【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり

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 アナベルは翻訳家としての仕事に一生懸命取り組む日々を送っていた。

 細やかな文章のチェックに没頭し、舞台の演出家や俳優たちとやり取りしながら、少しずつ信頼を築いてきたその努力が、ある日、王都の雑誌記者の目に留まった。そして、取材をしたいという申し入れが舞い込んできたのだ。

 ある日、アナベルは、劇場の総支配人・ギルバートに呼び出された。
 重厚な木の扉の向こうで、ギルバートはいつも通り威厳を保ちながらも、どこか楽しげに微笑んでいた。

「アナベル、君に取材をお願いしたい。数日間、密着取材をさせてもらえないだろうか」

 その言葉に、アナベルは思わず目を見開いた。胸の奥が跳ねるようにざわめき、軽く息を呑む。

「取材……ですか?」

 最初は驚きと戸惑いで、すぐに辞退しようと考えた。しかし、ギルバートの声には揺るぎない説得力があった。

「劇場の宣伝にもなるし、何より若い女性の目標として、夢を与える存在として紹介することは非常に意義がある。アナベル、君の努力と才能は称賛に値するんだ」

 アナベルは少し考え込む。頬をほんのり赤く染めながら、胸の奥に誇らしさと恥ずかしさが入り混じるのを感じた。
 自分の仕事が誰かの目に認められるということの意味、そして劇場全体の一部として評価されることの重み。
 誇らしさと恥ずかしさが入り混じった感情が湧き上がった。




 下宿に戻ると、早速その話を皆に伝える。すると、カロリーヌは目を輝かせて、いつものフリル付きスモックを揺らしながら嬉しそうに小躍りした。

「密着なら、下宿ここにも来るかしら!?」

 その声に、他の下宿人たちも次々とソワソワし始める。
 メルキオールは普段から几帳面だが、今日は服をクリーニングに出し、観葉植物の葉を念入りに拭きあげる。
 セルジュは散髪の予定を立て、服の買い替えも検討し始めた。
 ポール爺に至っては、普段は無関心な様子を見せるが、自慢のチェス盤を異常なまでに磨き上げていた。

 下宿全体が、まるで自分たちが取材されるかのような熱気に包まれていた。

「やっぱりフリルが足りないかも!!」

 と、カロリーヌはつぶやいた後、裁縫道具を取り出し、有り得ない量のフリルを追加で縫い付ける。

「カロリーヌさん、フリルが多過ぎて、肩が、さらに逞しく見えちゃいますよ」

「えー、こんなに華奢なのに?!」

 筋肉隆々とした両肩をさすりながら、カロリーヌは叫んだ。

 アナベルはその光景を見て、思わず苦笑い。皆の高いテンションに、少々、ついていけなかった。


***


 翌日、劇場の食堂でアナベルが昼食を取っていると、エリオットが柔らかい笑みを浮かべて声をかけた。

「取材されるんだって?」

「…そうなんです。取材と聞いて、下宿の皆が張り切って……特にカロリーヌさんは、並々ならぬ気合いが入っています」

 エリオットは軽く笑みを浮かべたが、少し間を置いてから、考えるように眉をひそめた。

「ふふ、カロリーヌらしいな……でも、下宿まで、取材されるんだ?」

「はい。密着取材と聞いていて……」

 アナベルは、首を傾げるエリオットを見つめながら不安になりつつ尋ねる。

「エリオットさん?」

「うーん。下宿まで、取材されるのはどうなんだろう……」

「??」

「…うん、危ないかもしれないな。アナベルは見ての通り可愛いから、ファンができて、下宿に押しかけられたり、妙な男性ファンがエスカレートしてきたら、身の危険があるかもしれない」

「えっ!?そんな……滅相もない!ファンなんて、できませんよ!」

 慌てて否定するアナベルに、エリオットは真剣な眼差しを向け、決して意見を曲げようとしない。

「ギルバート伯父さんには、下宿の密着は断るように、僕から伝えておこうか?」

 アナベルはぽかんと口を開け、そこまでやる必要があるのかと疑問を抱く。しかし、エリオットは静かに、しかし鋭く釘を刺すように続けた。

「君は自分の容姿に無防備すぎる。性格も警戒心がなく、隙だらけだ。そんな君を、僕は放っておけない」

 その言葉に、アナベルは思わず頬を赤らめ、恥ずかしさのあまり目を伏せる。

「エリオットさん……」

 エリオットは少し我に返り、顔を赤らめながら小さく笑った。

「ごめん、興奮しすぎたみたいだ」

 偶然後ろから、その様子を見ていたギルバート総支配人は、静かに頷く。

「確かに、エリオットの言う通りだ。アナベルの容姿からすると、妙なファンが付きまとう可能性がある。下宿までの密着はやめて、この劇場だけにしよう」

 アナベルは胸の奥でほっと安堵する。心配されることに胸が高鳴る自分を少し恥ずかしく思いながらも、嬉しさを噛みしめた。

 その時、ふいにビアンカが食堂に現れ、にこやかに笑みを浮かべる。視線は自然にエリオットに向けられ、声をかけた。

「可愛いを持つと、心配ね?」

「っ!?」

 エリオットは、思わず目を見開き、顔に微かな赤みが差す。口を開きかけて、否定しようとするが、どう言えばよいのか一瞬言葉が詰まった。

 言葉を選ぶ間もなく、ビアンカはすかさず、にこやかに、しかし少し挑発的な笑みを浮かべて畳みかける。

「そりやぁ、下だしね。可愛いに見えても仕方ないわよ」

 アナベルはその言葉に、ふと我に返る。
 ビアンカのわざとらしい挑発に、気付かないアナベルは、という響きに胸の奥にズキンと切なさが広がる。

 視線を落とし、手元のナプキンをぎゅっと握り、舞台での自分と、日常での自分、そして周囲の目――それらが微妙に交錯し、心の奥に複雑な感情の波が広がっていた。

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