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「小野ーー! こっち」
水族館の最寄り駅でぶんぶんと元気に手を振る山川を見て一瞬帰ろうかと思った。
「陽キャのリア充……」
今風の若者というかんじの山川の隣に陰キャの俺は立ちたくない。山川は一直線に俺に向かって走ってきた大きく振れるしっぽを空目する。
「犬っぽいな」
「ちょ。出会いがしらにいきなりディスる?!」
「ディスってはない」
「もー、なんなの。小野はハムスターぽいじゃん」
「はむすたー?!」
「そうそう。小っこくてかわいくてぼんやりしてんのに、いまいち誰にも懐かない」
俺の方こそなんかディスられている。むっとしたけれど、実は久しぶりの水族館が楽しみだった。
彼女でもいれば水族館に行くかもしれないが、童貞の俺には無縁の地だった。子供のとき以来に来ることができて嬉しい。イルカショーも見たい。
男同士で水族館ってしょっぱいかなと思ったんだけど、山川のきらきらリア充オーラの前では無問題だった。こいつすげーわ。
「特別展行っていい?」
「うん? もちろん」
なぜか頬を染めて尋ねる山川。すると番が企画に関わっていると言う。それでチケットを貰えたのか。
”ミクロネシアの海”
そう題された特別展。
俺は息を飲んだ。
悠々と泳ぐ魚。青く美しい海。
そして、色とりどりに描かれた海と魚の絵ーー現地の子供たちが描いたというそれが部屋いっぱいに展示されていた。
一見美しいその部屋の中に紛れて、海に流れ着くプラスチックや現地の貧困がぴりりと問題を投げかける。
「すごいな」
山川に声をかけると嬉しそうに犬歯をのぞかせて笑った。
「太陽ーーあいつ、これのためにミクロネシアにずっといて。終わったら帰ってくるって言ってたんだけど、そのままサモアで仕事になっちゃって」
会えない番のことを語る山川の目に切なさが浮かぶ。
「でも。すっごい頑張ってるんだなってわかった」
俺もがんばると、にっかり笑う山川は強い。
運命の番。
どういう存在なんだろう。
俺がその二人に目をとめたのは偶然だった。
特別展は大盛況でたくさんの客がきていたが、たいていの人は部屋の全体を楽しんだり、子供の絵を見ていた。
もちろん水族館なんだ、魚を見ているのは何らおかしくない。
ただその二人は、寄り添って、水槽の端の珊瑚のあたりを小声で話しながら他には目もくれずに見ていた。
相楽さん?!
隣にはショートカットの華奢女性。その細い指が相楽さんの腕を親し気に触る。
どきどきと心臓が痛くなる。
彼女? いや、店のデートプランか?
ぐらぐらと眩暈がして、俺はまた逃げた。迷路のような水族館のトイレは入り組んだところにあって薄暗くひとけがなかった。
とりあえず山川にトイレに行ったことを連絡しようとスマホを取り出す。
「待って」
何度も想像した低い声に呼び止められた。おそるおそる振り返ると、息を切らした相楽さんがいた。
びくりと後退る俺をみて、相楽さんがのばしかけた手を止める。
「置いて帰られるなんて……。お願い、話がしたい」
「話?」
「そう。クソっ。今日は時間がない。仕事なんだ。とりあえず連絡先をおしえて」
ーー時間がない、仕事。
喉に石がつまったような痛みがする。
「電話番号」
相楽さんがじっと俺をみている。スマホを握りしめて突っ立っている俺は、持っていないとかバカな言い訳もできない。
「……090-XXXX-XXXX」
相楽さんは俺が言った番号をすぐにうった。ヴヴヴと俺の手の中のスマホが震える。
「それ、俺の番号だから。今日の夜にかける。出て」
心配をかけた山川と合流したけれど、俺は相楽さんに会ったことは言えなかった。番の仕事ぶりを見て喜んでいる山川に水を差したくなかったしーー相楽さんと連絡を取ることを止められたくなかったんだ。
商売。玄人。デートプラン。ショートカットの女性の華奢な指先。
ぐるぐるとそれらが回って。頭が痛い。ブロックすることも考えた。でも、実行できるほど俺は強くなかった。
スマホが震えた。ふと気がつくと握っている手は汗でびっしょりだった。
『もしもし…‥?』
「……相楽さん?」
『はぁ。でてくれた。話がしたい。もう一度会いたい』
「……」
『……ごめんね。怖い?』
「……少し」
『うん。ごめんね。でも、本当、すぐに会いたい。明日どうかな』
「明日?」
『時間を置きたくないんだ。何時でもいい』
「……わかった」
『場所は、俺が決めようか? それとも不安だったら君が指定して。どこでも行くから』
「じゃあ……」
俺はいつも山川と飲んでいる居酒屋を告げた。『おやすみ』と優しい声と共に通話が終わる。
眠れるわけがない。
営業電話じゃないかとか、相楽さんが抱く数多のオメガを想像して、俺はうんうん呻った。
結局まどろんだのは夜明け近くだった。
その日の仕事は酷いもので。上司には体調を心配された。
大きなミスをやらかさないかとばくばくしながら、なんとか一日をこなす。
約束の時間。
相楽さんは先に居酒屋に来ていた。俺が着くと席に即座にエスコートする。そんな手慣れている動作にも心が悲鳴をあげる。
とりあえずのビールで乾杯するとすぐに。
「君のことが好きです。つきあってください」
俺は固まる。
相楽さんの直球の言葉に嬉しいと単純に喜ぶ気持ちと、営業トークではないかと囁く自分にぱっくりと引き裂かれる。
「……よく、わからないです」
「わからない?」
「も、う。どうしたら」
「じゃあ。あみだくじで決めよう」
「は?」
「運命をあみだくじに任せよう」
相楽さんが鞄からルーズリーフを取り出した。特徴的なナナメにハネる文字で『つきあう』と書く。その上に縦線を真っ直ぐにのばして、右に3本縦線を足した。
腕で俺から隠すように横にペンを走らせてあみだくじを完成させたのであろう相楽さんは、縦線のてっぺんだけを残して紙を折りたたんだ。俺にはどこに横線が引かれているのかわからない。
一番左にたどりついたら、俺は相楽さんと『つきあう』。
呆然とする。
4本の線を示して「選んで」と相楽さんが急かす。
どうしよう。
どうする。
ーー前回、相楽さんは何て言った?
『あみだくじは平等じゃない』
『あみだくじは、確率的に選んだところの真下にたどりつきやすい』
俺は選んだ。
一番左端。
指し示すゆびが震えた。
ふっと相楽さんが息をついた。その少しかさついた長い指が折りたたまれた紙を開く。
「!」
そこには。
横線が一本も描かれていなかった。
左端の縦線は真っ直ぐ『つきあう』という文字に繋がる。
「好きです。つきあってください」
相楽さんがもう一度告げる。
わからないことなんてない。
だって俺は一番確率が高いところを選んだ。
運命を選んだ。
鼻の奥がツンとしながら俺はお願いしますと頭を下げた。
ここからの話はなんだか間抜けなんだ。絶対山川にバカにされる。
告白しあった後、俺たちは名刺交換をした。
名刺交換だ。
何やってるんだって一番俺が思っているからつっこまないでくれ。
なんと相楽は大学院生だった。
相楽高志、相楽が本名だったことも驚いたけれど年下だとは思わなかった。
クマノミの生態やら行動を数学的に分析する研究をしていると俺にはちんぷんかんぷんなことを言っていた。水族館で一緒にいたのはただの研究室のメンバーらしい。イソギンチャクと珍しいクマノミを観察していた。
研究が忙しくて給料の良い風俗バイトに手をだしたと困ったように話す。
あの日もほぼ徹夜で研究した明けの日で眠り込んでしまったが、どうしても俺と再会したくて探していた。でも、個人情報を聞き出すことはできなくて俺と連絡がとれず、もうレイプ犯として自首するか悩んでいたらしい。
自首されなくてよかった。
相楽本人がめちゃくちゃ悔やんでいるけれど俺の中であれは合意だ。
でももう相楽が他のオメガを触るなんて耐えられない。
半泣きでバイトを辞めてくれと訴えると焦ったようにすぐに辞めると言って頬を撫でられた。
また、つんと鼻の奥が痛くなって、目が潤んでぐしゅぐしゅと鼻水がなる。
「俺が養うから」
「え?」
そうだ。金に困っているんだったら俺が養えばいい。
かぁぁぁっと相楽の端正な顔が染まる。
「それって、プロポーズ?」
「え? あ。そうかな、そうなっちゃうのかな」
耳まで真っ赤になった相楽がかわいくて。
「あみだくじで決めようか」
あみだくじを書く前に、俺たちは初めてキスをした。
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