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下宿に帰り着いたアナベルは、ベッドの端に腰を下ろし、両手で頬を押さえた。
胸の奥が、まだふわふわと浮いている。エリオットに告白された――あの瞬間が夢の出来事のようで、現実のものだとはなかなか信じられなかった。
(エリオットさん……)
思い返すだけで頬が熱くなる。
気持ちが通じ合えたなんて、奇跡のようだ。これからエリオットと「お付き合い」が始まるのだと思うと、心臓がくすぐったく跳ね上がり、落ち着こうとしても胸の鼓動は収まらなかった。
(……私なんかで、本当にいいのかしら)
嬉しさと不安が入り混じり、胸の奥にせつなさが広がる。
今日は本当にいろいろなことがあった。二年半ぶりにお姉様――セラフィナと再会し、激しい言葉を浴び、そして涙を見た。
姉妹で手を取り合って生きていける未来も、どこかにあったのではないか。そう思うと、後悔の涙がまた一筋、頬を伝う。
けれど、カロリーヌの言葉が胸に響いていた。
【あなたはもう、そんな鎖に囚われなくていいの】
自分は前を向いて生きていけば良い。
もう振り返らない。信じて支えてくれる人がいる――それだけで十分だった。
アナベルはぎゅっと拳を握り、涙を拭った。
***
告白を交わしたあの日から、アナベルとエリオットの周囲の日常は少しずつ色合いを変えていった。
彼らの間には、甘酸っぱく、眩しいほどの空気が漂っていた。
新しい劇の台本が完成した。アナベルがひと足先に、読んでいた明るくて笑える、そして前向きなハッピーエンドの物語だ。
その主人公は、どう考えてもエリオットにぴったりだとアナベルは思っていた。演出家も同じ考えだったのか、エリオットは見事に主役に選ばれた。
女性の相手役には、本来ならビアンカが適任とされていたが、稽古合わせでどうしても呼吸が合わず、結局別の女優が抜擢された。結果、ビアンカは二番手に回され、不満を隠さず稽古をすっぽかす日々が続いた。
監督や演出家は怒り心頭だったが、エリオットだけは「彼女なら本番には帳尻を合わせてくれる」と庇い、宥めていた。
その姿を見ていたアナベルの胸は、ちくりと痛んだ。
(……エリオットさん、ビアンカさんを信頼しているんだわ)
そう思うと、無意識に目を伏せてしまう。けれど、ふと顔を上げた瞬間、エリオットと視線が合った。
慌てて会釈をし、その場をそっと立ち去った。
***
仕事を終え、下宿へ帰ろうとしたとき。
「アナベル!」
背後から弾む声が響いた。
振り向けば、汗を拭ったばかりのエリオットが駆け寄ってくる。
「今、帰り?」
「はい。これから帰るところです」
「ああ、よかった。一緒に帰ろう」
その言葉に、アナベルは満面の笑みを浮かべる。胸の奥から喜びがあふれ、止められなかった。エリオットもその表情を見て思わず笑みを返す。
二人で肩を並べて歩き出すと、ふいにエリオットが左手を伸ばし、アナベルの右手をそっと握った。
心臓が跳ね上がり、鼓動が耳まで響いてくる。
「今日は……アナベルに誤解させたかな」
エリオットが気まずそうに口を開いた。
「誤解……ですか?」
「うん。ビアンカのこと」
「い、いいえ……そんな」
けれど、アナベルの声は少し震えていた。
「彼女とは同じ歳で入団して、過ごした時間も長かったから。戦友のような存在なんだ」
アナベルが俯いたのを見て、慌てて付け加える。
「誤解しないでほしい。僕はビアンカと付き合ったことなんて一度もない。恋愛感情はまったくなかったんだ」
「えっ!」
アナベルは驚きに目を見開く。
以前は、二人が特別な絆で結ばれているのだと、アナベルは勝手に思い込んでいたのだった。
エリオットは真っ直ぐにアナベルを見つめ、続けた。
「セラフィナさんの件は残念だったけど……ビアンカの演劇の才能は信じている。けれど、僕の心の中にいるのは――君だけだ」
握られた手が熱を帯び、アナベルは思わず強く握り返す。胸の奥が熱くて、言葉が出なかった。
「だから今後は、誤解を招くようなことは言わないように気をつける」
そう言ってエリオットは立ち止まり、アナベルの頬を優しく撫でてから、触れるように軽く唇を寄せた。
「!?」
あまりに突然で、アナベルは湯気が立ちそうな位に真っ赤になり、声にならない声を上げて硬直する。
エリオットはそんな彼女の反応を見て、息を呑み、そして低く唸った。
「……どこまで、可愛いんだ、君は」
夕暮れの石畳を照らす光の中。
彼の言葉は、アナベルの心を優しく包み込み、頬に残る温もりは、夢ではないことを確かに告げていた。
胸の奥が、まだふわふわと浮いている。エリオットに告白された――あの瞬間が夢の出来事のようで、現実のものだとはなかなか信じられなかった。
(エリオットさん……)
思い返すだけで頬が熱くなる。
気持ちが通じ合えたなんて、奇跡のようだ。これからエリオットと「お付き合い」が始まるのだと思うと、心臓がくすぐったく跳ね上がり、落ち着こうとしても胸の鼓動は収まらなかった。
(……私なんかで、本当にいいのかしら)
嬉しさと不安が入り混じり、胸の奥にせつなさが広がる。
今日は本当にいろいろなことがあった。二年半ぶりにお姉様――セラフィナと再会し、激しい言葉を浴び、そして涙を見た。
姉妹で手を取り合って生きていける未来も、どこかにあったのではないか。そう思うと、後悔の涙がまた一筋、頬を伝う。
けれど、カロリーヌの言葉が胸に響いていた。
【あなたはもう、そんな鎖に囚われなくていいの】
自分は前を向いて生きていけば良い。
もう振り返らない。信じて支えてくれる人がいる――それだけで十分だった。
アナベルはぎゅっと拳を握り、涙を拭った。
***
告白を交わしたあの日から、アナベルとエリオットの周囲の日常は少しずつ色合いを変えていった。
彼らの間には、甘酸っぱく、眩しいほどの空気が漂っていた。
新しい劇の台本が完成した。アナベルがひと足先に、読んでいた明るくて笑える、そして前向きなハッピーエンドの物語だ。
その主人公は、どう考えてもエリオットにぴったりだとアナベルは思っていた。演出家も同じ考えだったのか、エリオットは見事に主役に選ばれた。
女性の相手役には、本来ならビアンカが適任とされていたが、稽古合わせでどうしても呼吸が合わず、結局別の女優が抜擢された。結果、ビアンカは二番手に回され、不満を隠さず稽古をすっぽかす日々が続いた。
監督や演出家は怒り心頭だったが、エリオットだけは「彼女なら本番には帳尻を合わせてくれる」と庇い、宥めていた。
その姿を見ていたアナベルの胸は、ちくりと痛んだ。
(……エリオットさん、ビアンカさんを信頼しているんだわ)
そう思うと、無意識に目を伏せてしまう。けれど、ふと顔を上げた瞬間、エリオットと視線が合った。
慌てて会釈をし、その場をそっと立ち去った。
***
仕事を終え、下宿へ帰ろうとしたとき。
「アナベル!」
背後から弾む声が響いた。
振り向けば、汗を拭ったばかりのエリオットが駆け寄ってくる。
「今、帰り?」
「はい。これから帰るところです」
「ああ、よかった。一緒に帰ろう」
その言葉に、アナベルは満面の笑みを浮かべる。胸の奥から喜びがあふれ、止められなかった。エリオットもその表情を見て思わず笑みを返す。
二人で肩を並べて歩き出すと、ふいにエリオットが左手を伸ばし、アナベルの右手をそっと握った。
心臓が跳ね上がり、鼓動が耳まで響いてくる。
「今日は……アナベルに誤解させたかな」
エリオットが気まずそうに口を開いた。
「誤解……ですか?」
「うん。ビアンカのこと」
「い、いいえ……そんな」
けれど、アナベルの声は少し震えていた。
「彼女とは同じ歳で入団して、過ごした時間も長かったから。戦友のような存在なんだ」
アナベルが俯いたのを見て、慌てて付け加える。
「誤解しないでほしい。僕はビアンカと付き合ったことなんて一度もない。恋愛感情はまったくなかったんだ」
「えっ!」
アナベルは驚きに目を見開く。
以前は、二人が特別な絆で結ばれているのだと、アナベルは勝手に思い込んでいたのだった。
エリオットは真っ直ぐにアナベルを見つめ、続けた。
「セラフィナさんの件は残念だったけど……ビアンカの演劇の才能は信じている。けれど、僕の心の中にいるのは――君だけだ」
握られた手が熱を帯び、アナベルは思わず強く握り返す。胸の奥が熱くて、言葉が出なかった。
「だから今後は、誤解を招くようなことは言わないように気をつける」
そう言ってエリオットは立ち止まり、アナベルの頬を優しく撫でてから、触れるように軽く唇を寄せた。
「!?」
あまりに突然で、アナベルは湯気が立ちそうな位に真っ赤になり、声にならない声を上げて硬直する。
エリオットはそんな彼女の反応を見て、息を呑み、そして低く唸った。
「……どこまで、可愛いんだ、君は」
夕暮れの石畳を照らす光の中。
彼の言葉は、アナベルの心を優しく包み込み、頬に残る温もりは、夢ではないことを確かに告げていた。
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