4 / 171
4
町の中心部にある銀行は、大理石風の床に金色の柱。――よく見れば、大理石は“風”で、柱の金色は“塗装”。
塗装の剥げた部分から、下の銅色が丸見えだ。
「なんだべ、これ……中身はスッカスカのハリボテだっぺ」
「っ、リセラ?しーっ、声……声のボリュームを少しだけ下げて?」
「公共だから言うんだべさ!」
周囲の客が振り返る中、アデルは小さくため息を吐いた。
――彼女はリセラに強く言えない。
リセラは口が悪く、粗野で、やや暴れ馬。
だが根は誰より真っすぐで、一度味方と決めた相手には全力で尽くす。
そんな彼女との出会いを、アデルは今でも鮮明に覚えている。
アデルが八歳の時ーー
両親と孤児院に奉仕活動後、馬車が屋敷へ戻って荷物を降ろそうとした時、
寄付品の大袋が“もぞっ”と動き、中から黒髪の少女が姿を現した。
孤児院から、大袋にずぶりと潜り込み、伯爵家の荷物として運ばれてきたリセラの豪胆さに、アデルはすっかり心を掴まれてしまった。
伯爵夫妻は驚愕し、孤児院に戻るように説得したが、少女は頑として首を振った。
「ここで働けば、腹ぇ空かせずに済むんだっぺ!」
その根性と生命力に、アデルは胸を撃ち抜かれた。
「あなた、いくつ?」
「さあ?…院長せんせいは、七つか八つくらいだろうって言ってたんだぁ」
頬には泥がつき、屈託なく笑うリセラは自分で言った年齢よりも幼く見えた。
アデルは微笑み、言葉を発した。
「お父様、リセラを私の侍女にしたいわ」
エドモンは目を丸くし、慌てて首を振る。
「えっ!侍女!?下働きではなくて良いのか?
だ、だいぶ元気が……いや、元気すぎる子のようだが……!」
だがアデルはにっこり微笑んだ。
「ええ。こんな子、初めて見たもの。この行動力、生かさない手はないわ!」
リセラは胸を張って腕を組み、
「うち、働くど!お嬢様のためなら火の中だって入るっぺ!!」
と宣言した。
こうして、豪胆な少女はアデルの侍女となった――。
それ以来、リセラはアデルを主と決め――“命の恩”のように恩義を抱きながら生きてきた。
アデルはその思いを胸の奥で噛みしめ、窓口へと歩いていく。
「すみません。私の個人名義の資産について、確認したいことがあります」
受付係の男は、濃い油で固めたような髪型で、妙につんとしている。
アデルとリセラを見るなり、露骨に眉をひそめた。
「こちら、どなた様のご紹介で?」
「アデル・モントレーです。個人名義の――」
「モントレー、ですと?」
男の口元がにやりと歪む。
「現在の“モントレー伯爵家”の方ですか?」
男の口調は明らかに蔑みだった。
「いいえ。元の……伯爵家の方、ですわ」
アデルが静かに告げると、男は机を指先でとんとん叩き、あからさまに面倒くさそうにため息をついた。
「元、ねぇ……。確か、現在はドルン男爵となられたと伺っておりますが」
「ええ、確かに、今は『ドルン』姓になりましたが…。コホン、こちらに預けているのは、私の個人の資産ですわ」
アデルが毅然とした態度で返事をすると、窓口の男は目を細め、片側だけ口角を上げた。
「そちらに関しましては……現在の伯爵家から管理委任を受けていますので、
前伯爵家の方に開示する権限はありません」
「……は?」
「ちょい、待てぇやぁ!!!!」
リセラが受付机に両手を叩きつけた。
口から炎が出そうなほど、銀行中に響く大声だった。
「お嬢様ん財産だっぺ!? なんで関係ねぇ叔父夫婦に勝手に渡してんだ!?
そもそも委任状なんて本物かどうか怪しいんだわ!」
受付係は後ずさりし、脂ぎった額に汗を浮かべる。
「お、落ち着いてください、こちらは銀行で――」
「落ち着けっかッ!! おめぇら、うちんとこの旦那様・奥様に何やってきたか覚えてっかァ!?
督促状バンバン送りつけてきて、家の道具まで差し押さえしやがってえぇえ!!」
「リ、リセラ、ストップ!!」
アデルは慌てて袖を引いたが、
当の侍女は戦場の軍馬のごとく暴走し始めた。
「っ、と、とにかく!
“現伯爵家の許可”がなければ、資産の開示はできません!」
受付係の声は震えているが、言葉の内容は完全に拒否している。
アデルは深く息を吸い、静かに立ち上がった。
「では、質問を変えましょう。
私の成人時に正式に受け取るはずだった個人遺産の “管理者” は、誰ですか?
もちろん――父、エドモンでしょう?」
受付係は一瞬たじろいだ。
急いで帳簿をめくり、妙に落ち着きがなくなる。
「そ……その点ですが……事故直後に“エドモン様名義”で、管理移転の申請書類が届いておりまして……」
アデルは眉を寄せる。
「管理移転?父はそんなこと一言も……」
「“アデル様が昏睡状態となり、判断能力を失ったため、遺産管理をより経験豊富な親族へ一時的に移す”……と」
「“より経験豊富な親族”?」
「は、はい……その“親族”として指定されていたのが――」
受付係は息を飲んだ。
「モーリス・ドルン男爵様です。
以後、管理権限はすべて男爵家へ移っております」
アデルは静かに告げる。
「その書類は?」
「も、もちろん“エドモン様の署名と印章”が押されております。……郵送で」
リセラが顔を真っ赤にして爆発した。
「エドモン様がそんなことするわけねぇべ!!!確かに、人が良過ぎてド天然だけれども、さすがにお嬢様の財産には手を付ける人ではねぇぞ!」
「……リセラ、お父様は確かにド天然だけれども」
「事実なら言っていいべ!」
「稚拙だな」
ひときわ静かな低い声が、その騒ぎの隙間に落ちた。
声の主は、窓口の列の端からだった。
黒髪を後ろで束ね、薄縁の眼鏡越しに書類を眺めている男。
長身で、無駄のない動作だった。
切れ長の灰色の瞳に、端正な顔立ちが冷たく事実だけを切り取る。
銀行員は、その姿を見た瞬間、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まった。
「く、クロード・ベルヌー先生……!」
クロード・ベルヌー。
敏腕弁護士。その名は、町の裁判所でも噂されていた男だった。
あなたにおすすめの小説
セレスティアの日記~死を迎えるまで姉を慕い続けた妹~
クロユキ
恋愛
子爵家には仲の良い姉妹がいた。
姉のラティアと妹のセレスティアは女の子らしくいつも一緒に遊んでいた。
姉は幼い頃から怖がりで夜はいつも泣いていた。
そんな姉を見ていたセレスティアは姉を怖いモノから守る騎士になると幼い頃から約束をした。
切なく儚い妹セレスティアの叶わない想いの話。
誤字脱字があります。
更新が不定期です。よろしくお願いします。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。
恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます
しゃーりん
恋愛
ソランジュは婚約者のオーリオと結婚した。
オーリオには前から好きな人がいることをソランジュは知っていた。
だがその相手は王太子殿下の婚約者で今では王太子妃。
どんなに思っても結ばれることはない。
その恋心を王太子殿下に利用され、王太子妃にも利用されていることにオーリオは気づいていない。
妻であるソランジュとは最低限の会話だけ。無下にされることはないが好意的でもない。
そんな、いかにも政略結婚をした夫でも必要になったので返してもらうというお話です。
【完結】ハーレム構成員とその婚約者
里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。
彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。
そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。
異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。
わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。
婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。
なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。
周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。
コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。