73 / 74
おまけ③
しおりを挟む
挙式当日、王都の中央にそびえる《聖ルキア大聖堂》は、朝から人でごった返していた。
王族も顔を見せるほど格式高い式――であるにもかかわらず、今日はちょっと様子が違う。
「ねえ、あれが新婦の……」
「フォルクス領を復興させた、あのサナ嬢よ」
「未来のアルヴェスタ侯爵夫人が、こんなに庶民的な娘だなんて……でも、綺麗ね」
参列者たちは囁き合い、式場の外では「招待されてないけど見に来ました」な人々がざわざわ。どうやら、招待状の倍以上の来客が集まっているらしい。ある意味、王族より話題だ。
一方、控えの間。
そこでは、サナが一人、鏡の前に立っていた。
選び抜かれた生成りのドレスは、白銀の刺繍が織り込まれた繊細な一着。腰元にはフォルクスの伝統花・エリシア草のモチーフが飾られ、栗色の髪には青い花々がそっと編み込まれている。
「……こんなに、手が震えるなんて」
誰にも見えないように、そっと両手を握る。
少し前までは、婚礼なんて別世界の話だと思っていた。名門侯爵家に嫁ぐなんて、自分には分不相応だと。
――でも今は、違う。
扉の向こうから気配が近づくのを感じ、サナはそっと微笑んだ。
*
その頃ーー
式直前、祭壇前では新郎が落ち着かない様子で立っていた。
カイン・アルヴェスタ、金髪碧眼の整った顔立ちに、長身細身という完璧なスペック。いつもは実務肌の青年だが、白い礼服をまとった姿は「王子か?」と思わず二度見されるほどの仕上がりだった。
式に出席した若い令嬢たちからは、既に数名が「尊い……」と呟いており、なぜか涙ぐんでいる人までいた。
……しかし、当の本人はというと。
「……大丈夫。深呼吸。……いける」
緊張のあまり、背筋がピンと伸びすぎて、どこからどう見ても軍隊の出初め式である。
「……喉が乾いたな。まずいな、声……出るかな……裏声、裏声……」
ぶつぶつと呟きながらもがいていると、後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「カイン、顔が引きつってるぞ」
現れたのは、ユリウス・エルデン。艶やかな黒髪をなでつけ、礼服の着こなしもスマートな青年。切れ長の瞳と柔和な口元で、誰が見ても“完璧な参謀”。そして今日の式では、ピアノの伴奏をする。
「えっ、そうか? 声がね、ちょっと心配でさ……音程とか……」
「大丈夫。最悪、外れても気持ちは伝わるさ」
「それ、外れる前提で話してない!?」
「まあ、サナ嬢に惚れ直してもらうチャンスだと思えばいい」
その軽口に、ようやくカインも笑う。緊張が、少しだけほぐれた。
~~~~~~~~~~~~
やがて、式の開始を告げる鐘が鳴り響く。
重厚なパイプオルガンの音が大聖堂を満たす中、白いドレスに身を包んだサナが、ゆっくりとバージンロードを歩いてきた。
その瞬間――
カインは、完全に固まった。
(……天使だ)
思考停止。そのまま棒立ち。理知的な青年はどこへやら、今そこにあるのはただのポンコツ王子である。
そんな彼を見上げて、サナはそっと笑った。
それだけで、カインの脳内では鐘がもう一度鳴り、天使が舞い降りた(イメージ)。
神官の進行により、式は粛々と進行していく。
指輪の交換、誓いの言葉……すべてが夢のように進む中、ついに“その時”がやってきた。
「では、新郎より新婦への――祝福の歌、とのことで」
ざわめく会場。サナが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「ああ……やっぱり」と諦めにも似た優しい笑みを浮かべた。
カインが前に出る。会場の片隅では、ユリウスが演奏の準備をしている。
「……今日、この日のために、歌を作ってきました。……言葉では足りないから。心から、感謝をこめて、隣にいてくれるサナに――捧げます」
深呼吸。もう一度。
伴奏が始まり、カインの歌声が――響いた。
音程は、たしかに少し外れていた。いや、少しとは言い難い外れ方だった。
裏声も、時折かすれた。
でも、それでも――
その不器用で真っ直ぐな想いが、サナの胸に、真っすぐ届いた。
《あなたに出会えたことが 僕の人生の始まりで》
《あなたの隣に立つことが 僕の夢になった》
サナの目から、ぽろりと涙がこぼれる。
会場は静まり返り、誰もがその想いのまっすぐさに耳を傾けていた。
そして――歌い終えたカインが、まっすぐサナを見て言った。
「――僕は、君がいたから、ここまで来られたんだ。きっと君がいなかったら、今の僕はいない。
……これからは、君と一緒に、生きていきたい。君となら、どんな日々も、ちゃんと笑って、大事にできると思うから。」
サナはこくりと頷き、頬をぬぐいながら、涙混じりの笑顔を見せた。
盛大な拍手が、大聖堂に鳴り響いた。
それは、格式も血筋も超えた――ふたりの未来を祝福する音だった。
王族も顔を見せるほど格式高い式――であるにもかかわらず、今日はちょっと様子が違う。
「ねえ、あれが新婦の……」
「フォルクス領を復興させた、あのサナ嬢よ」
「未来のアルヴェスタ侯爵夫人が、こんなに庶民的な娘だなんて……でも、綺麗ね」
参列者たちは囁き合い、式場の外では「招待されてないけど見に来ました」な人々がざわざわ。どうやら、招待状の倍以上の来客が集まっているらしい。ある意味、王族より話題だ。
一方、控えの間。
そこでは、サナが一人、鏡の前に立っていた。
選び抜かれた生成りのドレスは、白銀の刺繍が織り込まれた繊細な一着。腰元にはフォルクスの伝統花・エリシア草のモチーフが飾られ、栗色の髪には青い花々がそっと編み込まれている。
「……こんなに、手が震えるなんて」
誰にも見えないように、そっと両手を握る。
少し前までは、婚礼なんて別世界の話だと思っていた。名門侯爵家に嫁ぐなんて、自分には分不相応だと。
――でも今は、違う。
扉の向こうから気配が近づくのを感じ、サナはそっと微笑んだ。
*
その頃ーー
式直前、祭壇前では新郎が落ち着かない様子で立っていた。
カイン・アルヴェスタ、金髪碧眼の整った顔立ちに、長身細身という完璧なスペック。いつもは実務肌の青年だが、白い礼服をまとった姿は「王子か?」と思わず二度見されるほどの仕上がりだった。
式に出席した若い令嬢たちからは、既に数名が「尊い……」と呟いており、なぜか涙ぐんでいる人までいた。
……しかし、当の本人はというと。
「……大丈夫。深呼吸。……いける」
緊張のあまり、背筋がピンと伸びすぎて、どこからどう見ても軍隊の出初め式である。
「……喉が乾いたな。まずいな、声……出るかな……裏声、裏声……」
ぶつぶつと呟きながらもがいていると、後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「カイン、顔が引きつってるぞ」
現れたのは、ユリウス・エルデン。艶やかな黒髪をなでつけ、礼服の着こなしもスマートな青年。切れ長の瞳と柔和な口元で、誰が見ても“完璧な参謀”。そして今日の式では、ピアノの伴奏をする。
「えっ、そうか? 声がね、ちょっと心配でさ……音程とか……」
「大丈夫。最悪、外れても気持ちは伝わるさ」
「それ、外れる前提で話してない!?」
「まあ、サナ嬢に惚れ直してもらうチャンスだと思えばいい」
その軽口に、ようやくカインも笑う。緊張が、少しだけほぐれた。
~~~~~~~~~~~~
やがて、式の開始を告げる鐘が鳴り響く。
重厚なパイプオルガンの音が大聖堂を満たす中、白いドレスに身を包んだサナが、ゆっくりとバージンロードを歩いてきた。
その瞬間――
カインは、完全に固まった。
(……天使だ)
思考停止。そのまま棒立ち。理知的な青年はどこへやら、今そこにあるのはただのポンコツ王子である。
そんな彼を見上げて、サナはそっと笑った。
それだけで、カインの脳内では鐘がもう一度鳴り、天使が舞い降りた(イメージ)。
神官の進行により、式は粛々と進行していく。
指輪の交換、誓いの言葉……すべてが夢のように進む中、ついに“その時”がやってきた。
「では、新郎より新婦への――祝福の歌、とのことで」
ざわめく会場。サナが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「ああ……やっぱり」と諦めにも似た優しい笑みを浮かべた。
カインが前に出る。会場の片隅では、ユリウスが演奏の準備をしている。
「……今日、この日のために、歌を作ってきました。……言葉では足りないから。心から、感謝をこめて、隣にいてくれるサナに――捧げます」
深呼吸。もう一度。
伴奏が始まり、カインの歌声が――響いた。
音程は、たしかに少し外れていた。いや、少しとは言い難い外れ方だった。
裏声も、時折かすれた。
でも、それでも――
その不器用で真っ直ぐな想いが、サナの胸に、真っすぐ届いた。
《あなたに出会えたことが 僕の人生の始まりで》
《あなたの隣に立つことが 僕の夢になった》
サナの目から、ぽろりと涙がこぼれる。
会場は静まり返り、誰もがその想いのまっすぐさに耳を傾けていた。
そして――歌い終えたカインが、まっすぐサナを見て言った。
「――僕は、君がいたから、ここまで来られたんだ。きっと君がいなかったら、今の僕はいない。
……これからは、君と一緒に、生きていきたい。君となら、どんな日々も、ちゃんと笑って、大事にできると思うから。」
サナはこくりと頷き、頬をぬぐいながら、涙混じりの笑顔を見せた。
盛大な拍手が、大聖堂に鳴り響いた。
それは、格式も血筋も超えた――ふたりの未来を祝福する音だった。
412
あなたにおすすめの小説
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました
masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。
エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。
エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。
それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。
エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。
妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。
そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。
父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。
釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。
その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。
学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、
アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
【完結】没交渉の婚約者より、図書館で会った人の方が素敵でした
ぽぽよ
恋愛
レイチェルには、十年間一度も会ったことのない婚約者がいた。
名前しか知らない、奇妙な婚約。
ある日、図書館で出会った男性に、レイチェルは心を奪われる。
穏やかで優しい彼に惹かれていくが、レイチェルには婚約者がいた――
見た目だけでは分からない、本当に大切なものとは?
すれ違いを描く、短編ラブストーリー。
ショートショート全5話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる