【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり

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ーー職業斡旋所の事務室にて。

 アナベルは真剣な表情で、ハンナとリバー所長に頭を下げていた。

「……できれば、今度こそ静かな職場で……誰にも迷惑をかけずに働きたいです」

 アナベルは神妙な面持ちでリバーを見つめた。図書館での“読み聞かせ即興劇事件”はまだ記憶に新しい。

「だったら……肉体労働系だな。倉庫、どうだ?」

 と、リバーが言いかけた瞬間──

「ちょっと待った!」

 隣でお茶を注いでいたハンナが、声を鋭くした。

「倉庫って、男性職員ばかりじゃない。アナベルさんみたいな可愛い子が、いきなり行って大丈夫なの?」

「……確かに。浮くかもしれないな」

 リバーも腕を組み、眉間にシワを寄せる。

「つまり……変装だな」

「へ?」

「とりあえず、その“貴族の娘”感を削るところから始めよう」


ーー30分後

「で、こうなったわけだが……」

 鏡の中のアナベルは、自分とは思えない姿に絶句した。

 服は古びたワークシャツに、丈の合わないだぼだぼズボン。
 髪はひとつにまとめ、わざと不揃いにほつれ毛を出してある。
 頬にはほんのり日焼け風の汚し加工、口元にはリバーの描いた「疑似ひび割れ」。

 ハンナの評価は上々だった。

「うん!うっすら生活に疲れた感が出てていい感じよ!人混みにいてもたぶん気づかれない!」

「……疲れた感じ出てます?」

「性別もパッと見わからない。……お前さん、もう“アナベル”じゃないな」

「じゃあ、誰ですか私……?」

「“アル”だ。“新人のアルくん”ってことにしとけ。そうすれば男職場でも突っ込まれにくい」

「そんな設定で大丈夫でしょうか…」

 二人の熱意とは裏腹に、アナベルは不安を隠しきれないでいた。


***


【第七倉庫・作業初日】

 “アル”と名を偽り、アナベルは倉庫作業初日に臨んだ。

 王立物流局第七倉庫──巨大な石造りの建物の中、所狭しと木箱が積まれ、重々しい音がそこかしこで鳴り響いている。

 作業員たちは黙々と荷を運び、声を発するのは指示のときだけ。

 確かに──平和だ。

(やっと……やっと、まともな職場……!)

 監督役の初老の男は、アナベル(アル)の姿を一瞥し、

「ん?ちっこいの来たな。まぁ手が早けりゃ問題ない。重い箱は任せねぇから安心しな」

「は、はいっ!ありがとうございます!」

 出来るだけ低い声を出すアナベル(アル)

 重たい木箱をよけて、ラベル確認・整理・運搬補助。地味だが、確実に作業は進む。

(やっと“働いてる”って感じ……!)

 

──だが、事件は昼休みに起きた。

 

 休憩室で、アナベルは無意識に、ヘルメットを外して水筒をあけた。
 アナベルの流れるような金髪が肩に降りた瞬間、ちょうど横にいた若手作業員が、その横顔にちらりと視線を投げ──

「……あれ、“アル”って……もしかして、女の子?」

 声に釣られて、まわりの数名も一斉に見る。

 次の瞬間、沈黙が落ち──

 

「えっ、えっ!?いやいやいや、俺たちの中にずっと女子いたん!?嘘だろ!?どこで!?どのタイミングで!?」

「おい誰だよ!新人の“かわいげ担当”とか言ってたやつ!!本当に可愛かったわ!!!」

「お前ら落ち着け!!相手が困ってんだろ!……でも聞いてもいい?名前、本当は?」

「えっ、あ、え、あの……その、アナベル……」

「……名前まで高貴じゃねぇかよおい!!」


 もう、こうなっては誤魔化しも変装も意味がない。

 午後の作業は、アナベルに直接接する若手たちが妙にぎこちなくなり、逆に作業効率が落ちたという記録が残る。

 

【職業斡旋所・応接室(帰還)】

「……というわけで、バレました」

 アナベルは、ぺこりと頭を下げた。だぼだぼズボンの膝は汚れ、手袋には段ボールの粉がついている。

「それで……やめたのか?」

「いえ……一応、最後まで働きました。銀貨一枚……いただきました」

「ふむ。“就労実績:倉庫で変装失敗”……」

「言い方っ!!」

「でもよかったじゃない!」
 と、ハンナが優しく笑う。

「ちゃんと働いたし、文句も言わず、逃げなかった。立派な一日よ!」

「そう……でしょうか」

「うん。変装も、なかなか似合ってたわよ。特に、“絶妙に疲れた目元”の演技なんて最高だった!」

「それ素です……」

 こうして、アナベルの就労実績はまたひとつ増えた──

【変装して倉庫で働く → バレる → なんか愛されて帰ってくる】
 という、斡旋所の歴史に残る「変装勤務事件」であった。

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