【完結】そして、ふたりで築く場所へ

とっくり

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 夜の帳が下り、バルタザールの自宅の書斎は静寂に包まれていた。

 灯りを落とした部屋の一隅で、彼は小さなランプに火を灯す。薄明かりが書棚の背表紙を浮かび上がらせ、長年積み重ねられてきた書類や古文書が影を落とした。

 バルタザール・ヘルマンは、書棚の中段に並ぶ厚手の保存箱を一つずつ引き出しながら、目的の新聞を探していた。

 箱の中には、黄ばみかけた紙面が几帳面に綴じられており、彼はその一枚一枚を丁寧にめくっていく。

 紙が擦れるかすかな音と、インクの香りにまじる古びた紙の匂い。それらすべてが、静まり返った夜の空気と溶け合っていた。

 やがて彼の手がある一紙に留まり、目を細めて見つめる。――時が止まったような夜の書斎に、彼の息遣いだけが静かに響いていた。


(――八年前、春)

 ミリアが言っていた。「医師免許を取得して、新聞に載った」と。卒業と同時に免許を得たとすれば、時期はそうずれていないはずだ。

 記憶を頼りに、その頃の王都新聞の縮刷版が収められている棚を探る。

 年代ごとの背表紙をなぞりながら、慎重に手を伸ばす。指先に触れた一冊を、そっと引き抜いた。

 最初のうちは、ただ淡々と紙面をめくっていた。王宮の人事異動、議会の法案、学院の人事、建築業界のトピック。おなじみの情報ばかりだった。

 ――だが、春も終わりかけた頃の記事。

 ふと、その一面下段の写真に目が留まる。

「……これは」

 そこには、医師としての認可を受けた若き女性の写真。白衣姿で少し緊張したような笑顔を浮かべた、その顔。

 ――ミリアだった。

 表情は、まぎれもなくあの頃の面影を残している。けれど、写真の彼女は、どこか違って見えた。

 あの屈託のない少女が、いつの間にか、一人で夢を掴み取った顔をしていた。

 記事には、こうあった。


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【ヴァルデリア王国出身、初の女性医師――闘病の少女が灯す希望の光】

 隣国ノルデンで今年、王立医学学校を首席で卒業し、正式に医師として認可された**ミリア・グレイマン氏(21)**が注目を集めている。
 彼女はかつて、ヴァルデリア王国で生まれ育った人物であり、同国出身者としては初の女性医師となる。

 ミリア氏は王都で幼少期を過ごしたのち、十三歳の時に隣国ノルデンへ移住。以降、長期にわたる治療と学業を両立させながら、厳しい医学課程を首席で修了し、その努力と実績が評価されている。

「幼い頃から入退院を繰り返すなかで、医療は私にとって“特別な日常”でした。現場で働く医療者の姿に、自然と尊敬と憧れを抱くようになったのです」

 そう語るミリア氏は、自らが重い病と向き合い続けてきた過去を隠さない。

 病は幼少期より彼女の体を蝕み、王都で治療をしていたが、寛解と再燃を繰り返していた。十三歳の頃に病が再燃した際には、「命の保障は難しい」と家族に告げられていたという。そんな折、母の故郷であるノルデンの医師から、先進的な治療法の提案が届いたことで、移住が決定された。

「治療は長く、何度も再燃と寛解を繰り返しましたが、確かな効果がありました。
夢だった医学学校にも合格できて、体調を見ながら少しずつ勉強に取り組めたのは、本当に幸運でした」

 長い苦難の末、医師となったミリア氏は、現在ヴァルデリア国内にある、国立小児医療センターで勤務している。闘病経験を生かし、同じ病を抱える子どもたちに寄り添ったケアを続ける彼女の姿は、多くの患者とその家族に勇気を与えている。

「私自身、未来が見えない時期がありました。だからこそ、いま病と向き合っている子たちに“希望はある”と伝えたい」

 医学界でも、女性の進出が未だ限られる中で、ミリア氏の存在は先駆けとしての期待も寄せられている。
 彼女の笑顔とその背後にある壮絶な努力は、医療の現場に新たな風をもたらしつつある。

ーー命の危機と向き合いながらも、自分自身の未来をあきらめなかったミリア・グレイマン氏。
 彼女の姿は、医療の道を志すすべての若者、そして社会の固定観念と戦う人々にとって、強く心を揺さぶるものです。
 どんなに遠い道のりでも、夢を抱き続けることに意味がある――彼女が証明してくれました。
 我々もまた、この“希望の先駆者”に敬意を表しつつ、未来の医療と社会のあり方を見つめ直していきたいと思います。

――《ヴァルデリア王都中央日報 編集部》


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