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王立学園 学園祭――当日
朝から、王立学園は異様な熱気に包まれていた。
正門をくぐった瞬間、色とりどりの旗や紙細工、花々のアーチが目に飛び込み、歓声と笑い声が混ざり合う。まるで王都の市街地を丸ごと移してきたような華やかさだ。
その喧騒の中心で、今日もカイン・アルヴェスタは働いていた。
彼のクラスが企画したのは「クラシカル・サロン風カフェ」。
貴族の社交場を模した空間に、焼き菓子と紅茶、そして過剰なまでの装飾が並ぶ。カインとユリウスは、受付、給仕、客席の調整、ついでにクレーム対応まで、全方位でフル稼働中だった。
「ユリウス、白磁のティーカップ、あと二つしかないよ! 補充お願い!」
「了解。カイン。そろそろ休憩しないか」
「そうだな・・・客足が空いたらひと段落しよう」
「了解」
忙しく動き回っている二人のところにーー
「カイン様っ!!」
空気がビリッと震えた。まるで魔法の呪文でも唱えられたかのように。
ふわふわのフリルとパールの装飾に身を包み、完璧なヘアセットで“降臨”したのは、クリスティーナ・グラナード。
カインの幼なじみにして、自称“未来の婚約者”。本来は王都の貴族私学に通っているはずだが、今日は堂々たる来校である。
「今日は、“正式な”来賓として参りましたの♪」
「……え、あれ? 招待状、出してたっけ?」
「カイン様っ?」
「い、いや。なんでもない」
とっさに話を濁すカイン。だがその声は、周囲のクラスメイトたちにも十分届いていた。
「見てくださいな、このお帽子。母が“華やかな私にぴったり”だと選んでくれたんですの」
「……うん、派手で目立つね」
「つまり、注目されるってことですわねっ!」
……既に客たちの何人かが、椅子を少しずらしたり、視線をそらしたりしている。
「さあカイン様、どこから見て回りましょう? 先に劇? それともわたくしの知人が出演するリュートの独奏会?」
「いや、あの……まだ接客中というか」
「まあまあ、カフェの当番は交代制と聞いておりますわ! その“休憩時間”は、もちろん私と――」
「カイン様。お客様対応、お手伝いいたしますわ」
涼やかな声が、空気を切るように割り込んできた。
制服の袖を微妙にアレンジし、完璧な巻き髪にピンクのリボンを差し色にした――アンナ・ミラベルの登場である。
昨日よりも数段ギアを上げた“本気”モード。笑顔は柔らかく、だがその背後には戦の太鼓が聞こえてきそうだった。
「あら、また貴女……?」
クリスティーナの瞳がすっと細くなる。
「本日は当学園の生徒として、お客様対応をさせていただいております。ご案内が必要であれば、ぜひ私に」
「まぁ、ありがたく。でも私は“カイン様とご一緒”する予定ですので、案内は結構ですわ」
「でしたら、ゆっくりなさってくださいませ。――あ、でもカイン様、三番テーブルのお客様から追加注文が。あれはカイン様でないとご対応が難しい内容でして」
「えっ!? あ、あぁ……分かった! 行ってくる!」
カインはまるで“助け舟”に飛び乗るかのように、その場を去っていった。
いや、正確には“戦場から退避”したのである。
残されたのは――ドレスVS制服の火花バチバチ対決。
「……あなたも懲りない方ですわね」
「私はクラスメイトとして、このカフェの運営に責任があります。クリスティーナ様は“お客様”ですものね?」
「ええ。王都貴族の家からの、正式な来賓として」
「まぁ、それは大変光栄なことですわ。ただ……“スタッフ専用スペース”に立ち入られる際は、一言お声がけをいただけますと助かりますの」
にっこりと笑うアンナ。だがその笑顔の奥では、言葉の剣が抜き身で交差していた。
「まぁ、それは失礼しましたわ。――でも、私とカイン様の関係をご存知であれば、“お声がけ”の必要もないかと」
「はい。ですから“クラス運営上の都合”として、お声がけをお願いしているだけですの。お気遣い、無用ですわ」
誰が見ても、一歩も引かぬ女の戦い。
それを華やかな笑みで装飾し、優雅な言葉で切り結んでいるのがまた、より一層恐ろしい。
こうして――王立学園学園祭、一日目の幕は、予想以上の“火花”と共に上がったのであった。
なお、カフェ奥でお盆を抱えたカインはというと――
「……三番テーブルって、どこだっけ?」
ポンコツっぷりも、いつも通りだった。
朝から、王立学園は異様な熱気に包まれていた。
正門をくぐった瞬間、色とりどりの旗や紙細工、花々のアーチが目に飛び込み、歓声と笑い声が混ざり合う。まるで王都の市街地を丸ごと移してきたような華やかさだ。
その喧騒の中心で、今日もカイン・アルヴェスタは働いていた。
彼のクラスが企画したのは「クラシカル・サロン風カフェ」。
貴族の社交場を模した空間に、焼き菓子と紅茶、そして過剰なまでの装飾が並ぶ。カインとユリウスは、受付、給仕、客席の調整、ついでにクレーム対応まで、全方位でフル稼働中だった。
「ユリウス、白磁のティーカップ、あと二つしかないよ! 補充お願い!」
「了解。カイン。そろそろ休憩しないか」
「そうだな・・・客足が空いたらひと段落しよう」
「了解」
忙しく動き回っている二人のところにーー
「カイン様っ!!」
空気がビリッと震えた。まるで魔法の呪文でも唱えられたかのように。
ふわふわのフリルとパールの装飾に身を包み、完璧なヘアセットで“降臨”したのは、クリスティーナ・グラナード。
カインの幼なじみにして、自称“未来の婚約者”。本来は王都の貴族私学に通っているはずだが、今日は堂々たる来校である。
「今日は、“正式な”来賓として参りましたの♪」
「……え、あれ? 招待状、出してたっけ?」
「カイン様っ?」
「い、いや。なんでもない」
とっさに話を濁すカイン。だがその声は、周囲のクラスメイトたちにも十分届いていた。
「見てくださいな、このお帽子。母が“華やかな私にぴったり”だと選んでくれたんですの」
「……うん、派手で目立つね」
「つまり、注目されるってことですわねっ!」
……既に客たちの何人かが、椅子を少しずらしたり、視線をそらしたりしている。
「さあカイン様、どこから見て回りましょう? 先に劇? それともわたくしの知人が出演するリュートの独奏会?」
「いや、あの……まだ接客中というか」
「まあまあ、カフェの当番は交代制と聞いておりますわ! その“休憩時間”は、もちろん私と――」
「カイン様。お客様対応、お手伝いいたしますわ」
涼やかな声が、空気を切るように割り込んできた。
制服の袖を微妙にアレンジし、完璧な巻き髪にピンクのリボンを差し色にした――アンナ・ミラベルの登場である。
昨日よりも数段ギアを上げた“本気”モード。笑顔は柔らかく、だがその背後には戦の太鼓が聞こえてきそうだった。
「あら、また貴女……?」
クリスティーナの瞳がすっと細くなる。
「本日は当学園の生徒として、お客様対応をさせていただいております。ご案内が必要であれば、ぜひ私に」
「まぁ、ありがたく。でも私は“カイン様とご一緒”する予定ですので、案内は結構ですわ」
「でしたら、ゆっくりなさってくださいませ。――あ、でもカイン様、三番テーブルのお客様から追加注文が。あれはカイン様でないとご対応が難しい内容でして」
「えっ!? あ、あぁ……分かった! 行ってくる!」
カインはまるで“助け舟”に飛び乗るかのように、その場を去っていった。
いや、正確には“戦場から退避”したのである。
残されたのは――ドレスVS制服の火花バチバチ対決。
「……あなたも懲りない方ですわね」
「私はクラスメイトとして、このカフェの運営に責任があります。クリスティーナ様は“お客様”ですものね?」
「ええ。王都貴族の家からの、正式な来賓として」
「まぁ、それは大変光栄なことですわ。ただ……“スタッフ専用スペース”に立ち入られる際は、一言お声がけをいただけますと助かりますの」
にっこりと笑うアンナ。だがその笑顔の奥では、言葉の剣が抜き身で交差していた。
「まぁ、それは失礼しましたわ。――でも、私とカイン様の関係をご存知であれば、“お声がけ”の必要もないかと」
「はい。ですから“クラス運営上の都合”として、お声がけをお願いしているだけですの。お気遣い、無用ですわ」
誰が見ても、一歩も引かぬ女の戦い。
それを華やかな笑みで装飾し、優雅な言葉で切り結んでいるのがまた、より一層恐ろしい。
こうして――王立学園学園祭、一日目の幕は、予想以上の“火花”と共に上がったのであった。
なお、カフェ奥でお盆を抱えたカインはというと――
「……三番テーブルって、どこだっけ?」
ポンコツっぷりも、いつも通りだった。
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