【完結】君を迎えに行く

とっくり

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「……どうしてこうなったんだろう」

 カインは、紅茶のポットを持ったまま、まるで戦場のど真ん中に放り込まれたような気分で立ち尽くしていた。

 背後では、クラシカル・サロン風カフェの設えが優雅に飾られ、机には手作りの焼き菓子とミントティーが並んでいる。
 音楽班が仕込んだ蓄音機が、柔らかなクラシックを流しているというのに――

 目の前の光景は、どう見ても優雅とは真逆だった。

 右に、アンナ・ミラベル。
しおらしい微笑みとあざとさの混合体。
 左に、クリスティーナ・グラナード。
フリルとリボンと“自称婚約者”の気迫が炸裂している。

 二人の視線は、まるでナイフのように鋭く、互いのドレスの裾先ひとつまでロックオンしていた。

 けれど、口元にはにこやかな笑み。

「カイン様、お客様にはこちらのお菓子の方がよく売れているようですわ。数を追加しましょうか?」
「いえいえ、カイン様はお客様の反応よりも、紅茶の温度を気にされるお方ですわ。こちら、温め直しておきましたの」
「あら、それでは手間を増やしてしまいますわ。カイン様にばかり、働かせては……ねぇ?」
「まぁ。カイン様はお優しいから、そういうことは気にされませんのよ。ねぇ、カイン様?」
「……え? あ、うん? その、ありがとう?」

 カインはにっこり笑って頷いたが、どちらに向けるべき笑顔だったのか、自分でもよくわからなかった。
 彼はもともと、細かい感情の読み取りが苦手だ。
 いや、むしろ“まったく”できない。

(ふたりとも、なんでそんなに笑ってるんだろう……?)

 そんな中、ユリウスが厨房スペースの奥から顔を出して、カインにそっと耳打ちした。

「おい、カイン。なにやってんだ、あの二人、今にも爆発しそうだぞ。何か、止めること言えないのか?」
「?いや……普通に、学園祭を楽しんでるんじゃないのか?」
「……カイン、平和すぎるだろ」

 そんなやり取りがあった直後――


「あれ?サナが今、いなかった??」

 カインは、ふと窓際に見えたふんわりとした後ろ姿を追って、外に出た。

 ……いや、逃げたと言った方が正確だ。

「サナ~っ!」

 しばらく探していると、園芸クラブの温室から出てくる小柄な少女の姿が見えた。
 小さな鉢を抱え、花の香りをまとうように歩くその姿は、まるで風に乗る蝶のようだった。

「サナ! ……あっ、学園祭、君のクラスは結局、何をやっているんだっけ?」
「え?」
 サナは首をかしげた。

「ほら、食べ物を売っているだかで、根っこだとか、紙だとか・・・」
「あ!そうでした。それがですね、昨日までは喫茶店って言ってた気がするのですが、」
「??うん?」
「えっと……今日、聞いたところによると、たぶん、劇、だったような……?たしか、台本はオリジナルで、誰かが幽霊になって、最後に成仏するんじゃなかったかしら……?」
「え? 幽霊?喫茶店は?」
「でも、だからたぶん、どっちか……あるいは、両方じゃないかしら?」
「え……えぇ……?」

 カインの脳内で、喫茶劇場? 幽霊付きカフェ? 成仏するメニュー? と謎のイメージが交錯する。

「まぁ、どちらにせよ、私は園芸クラブが忙しくて出てないのです。よく知らなくて、申し訳ありません。カイン様に有益な情報をお伝えできなくて。」

 あっさり言われて、カインはしょんぼりと肩を落としたが、ここであっさり引けない気持ちがあった。

「園芸クラブ、その、土もお祭り仕様だって言ってたね?」
「ええ。そうなんですの」
「あの、僕も土を、その、お祭り…」
カインが言いかけた瞬間、

「サナさーん!」
園芸部顧問の年配の女性教員の声が背後から聞こえてきた。
「あ、先生」
サナは、カインのことも気にしていたが、
先生に呼ばれたことに意識が向いているようだった。

「・・・何でもない。先生に呼ばれてしまったね」
「カイン様、ごめんなさい。失礼いたしますわね」 

 鉢を抱えたサナは、いつものようにふんわりと微笑んで、先生のもとへ足早に行ってしまった。
 その後ろ姿は“風のよう”だった。

 カインはその姿を見送りながら、ほんの少し、一緒に学園祭を回れたら――そんな淡い期待は、風に飛ばされてしまった。


(……結局、サナのクラスは、何の出し物なんだろ。土のお祭り仕様も……どんな?)

 混乱したまま屋内に戻ると、案の定、空気がさらにピリピリしていた。

「……あ、戻られたのね、カイン様」
「カイン様、少しでも長くいらしてくださると、嬉しいですわ」

 彼女たちの“笑顔の刺突”が再開される。

 だが、カインの心はもう、幽霊カフェで一緒に紅茶を飲んでくれるサナの幻に浸っていた。

(……明日、園芸クラブの温室でも手伝おうかな)

 紅茶のポットを手に、カインはそっと決意した。

 それはたぶん、戦場からの逃避ではなく、ただ風に惹かれた結果だった――。
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