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苦痛の果てに《Ⅰ》
しおりを挟む一人の女性がテーブルの上に置かれた紅茶を片手に愛読書を読んでいた。
外見から、20歳前後の大学生と言われても信じてしまう。
その若さには珍しい、黒色の着物に色鮮やかな蝶々の刺繍が目立った和装――
椅子に腰を掛けている姿は、絵画に残したいほどに美しい物である。
吸い寄せられそうな魅力に、多くの男性が虜になるのは間違いない。
一度、大通りを歩けば世の男性は足を止めて、彼女の後ろ姿を思わず目で追うだろう。
そんな彼女は、草木の揺れる音と鳥達のさえずりがこだまする。
人の気配が殆どない無いに等しい。静かな庭園の奥にひっそりと佇む社殿で、ただ待っていた。
すると、社殿と別の建物を繋ぐ通路の奥から、お茶菓子などを持った従者と思われる2人組がこちらに近付いて来るのに気付く。
「梓様、私が焼いたチョコクッキーです。そちらの紅茶に合うでしょうか?」
「あぁ、藤乃……ありがとう。この紅茶に、甘いものは良く合う」
「ねぇねぇ、梓様! この扉の奥って、橘の霊域ですよね? ……私もいつか入れる?」
「こら、文乃! 梓様の前です。もっと礼儀正しくして!」
姉の藤乃が妹の文乃の頬をつねる。2人の仲の良さに梓が微笑む。
すると、頑丈な鋼鉄製の扉の向こう側から凄まじい轟音が響いた。
鉄と鉄が叩き付けられた様な鈍い音とその後に続く爆発にも似た衝撃が3人の和やかな雰囲気を一蹴する。
倒れはせずとも硬く強固に建てられたその扉が、大きく揺れる。
思わず、驚いた文乃が藤乃の背中に隠れる。
「……私、霊域に入りたいって言葉……取り消す」
「――ふはははははッ!」
文乃の萎縮した姿と先ほどの言葉を撤回した姿に梓は思わず笑った。
懐から出した扇子で、口許を隠して声を挙げて笑った。
そんな姿を見て2人は目を丸くする。
梓は橘家と言う一族の当主だ。常に当主として立ち振舞いから、凛とした姿が2人にはとても印象強かった。
だからか、梓が声を挙げて笑った姿を見たのはとても珍しく。
凛とした姿、当主としての模範的な言動だけでなく。人らしい一面を持っている事に安堵する。
扇子を閉じて、鋼鉄を遥かに凌ぐ硬度を持ったこの扉を前に、梓はどこか悲しげな表情を浮かべた。
先程のように何度か扉は揺れた。しかし、この扉だけが揺れた訳では無い。
扉の奥、全体がその衝撃に晒され、大きく揺れ動いた。
遠く離れていてもこの1人では到底動かない大扉でさえ、衝撃1つで揺れ動いた。
やはり――梓の判断は、正しかった。
いや、今ですら――迷っていた。
『――決して、扉には近付くな』
梓が一族の面々に告げた言葉は、普段の梓とは少し違っていた。
どこか、やり切れない。そんな顔に自身の歯痒さを合わせた様な感じであった。
なぜ、近寄るのを禁じたのかその詳細は定かではなかった。
だが、ほとんどの一族の者達は知っている。
梓もわざわざそこを周知する必要は無いと判断していた。
3人の前で微かに轟音と共に揺れる大扉が、雄叫びの様な悲痛な叫びを挙げるかのように揺れる。
――扉の奥は完全な洞窟であった。光源となる松明も灯りもないのにどこか洞窟全体が薄い青色に光っていた。
それは特殊な鉱石の影響であると考えられ、不思議な光を宿して固さも極めて高いと言われている。
それは貴重な鉱石であると同時に、この社殿を守る為の防衛装置でもある。
そんな鉱石に四方八方囲まれた洞窟の中で、ボロボロな服装で両腕を真っ赤に染めた男が静かに立っていた。
ただ静かに、自分の心と見詰め合っているかのように立ったまま動きを止めている。
しばらくして、腕を振り上げると地面を力任せに叩いた。
洞窟全体が揺れる。
幾度も幾度も地面を叩いて、両手をさらに傷だらけにする。
獣染みた眼光と歯を剥き出しにしながら、狂ったかのように地面を叩く。
ズドンッ! ズドンッッ! ドゴンッッッ――!!
男は髪を逆立て、怒りに身を任せていた。
獣のよう怒号を上げて、怒りを撒き散らすように暴れた。
理性を失った獣のように、手当たり次第に――
次第に周囲の鉱石が光を放ち、その光によって生まれた影から暗い紫色をした人形のような何かが現れる。
その数は、優に数100を超えていた。
四方八方の鉱石一つ一つが光を放っており、その1つの光から生まれた影から何体も現れている。
顔を上げ、憎しみに呑まれた目でその人形を睨む。
男が叫び声を上げ、地面を蹴って人形へと飛び掛かる。
身構えた人形の頭部に拳を食らわせ、力任せに地面へとその人形の頭部を縫い付ける。
怒り狂った獣のように、再び吠えた――
武術などではなくデタラメな力を振り回し、顔が陥没した人形を棒切れの如く振り回し、他の人形に叩きつけて次々と破壊していく。
壊される度に増えていく人形を前に、男は洞窟を細かく振動させるほどの咆哮をまたしても挙げる。
その怒号によって、金縛りでもあったかのように一瞬だけ動きを止める。
その一瞬の間に、目についた人形を次々と潰して、破壊していく。
怒りに思考が支配され、視界に写った人形が全て動かなくなるまで拳を幾度も叩き付ける。
全身が鉱石なのか、拳に突き刺さった破片を口で乱暴に引き抜く。
血が滴り、地面をさらに赤く色付ける。
そして、男は怒りに呑まれたその目で、再び出現した人形へと意味も無く走り出した。
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