初恋は報われない【完結】

モコ

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初恋は報われない(下)

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 俺は今、陽太の恋バナを聞いている。先日予定通り気になる人と会ってきたようだ。

「それでさ、その時千秋さんに犬が群がり出してすっげぇ情けない顔しててさマジで可愛かったんだよ」

 目を輝かせて気になる相手である千秋さんの事を語る陽太を眺める。

「千秋さん見てたらなんかサモエド思い出してさ、大型犬カフェに連れて行ってみたんだけど正解だったわー」

 あの時と同じで心が嫌だと叫ぶのを感じる。
 俺、間違いなく陽太に惚れてるわ。

「そっか、よかったなー。…でも彼、社会人なんだっけ?」

 俺は駄目だと頭では分かってはいるのにかせになりそうな部分を指摘してしまった。

「そうなんだよ。歳下の俺じゃやっぱ相手にされないかなー。それに社会人と大学生じゃあ価値観も時間も全然違うだろ?」

 悩むように声を上げる陽太を見る。
 過去に先生との恋が実らなかった事で歳上との恋愛を少し躊躇してしまうみたいだ。
 …でも駄目だ。あんなに泣いていた陽太には次こそ幸せになってもらいたい。
 俺は自分の気持ちをしまい込んで応援した。

「…アピール次第じゃないか?今度こそ頑張れよ!」
「そっか…うん!そうだよな!それに今回はお互い同性愛者だって分かってるし!」

 頑張るぞとやる気を出す陽太を見て、やはり好きな人の恋バナを聞くのは辛いと感じ密かに掌を握りしめた。

 いつか自分のボロが出てしまいそうだ。
 しばらく会わない方がいいな…

「………なぁ陽太。俺もさ気になる人ができたんだ。だからさ少し会う頻度落としてお互いの気になる人に集中して見ないか?」

 本当はそんな人いないが適当に話をでっち上げる。

「お前好きなやつできたのか!?…分かったお前から好きになるなんて珍しいしお互い真剣に頑張ろうな」

 真面目な目をしてこちらを見る陽太を見て、やはり俺のことは眼中にないよなと感じた。 

「ずっと遊んでるだけだったのに相手どこの誰だよー」

 陽太の揶揄う声を聞き咄嗟に相手を作り上げた。

「この前遊んだ子だよ、すごく…素直で可愛い子なんだ」

 …咄嗟、それでも陽太の特徴を言ってしまった。
 ああ諦められる日が来るのだろうか。
 何しろ今までは告白されて付き合うか遊ぶかのどちらかだったのだ。自分から人を好きになるなんて初めての事だった。
 初恋は報われない、か。確かにそうかもしれないな。以前読んだ小説の一節を思い出して複雑な気持ちが渦巻く胸の奥に蓋をした。

 

 咲也と会わなくなって暫く千秋さんとSNSでやり取りをしたり電話をしたり偶に遊びに行ったりもした。今日は夜景が綺麗なところまで車で連れて行ってくれるらしい。

「陽太くん!お待たせ」

 車の窓から顔を出してこちらに声をかけてくる彼に反応して車の助手席に乗り込む。

「俺千秋さんのことずっと可愛い人だって思ってたんですけど車を運転してる姿はキリッとしててカッコいいっすね!」

 俺は彼の運転する横顔を見てそう言った。普段はよく情けない表情をするが元々整った顔立ちをしているのだ。

「ははっ照れるな。いつも情けない姿ばかりを見せていたからたまにはカッコつけないとね」

 そういって照れ笑いをする彼の姿はやはり可愛いと思った。
 暫く談笑しながら車に乗っていると展望台が見えてきた。

「もうすぐ着くよ」

 その声にソワソワしながら降りる準備をする。歳上の男とこんな場所に来るのは初めての体験であったからだ。
 車を降りて展望台の方へ進むと非日常を感じる程美しい光景が広がっていた。

「わぁ……綺麗」

 景色に吸い込まれるように柵に近づき手をついて眺める。
 あまり景色とか興味なかったけどこういうのもいいもんだなぁ
 そのような感想をいだいている時、ふと手に何かが触れた感触がしてそちらに目を向ける。すると千秋さんの手が重なっていたのが見えたのだった。

「…陽太くん。今日君にこの景色を見せる事ができてよかった」
「……は、い。こんなに感動したの久々です」

 ドギマギしつつも目を合わせてそう答える。
 見つめ合う目に耐えられずに逸らすと頬に温かい感触がして何かがゆっくり近づいてくる気配がした。
 緊張に目をギュと閉じて唇が触れる直前。
 …俺は手を伸ばして遮ってしまった。

「……あっ。えっ、とごめんなさい。俺、こういう経験なくて…」

 やばい、雰囲気を壊してしまったと慌てて距離を取る。
 千秋さんの方を見れば苦笑いをしていた。

「ごめん急すぎたよね。大丈夫、かな?」
「本当にすいません!大丈夫です…」

 やってしまった…ガキだと思われたかも。

「…今日はもう帰ろうか?」

 少し気まずい空気の中で千秋さんがそう言って予定より早く帰る。
 その後帰りの車内で空気を紛らわそうとあれこれ喋るが結局ぎこちない雰囲気を拭う事ができずに自宅のアパートまで着いてしまった。

「今日は連れて行ってくれてありがとうございました。あと、本当にすいません」

 車から降りてそれだけ何とか伝えた。

「いや気にしないで。今日はゆっくり休んでね」

 彼は気にしなくていいと手を振って答えるが気にするなという方が無理である。

「…はい。おやすみなさい」

 別れの挨拶を告げてトボトボと家の中に入る。きっと今夜は枕に顔を伏せて脳内反省会が開かれるだろう。

 

 夜遅くに突然陽太からメッセージが届いた。今日は千秋さんといるはずでは?そう思いつつも見ると彼からデートでの失態を長文で綴ったメッセージがきていた。相当落ち込んでいるらしい彼に慌てて電話をかける。

「もしもし、陽太?大丈夫か?」
「咲也ー!俺、やっちまった…」

 どうやらいい感じの雰囲気になった際に陽太が遮ってしまったようだ。

「なんでそんなことしたんだ?」
「分からない…咄嗟に手が出たんだ」

 理由を聞いてみるが陽太もよく分からないらしい。

「んー…単純に経験不足かもしれないな。まあそのうち慣れるだろう」

 俺はそう結論付けて励ますが陽太の声色は晴れなかった。

「…もうダメかもしれない。千秋さん苦笑いしてたし帰りの車もずっと気まずかったし」

 陽太は今回のことで自信を無くしてしまったらしい。元々歳の差を気にしていたのだ。自分の行動に落ち込んでしまうのも無理はないかもしれない。

「なあ隣の県に恋が叶うって噂の丘があるんだけど気晴らしも兼ねて少し行ってみないか?」

 俺は陽太の気分転換になればと思い恋が叶うという逸話があるパワースポットに行くことを提案した。

「確かに、それで気分が晴れるならいいかもしれない」

 陽太は最初の落ち込んでいた声から少しだけいつもの声色に戻っていた。今は神頼みでもしたい気分なのだろう。

   

 当日は俺の家で待ち合わせてから車に乗って行く事にした。運転するのは咲也だ。
 咲也の車に乗り込みながら今日行く場所の逸話を聞く。

「なぁ今日行くところってさ映画に出てたよな?」
「そうらしいな。丘にある鐘を鳴らすと恋が成熟するらしい」

 その話を聞いて正直半信半疑だが今は藁にも縋りたい思いなため信じてみようと思った。
 途中でお菓子や軽食を食べながら車で進む道を眺める。

「…なんか千秋さんの車に乗った時と全然違う」

 この前千秋さんの車に乗ったばかりだったからでだろうか。つい比べてしまいポツリと言葉が出た。

「なんだよ!俺とだったらドキドキしないってか?」

 咲也のツッコむ声が聞こえるがそうではない。

「いやちげぇよ、なんか落ち着くんだよ。まあお前とは高校時代からの知り合いだしな」

 思い当たる理由にそう言ったが咲也から返事がない。

「…咲也?」
「ああ、うん。そうだな」

 横を見ると心なしか照れた顔をした咲也がいた。

「なにお前照れてんだよー!」

 俺は笑いながら咲也を揶揄いつつ道中を楽しんだ。
 もうすぐ目的地に着くみたいだ。
 車から降りると爽やかな風を感じる。
 鐘のある場所に近づくと丘の下には綺麗な海が広がっていた。
 あの日は夜で下には建物が広がる綺麗な夜景だったが、今日は昼の暖かな日差しと潮風を感じて目の前には海が広がる綺麗な景色だった。

「綺麗だな……俺さ、千秋さんと夜景見るまでは景色に感動するとか意味分かんなかったんだけど、あの時この良さに気づかされたんだよ…」


  丘の下を眺めてポツリと呟く陽太の横顔を見つめた。
 …今日何回彼の名前を聞いただろうか。
 聞こえてくる名前に嫉妬心を掻き乱されて唇を噛み締める。
 俺は耐えることが出来ずにある提案をしてしまった。

「なぁ陽太、あの鐘一緒に鳴らさないか…?」
  「ん?一緒に鳴らしても大丈夫なのか?」

 逸話の話をしていたからであろう。疑問を浮かべた陽太の表情が見える。

「ああ、鳴らすときにそれぞれの相手のことを思い浮かべれば大丈夫だ」
「へーそういうモンなんだな」

 俺の言った事を信じて特に深く考える様子のない陽太の姿。
 その様子に俺に対する信頼を感じて胸がチクリと痛くなった。

「せーの!」

 掛け声と共に鐘を鳴らす。

「これでお互い叶うといいな!」
「……ッ…」

 鳴らし終わった後にそう言った陽太の純粋な笑顔を見て俺は罪悪感に耐えることができなかった。

「…ごめん、陽太。さっきのは嘘だ。話していた通り一緒に鳴らした人が友達から恋人になれるって逸話なんだ」

「………俺が好きなのは、お前なんだよ…」

 最後は目を瞑り思いを吐き出すように言ってしまった。
 陽太の息を呑む声が聞こえる。

「………」

 返事がない事に耐えられず目を開けると、呆れたような嬉しいような表情をする陽太の姿があった。

「…俺、本当に馬鹿だ。今気づいたかもしれない。あの時千秋さんを拒んだのは慣れてないからじゃなくて、恋愛感情を持っていなかったからだって」

 その言葉に俺は困惑の顔をしてしまった。

「…えっ?」
「俺は千秋さん癒されてただけで恋愛的な意味の好きじゃなかったんだよ」
「何でそれに今気づくんだよ…」

 俺のここ最近の悩みを返して欲しいと少し恨めしい気持ちで陽太のことを見る。

「お前に告白されてスッゲェー嬉しいんだ!…でもまさかお前がこんなジンクスに頼るなんてな」
「だって!こうでもしないとお前が千秋さんと付き合ってしまうと思ったんだ」

 正直陽太がウブじゃなかったらあの夜そのまま付き合っていただろう。
 本人には言わないけど、押せばいけるのに何故コイツはウジウジしてるんだと思っていたところだった。
 ……これはもう俺のペースに乗せてウブな陽太を囲い込むしかない。

「…陽太」
「ん?なんだよ」

 こちらを向いた陽太の頬に手をかけてキスをする。
 ちゅっと音を立てて唇を離すと顔を真っ赤にした陽太が立っていた。

「……いきなり、こんな」
「…嫌ではなかっただろ?」

 少し怒り照れた表情をしているが嫌な顔はしていない。拒まれなくてよかったと密かに安堵した。


 __このパワースポットはどうやら報われないはずの初恋まで成就させてしまうみたいだ。
 いや、違うか。行動を起こせば報われる初恋もきっと世の中には溢れているのだろう。




 数日後、BARでは再び大泣きしている向井千秋を慰めるバーテンダーの姿が見られたようだ…




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