【完結・R18】それを愛と呼んだ

とっくり

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リュシアンの愛

抗えない引力

 過去の話をひと区切りすると、ガストンはゆっくりと瞬きをした。

 意識が現在へと戻る。

 視界に映ったのは、灯りを落とした静かな休憩室だった。

 厚い扉に隔てられ、舞踏会の音楽も笑い声も、ここまではほとんど届かない。
 
 まるで別の世界に紛れ込んだかのような、ひそやかな空気が満ちている。

 そして――すぐ隣には男がいた。

 リュシアン。

 整いすぎているほど端正な横顔が、至近距離にある。現実離れした美しさだった。

 ガストンの身体には、まだ余韻が残っている。

 深く刻み込まれた熱が消えきらず、胸の奥をじんわりと満たしていた。

「……で、その家庭教師が、君の初恋か?」

 リュシアンが穏やかに尋ねる。

「うん。恋も……抱かれるのも、初めてだった」

 懐かしむように、ガストンは続けた。

「先生とは順調だったよ。勉強が疎かになったら、先生に迷惑がかかると思って……恋人になってからは、むしろ頑張ったんだ。でも……」

「……関係が露見したのか?」

 リュシアンは表情を変えずに言う。

「そう……。僕が……見境なく先生を求めたせいで、使用人に見つかってしまって……父上の知るところになった」

 当主であるハウゼンは激怒した。

 当然、家庭教師は解雇された。

 相手は取引先の子息だったため、事を大きくしない代わりに、二度と会わない誓約を書かせたという。破れば騎士団に告発するとまで言われた。

 ガストンは泣いて許しを乞うたが、父の怒りは収まらなかった。

 そのまま戒律の厳しい全寮制の学園へ入れられたのだ。

「それから……家庭教師とは?」

「……会ってない」

 短い答えだった。

 全寮制に入った後は、しばらくは大人しくしていたが、結局、同じことを繰り返してしまった。

 十六歳の時、学園の教師と身体の関係を結んでいたことが発覚し、退学処分となる。

 その時にはもう、ハウゼンは怒る気力すら失っていた。

 ガストンは後継者から外され、姉が婿を取ることになり、家を出された。

 親の伝手で現在はある貴族家に奉公している。

 今夜の舞踏会も、その主人に同行しているに過ぎない。

「……僕のこれまでは……そんなところ」

 ガストンは少し笑った。

「僕は…家の役に立たない人間だから」

 軽い調子だったが、その瞳の奥には長年の孤立が滲んでいた。

 リュシアンは黙って彼を見つめる。

(……これは、都合がいい)

 内心で静かに結論づける。

「ガストン。ひとつ聞きたい」

「なあに?」

「生家はヴァランセ商会だと言っていたな」

「そうだけど……」

 胸の奥に確信が走る。

 【ヴァランセ男爵家】

 フェルディナン三兄妹の実父の生家だった。

 リュシアンは幼い頃、自身の出生と父方の系譜を調べさせている。

 さらに現在は伯爵家当主として、主要な貴族家の情報はほぼ頭に入っていた。

 表情を崩さないまま、静かに問いかける。

「……君の父の名は、ハウゼンか?」

 ガストンは目を丸くした。

「うん……知っているの?」

「ああ。面識はないが、少しな」

 嘘ではない。情報としては知っている。
 リュシアンは続ける。

「ハウゼンには…弟がいただろう。君の叔父だ」

「あ……うん。アルノー叔父さんのことかな」

 ガストンは考えるように視線を上げた。

「僕が小さい頃に亡くなったから、あまり覚えてないけど……僕にそっくりらしいよ。若い頃に結婚したけど、病気で男爵家に戻ってきたって聞いてる」

 その瞬間、すべてが繋がった。

(……なるほど)

(シルヴァンに似ている理由が分かった)

 当然だ。
 なのだから。

(彼は……正真正銘、僕らのだ)

 だが、その事実を口にするつもりはなかった。

 意味がない。

 そして――壊したくもない。

「なるほどな」

「実家が……何か?」

「いいや。今はまだ」

 リュシアンはそこで言葉を切り、わずかに間を置いた。

 そして、静かに本題へ入る。

「……ガストン。今の主人の家での扱いは、良いのか?」

 ガストンは肩をすくめる。

「普通だよ。使用人だからね」

「満足している?」

 少しの沈黙のあと、肩をすくめる。

「……居場所は、ないかな」

 正直な答えだった。
 その言葉を聞いた瞬間、リュシアンの中で決定が固まる。

「なら」

 低く穏やかな声で言う。

「私のところへ来るか?」

 ガストンが息を止める。

「……え?」

「我が家の西の領地で人を探している。表向きは執事見習いだ。君の過去については一切問わない。後見は私が引き受けよう」

 二人の視線が絡む。
 逃げ場を与えない、静かな圧がそこにはあった。

「生活も立場も、今より悪くなることはない」

 そこで一瞬だけ、声の温度が変わる。

「……そして」

 口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

「君は、私の興味を引いた。――君はどうだ?」

 ガストンの瞳が揺れる。

「……僕も……あなたに興味があります」

 その反応を見て、リュシアンはわずかに口元を緩めた。

「君のような男は……従う方が幸福だ。悪いようにはしない」

 彼が自分の身体に惹かれていることは、もはや疑いようがなかった。

 ガストンの中で、張り詰めていた感情がゆっくりとほどけていく。

 期待。
 安堵。
 救われたような感覚。

 そして――抗いがたい引力。

 そのすべてを見透かしたように、リュシアンは静かに微笑んでいた。

 その瞬間、ガストンの運命は、完全に彼の手の中へ落ちていった。










 


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