【完結】不可解な君に恋して

とっくり

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 リュミエールの手は温かく、しなやかで、しかし確かな力をもってカタリナの指先を包んでいた。

その温もりが、ぽっかりと空いていた二年間の空白を、まるで何事もなかったかのように埋めていく。

「さて……二十歳の夜を、どう楽しもうか」

 その声はいつものように飄々としていたが、今夜はどこか柔らかさが滲んでいた。

 馬車で向かった先は、街外れにひっそりと佇むレストラン。

 小さな中庭に面した席が用意されており、噴水の水面にはランプの光が揺らめき、まるで夜空の星々が水底に降りてきたかのようだった。

 贈り物の花や鉱石はすでに受け取っている。

だから今宵は、ただ静かに二人で過ごすための時間だった。

 リュミエールは顎を軽く上げ、夜風に金の髪をなびかせながら、カタリナを澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめる。

「こうして君と並んでいるだけで、僕には十分だ」

 その言葉に、カタリナは胸の奥がじんわりと温まるのを感じ、そっと微笑んだ。

 贈り物は形に残るもの。
 けれど、この時間、この空気、そして彼と過ごすこの瞬間――それこそが二十歳の自分にとって、最も価値ある贈り物だった。

 噴水の水音と夜風の匂いが混ざり合い、石畳に映る二人の影は寄り添うように揺れていた。

 言葉少なに佇むだけで、お互いの存在が確かにゆっくりと心を満たしていく。

「見てごらん、カタリナ。水面に映る光が揺れるだろう?」

 リュミエールが水面にそっと手を差し入れると、波紋が広がり、光の粒が弾けるようにきらめいた。

「不思議。とても幻想的ね……まるで小さな星空のようだわ」
 カタリナが囁くと、リュミエールは軽く肩を竦めて笑った。

「君がそう言うと、僕まで特別な場所にいる気分になる」

 二人は噴水の周りを歩きながら、水滴に触れたり、小さな波紋を作ったりして、子供のように無邪気なひとときを過ごした。

無言の時間さえ心地よく、互いの距離をいっそう近く感じさせた。

「……こうして夜を満喫するのは、初めてですわ」

 ふとカタリナが呟くと、リュミエールは瞳を細める。

「そうだね。君は学園時代も今も品行方正だ。夜に出歩くなんて滅多にないだろう?
たまには、こんな夜の過ごし方も悪くないと思わないかい」

「私は、早寝早起きが信条なのです」

「ふふ……やっぱり君らしいね。けれど、贈り物以上に、こうして一緒に過ごす時間の方が、僕には何倍も意味があるよ」

 彼の声は低く、穏やかで、どこか甘い響きを含んでいた。

 カタリナは軽く肩の力を抜き、夜風に溶けるように息を吐く。

二年間待ち続けた想いが、ようやく静かに癒されていく気がした。

「……二十歳の夜は、やはり特別ですわね」

 小さな言葉に、リュミエールは彼女の手をもう一度、きゅっと握り返した。

 星の瞬く夜空の下、揺れる二人の影。
 花や鉱石よりも、この時間こそが、今宵の何よりの宝物だった。



***

 
 翌朝、リュミエールから、カタリナ当てに手紙が届けられた。


============

我が最愛のカタリナへ

君の二十歳の夜を、共に過ごせたこと。
それだけで、この二年間の沈黙が少しは報われた気がするよ。

花や鉱石よりも、あの時間の方が僕には宝石のように思える。

それなのに、もう一度君に会う前に、
僕はハバナールへ戻らなければならない。
事情を語れば長くなるし、語らなくてもいいことかもしれない。
君なら察してくれると信じているよ。

一つだけ約束する。
いずれ、また必ず君のもとに戻る。
その時、君が笑って迎えてくれるかどうかは、
神のみぞ知る、かな。

――リュミエール・シュタイン

===========


 リュミエールはまるで夢のように、あっけなくハバナールへと帰国していた。

 昨日の夜が現実だったのか、幻だったのか――彼の気配が残るのは、指先に残る温もりだけ。

 手紙を読み終えたカタリナは、ふっと小さく息を吐き、思わず声に出して読んでしまう。

「語らなくてもいいことかもしれない……?
君なら察してくれると信じているよ?」

 リュミエールの考えは、やはりさっぱり理解できない。
 
 彼女は、リュミエールに限らず他人ひとに過度の期待を寄せることはやめている。

 淡々と、日常に戻ることを自ら選ぶのが、今の彼女にできる最善策だった。


(リュミエールといると、調子が狂うわ……)


 ーー心の奥で思う。
 彼といると、理性は少しずつ崩れていくが、その崩れ方は、決して嫌なものではない。

 リュミエールとしか感じられない、甘く切ない想いが確かにそこにあるのだ。

 あの夜のデートで胸に残った温もりだけは、そっと抱きしめておく。
それは贈り物よりも、言葉よりも、重く、柔らかく、心に刻まれていた。


「次に会えるのは、また二年後だったりして……」

 そう言って便箋を畳み、机の引き出しに静かにしまう。未練がましく抱きしめることも、涙に濡らすこともない。

 今日も、明日も。
領地の仕事や数字に追われながら、カタリナは自らの日常に向き合っていくのだ。

 けれど、心の片隅には、風のように軽やかで掴めない婚約者の存在が、静かに居座っていた。
 
 
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