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あみだくじで動かす未来

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「ハイ、マーリン。まだ坊やは見つからないの?」

「俺は父親じゃねぇ!」

 研究室のメンバー、陽気な鳥海女史がケラケラ笑う。

「まぁまぁ、相楽君ゆっくり急ぐだよ」

「……ボス教授」

「息抜きにクマノミちゃんに会いにいっておいで。ミクロネシアの固有の子たちが来ているって」

「マジっすか?!」

 ボスがひらりとチケットで扇ぐ。

「仕事だけどね。データとってきて」

 ボスが両目を瞑るダサいウィンクを飛ばす。

「相楽君、恋は直球勝負だよ! 滝を登るんだ、鯉だけに!」

「ボス、すんません。俺、海水魚専門なんで」

「じゃあ、鮭で」

 うるさい鳥海女史もいるのが余計だが。水族館は癒しだった。どの子もかわいい。





 俺の人生の転機はクマノミによってもたらされる。



 よく気がついたと思うよ。

 クマノミを覗きこんでいた水槽には光が反射して人が写っていたんだ。



 彼がいた。

 走って、追いかけた。



 必死で、余裕なんてどこにもなくて。

 無理やり電話番号を聞き出した。

 出てくれるのだろうか。

 出なかったら俺は逃してあげられるのだろうか。

 クマノミはミクロネシアの豊かな海で泳ぎたいのだろうか。



 俺にできることは。

 喘ぎながら滝を登るだけ。



 あんなに格好悪いことあるか? くそ。 

 彼をもう逃したくなくて、奥の席に誘導して、出てくる言葉はボスの言う通りのただの直球勝負。

 揺れている彼につけ込んだあみだくじ。 



 あみだくじの確率の話を彼が覚えているかどうかは賭けだった。

 俺のことを少しでも思ってくれているなら選んでくれ。





『あみだくじは、確率的に選んだところの真下にたどりつきやすい』



 横線が0本の時に真下に辿りつく確率は100%となる。



「お願いします」と深々と下げられた頭にはフィボナッチ数列が輝く。

 そのあとまさか「養う」なんて言われるとは思わなくて、きゅんとしてしまった。彼が俺との未来を考えてくれていることが嬉しい。





 初めてのおうちデート。それはいい。いや理性が持つ気はしないのだが。

 また徹夜明けだった。コンタクトレンズすら入れられなかった。

 最寄り駅に向かうと浩輔はすでに到着していて先に俺の姿を認めた。距離があるところで立ち止まると、こてんと一度首を傾げてから、ぽてぽてと俺の元へ寄ってくる。南極の人を恐れないペンギンのようで、めちゃくちゃかわいい。



「相楽、メガネだ?!」

「うん? 目つき悪ぃか?」

 ううんと浩輔が首を振る。ふにゃりと眉を下げて笑った。

「かっこいー」

「......」



ーーこれは食っていいよな?!





 ラグに並んで座って一緒に水槽を見上げる。嘘だ。浩輔の注意が水槽に向いている隙に飲みかけのお茶を避難させて、距離をつめる。狙ったかのように背後はベッドだ。もちろん狙っている。

 頰に手を添えて、キスをってーークソっ、メガネが邪魔だ! 憎々しくもメガネを外そうとした隙に、小魚がするっと逃げようとする。



「待って。俺、歩いたし、汗かいたから!」

「気にしない」

「気になる!」

「......じゃあ、一緒にシャワー浴びよう」

 浩輔がピタリと止まった。脳の処理容量を超えて一瞬のフリーズ。

「っ! 無理、無理、無理!!」

「なんで?」

「恥ずかしい!」

「うーん。それなら」

 舌舐めずりしてしまいそうだ。



「あみだくじで決めようか」



 デスクの上からルーズリーフとペンを取って二本の縦線を長めに書く。



 左が”一緒に入る”

 右は”一緒に入らない”



「たくさん横線があったら、辿りつく先の偏りは均等化される」

 素早く横線をたくさん書き足す。書き終わったあと真ん中あたりの一部分を指で隠した。

「どうする?」と促した。



 彼がひっと息を飲み、一度、俺の顔を見上げた後、少し逡巡したがーー思ったとおりに右の線を選んだ。



 あみだくじには偶奇性がある。

 俺が引いた横線は31本。

 素数で奇数。

 偶数なら真下に、奇数ならその隣に辿りつく。

 右から出発したペン先は奇数回左右にふらついて、左に到着した。





 中心地を離れた最寄り駅。さらに駅からも近くないワンルーム。

 この家を選んだ理由の一番は家賃だが、独立したバスルームが少し広いんだ。水槽を洗うのに便利だと気に入っている。



 キャパオーバー、驚くと固まる浩輔は小動物のようでかわいいけれど、俺の前以外でやらないように注意しないといけないなと考えながら、服をはぎとってバスルームに引っ張り込む。シャワーで湯をかけたところで、あわあわと動きはじめた。



「相楽っ、相楽?!」

 背後にまわって白い肩に唇をおとすと、びくりと震えた。メガネを外したせいで視界がぼやけるのが悔しい。うなじごと手の平で細い首をつかむ。

「さがらぁ」

 首からまわした手で顎を掴んで、無理やり後ろむかせて唇を奪う。拙いしぐさに煽られる。

「洗ってあげる」

「え? ……変態っ」

 逃げられる前にボディソープを垂らした手を彼のぺたんとしたお腹に這わす。自覚がなさそうだけれど弱い脇腹。ぬるぬると手のひらで乳首を転がす。

 性器に手をのばすとそこは芯をもっていた。

「ふっ、うぅ……」

 顔が見たくて正面に向き直る。悪すぎる視力のせいで焦点を結ぼうとしたら鼻が触れ合いそうなほど近づいた。黒いつぶらな瞳がじっと俺をみつめる。

 軽く湯をかけて泡を流した。

 浩輔はもともと瞬きが少ないところが動物っぽいんだと思う。眼球が乾かないか心配だ。

 さりげなく壁際に追い込んで、立たせた彼の前で跪く。

 瞬きをしない黒い瞳は俺と合わせたまま。薄く開いた唇。桜貝のような乳首。

 うん、絶景。



 あ、と大きく口をあけて、わざと舌をみせつけた。わかっていないのだろう、浩輔はぼんやりしたままだ。

「うぁ?! ちょ、やめっ」

 性器を口に含むと浩輔がもがいた。流しきれなかった石鹸のアルカリ性の苦味がある。

「はじめて?」

「そんなところで話すなっ」

 幹を下から舐めあげる。先端を口に含んで、くぼみをなぞる。

「ん、うぅ、んん」

 鼻に抜ける音がかわいい。そっと指を後ろにもぐりこませた。

「っ!!」

 ほぐすようにぐるりとナカで指をまわす。良いところはわかっている。熱くて狭いナカに俺も興奮する。

「やっ、あ、あ、ぁ」

 前と後ろを同時に刺激して追い上げる。細い指先が俺の髪をひっぱってぴりりと痛い。膝から力がぬけそうで壁にもたれたままずるずると落ちてきて、ますます俺の指をくわえこむ。このままイかそう。

 唇で前をしごいて、指で前立腺を弄る。感じるとナカがぎゅうっと指を締めつける。くそ。挿れたい。

「……ッ!」

 浩輔がイった。唇を噛んで声を殺したみたいで心配だ。口内に放たれたものをのみこむ。力が抜けた彼がぺたんとタイルに座りこんだ。

 潤んでぼんやりした瞳。噛んだ唇は赤く色づいてしまっている。桜貝のような乳首はたっていて。

 ダメだ、我慢できない。

 このままこいつをオカズに一度俺もイこう。形の良いヘソにかけたい。

「手貸して」

 浩輔の指をつかんで俺の息子を握らす。少し体温の低い指先が気持ちいい。

「ん?」

 浩輔の瞳が揺れて、水から上がった魚のようにハクハクと呼吸する。そんな様子を眺めているうちに指は離れていってしまった。初心者の彼を怖がらせたか?

「どうした?」

 顔を近づけて上気した頬や訴えかけるような黒い瞳をみていた。

 だから反応が遅れた。

「ッ?!」

 いつの間にか、俺が転がしていたボディソープを絡めた細い指がぬるぬると息子を触る。

 え。マジで?!

 はぁはぁと息をしながら、俺を育てる白魚のような指先。

 やっべぇ。最高。

 浩輔の手の上から自分の手を重ねて強く押し付ける。彼を抱き寄せた。

「うっ」

 イった。浩輔の薄い腹に俺が放った白いものがどろりと彼のヘソに流れる。

「えっろ…」



「あつい……」

 のぼせそうだ。くたっとしている浩輔を洗い流して、バスタオルでくるんで連れ出した。



 ベッドに転がして俺も寄り添う。狭いベッドだ。自然と近づく。

 クラゲみたいにふにゃりとしている彼のすべすべの頬を撫でる。

 かわいい。癒される。



 もう一度いう。この日の俺も徹夜明けだった。

 俺の体力はここで尽きた。





 はっと目覚めて焦る。

「相楽?」

 良かった。腕の中には運命がいた。きゅっと抱き寄せる。

「死んだように寝るから、驚いた」

「ごめん」



「寝てるときだけじゃなくて、寝起きもイケメンってどういうこと」

 小声でもにょもにょと浩輔がつぶやいた言葉は聞き取れなかった。

「ん? なに?」

「なんでもない。あ。相楽。あみだくじ、なんかタネがあっただろ」

「え、え? どうした?」

 むぅっと浩輔が頬を膨らませる。かわいいだけだ。ハコフグちゃん。

「おしえろよ」

「んー」

 ごまかすようにいちゃいちゃしようとしたら爆弾発言が落ちた。



「あみだくじ作るから」



「は? なんの?」

「……次のヒートん時にお前と番になるかどうか」

「!!!」

 がばりと身を起こす。

「えっ? 次のヒートいつ?」



 耳元でこっそり告げられた日付は。



ーー素数だ。



 腕の中にクマノミを閉じ込めて秘密をおしえる。



 二人で未来を決めよう。

 あみだくじで。

 
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みんなの感想(1件)

そら
2020.09.02 そら

凄い面白いです!!
続きが気になります…
更新待ってます!

たけうめ
2020.10.25 たけうめ

感想ありがとうございます! あみだくじの小ネタが切れたので、こちらは一度完結として別の形で二人の続きを書きたいなと妄想しております。

解除
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