつぶしたような顔をする者もいた。
 こうやって、皆の立場や心情を探ってるのかなぁ。えげつないなぁ。

「セザン・ルクソール子爵ですか。良いと思いますよ?」
「子爵?」
「こんな大領、国にあっても火種になるだけです。領地の大半を王家へ返そうとは、父上も大した忠義者ですね」
「ふざけているのか?」
「いいえ。事実を申し上げているだけです。セザンに任せられるのは子爵領程度でしょう。家が続くのなら、それでもいいのでは?」
「お前でなければ公爵位は継げないと言いたいのか? 貴様も大した魔力量ではないだろうに!!」

 怒りに顔を歪ませる公爵。ああ、うちの国は魔力量至上主義だから、たまに勘違いする人がいるけど、それがお父上とはなぁ。
 ラヴェンナ様は、火魔法みたいなオーソドックスな放出系魔法を使うだけだと、あまり強いようには見えない。彼の凄さは、普通の魔導士が使えない高等魔術を即座に展開できるところにあるから。

 周囲を見ると、ルクソール領の魔導士にも、分かっていない者が多そうだった。これから、ラヴェンナ様の恐ろしさを、身をもって理解させられるんだろうな。

「もういい。兄上のことは、敵を前に怖気づいて逃亡し行方不明になったことにしましょう」

 ラヴェンナ様の異母弟、セダン様が言う。セダン様を見ていると、ラヴェンナ様の美貌って、お母様譲りだったんだなと思ってしまった。

「そうだな。ラヴェンナ、貴様はここで死ね!」

 周囲の魔導士たちの前に、一斉に同じ魔術式が浮かび上がった。合同魔法か。

「クロスフォード男爵、皆を護る結界を」

 私は味方を囲むように魔法障壁を展開した。

 次の瞬間、炎の嵐が私たちの周囲を吹き荒れる。しかし、結界の中の私たちには、熱もダメージも届いていない。
 しばらくして炎がおさまると、驚いた敵の顔が見えた。

「おや? ルクソール領の魔導士たちは、男爵1人が作る障壁も破れないのですか? 鍛えなおした方がいいですね」

 挑発するようにラヴェンナ様が言う。偽装魔法で私の魔力は大したことなく見えているから、周囲の敵は狐につままれたような顔をしていた。

「ふざけるな、卑怯者め。何が男爵だっ! 王太子の機嫌をとって、王家の秘密戦力でも借りてきたのだろうが」

 公爵が怒鳴る。

「そうですね。他人の力を借りていては、実力を証明できない。では、私1人で相手をしましょう。皆、手出しはしなくていい」
「「「かしこまりました」」」

 ラヴェンナ様が1人で前に出て、公爵たちの方へゆっくりと歩いていかれた。

「もう一度、合同魔法を!」

 公爵騎士団長の命令で、敵の前に再びさっきの魔術式が浮かぶ。しかし、その術式は放たれる前に小さく爆発して、消し飛んでしまった。

「それは、さっき見ました」

 ここまでのことで、ほとんどの魔導士は彼我の力の差を察したらしい。前に出て殺されることを恐れ、状況を見守りだした。

「さて、父上。この争いはセザンを殺せば私の勝ちということでしょうか?」
「何?」

 ドサリと音がして、セザン様が倒れた。母親である側室が、驚いて彼に駆け寄る。彼女は動かない息子を次第に激しく揺り動かした。
 顔色を真っ青にした彼女に、ラヴェンナ様が近づいて声を掛けられた。

「メラニア・メーレ、父の側室だったか。君はまともな挨拶も出来ないと、母がぼやいていたよ。弱い側室とその子は、嫡子の生母の機嫌を必死にとっておかないと命はないんだって、誰も教えてくれなかったんだね」

 息子を失った側室の悲鳴は途中で止まり、彼女は子に覆いかぶさるように倒れた。
 周りの者は怯えきって、戦意のある者はいなくなった。今更ながら、大貴族の恐ろしさに気づいたのだろう。私も初めてカルロス王太子とお会いした時は、怯えから震えるのを我慢するのに必死だった。普段のラヴェンナ様は穏やかな雰囲気だから分かりにくいが、今は底冷えするような魔力のオーラを放っていた。

「もっと早くにこうするべきだったのかなぁ」

 ラヴェンナ様の小さなぼやきが、やけに大きく聞こえた。
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