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国境の戦い《Ⅱ》

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 フラフラと中和剤とレシピを片手に、セラ達の姿を最後に確認した山道を進む。
 足跡などの痕跡から、この道を通ったのは間違いない。
 が、何故か嫌な予感がしていた――

 「……何か、あったか? 毒の進行スピードが俺の予想よりも早かった? だが、死体の1つも無いのはおかしいな」

 地面に残る足跡を頼りに足早に奥へと向かう。
 所々で胃の内容物や血を吐き出した痕跡が加わり、更に黒の予想外な事が起きる。
 スラムを汚染していた毒素の効果で、胃の内容物や血を吐き出す効果は無い。
 万が一あったとしても、それは泡を吹いて地獄の様な苦しみを死ぬまで与える。
 その程度であって、嘔吐する毒素ではない。肉体が毒を吐き出すと言う行為を阻害するのだから――

 「はてはてはてはて……はて?」

 倒れた巨木の横を通り過ぎた所で、巨木の影で気付かなかった人影が口を開く。
 ピシッとした軍人の格好に腰に下げた軍刀が黒の記憶に嫌と言うほど刻まれている。

 「……」
 「はて、再会の挨拶は無しかな? シリウスには挨拶をして……。この私には、挨拶はしないと?」
 「シリウスの場合は、アイツが勝手に押し掛けてきたんだよ。そもそも、俺はお前の顔を見に来る気はなかった。魔法で、渋々飛ばされたんだよ」

 やや痩せ型たな体格から想像も出来ない力強さをかね揃えたヤバい男――《エドワード・コルニス》
 それが、黒とシリウスの中での認識。そして、2年前よりも前に黒はこの男の前から去っている。それも、一方的に黒の方から。
 この男との再会は、今の黒にとって不利益しか与えない。
 そもそも、恨まれる様な事をした人物から利益などある筈がない。

 「一応言っておくが、俺は悪くないぞ。もちろん、反対はした。……未来と白が勝手に話を進めてだな――」
 「だが、エヴァは幸せだった。違うか?」
 「……さぁ、な。そこは、手紙のやり取りをしていたお前が良く知ってんだろ? エドワード」

 エドワードが軍帽を外して、タバコに火を付ける。
 黒の騎士団で、団員として活躍していた妹の《エヴァ・コルニス》の話では禁煙していた筈だ。

 「……タバコは、止めたんじゃなかったのか?」
 「……はて、何の事だか……。2年前に、エヴァを失ってタバコが手放せない」
 「そうか……」

 2人の間に気まずい沈黙が続く。
 そんな気まずさに耐えきれずに、軽く挨拶してからその場から去ろうとする黒をエドワードは引き留める。
 悩んで悩んで、勇気を振り絞って確かめる。

 黒の口から出た言葉で決心する為だ――

 「……エヴァは、ホントに死んだ・・・のか?」

 2年前のあの場に、エドワードは居ない。
 後日、国の上官から大規模戦闘での被害報告と共に妹の死を知らされる。
 だが、信じられなかった。あの場には、少なくとも世界最強クラスの皇帝エンペラーが3人はいたのだから。
 報告では、爆心地には黒が――その周辺に、他の皇帝が待機していた配置であった。
 中央の黒が生存していながら、周辺で待機していた他の皇帝が死ぬのは違和感以外の何物でもなかった。
 だからこそ、黒の口から直接聞きたかった。妹は生きているのか、死んでいるのか――

 「――生きている。が、確固たる確証は無い」
 「……確証は、無い。か……なら、なぜお前はここに居る!! 妹や他の者達が生きていると言うなら、なぜそれを確かめない!!」
 「確かめる為に、倭へと向かおうとした。そこで、敵の妨害を受けた……分かるか?」
 「……はてはてはて、まるで……知られたくない何かを隠す様な妨害行為……か?」
 「……エドワード」
 「――黙っていろ」

 エドワードがタバコを握り潰して火を消す。手から登る煙が少し焦げ臭い。
 息を整えて、冷静さを必死に取り戻そうとするエドワードに合わせて、黒は静かに地面に座る。
 話をここで、終わらせるのも1つの選択。だが、エドワードにとって、エヴァはたった1人の肉親。
 妹との安否をうやむやにしたまま、この場を去る事はしたくはない。

 「……なぜ、確固たる確証は無いのに……生きていると断言した。あれほど、曇りの無い目で」
 「……そもそも、俺が生きていて俺の仲間家族が死んでいる。それが、可笑しな話だ。俺よりも強い奴らが揃って死んでいる。有り得るか? 普通なら、逆だろ? 俺が死んで、アイツらが生きている」
 「はて、確証があるのか? 自分よりも彼らが強いと?」
 「当たり前だ……俺の仲間家族には、俺を殺せる・・・騎士が居る。アイツが死んでいるなら、俺も死ななきゃおかしいって話だ」
 「……確かに、可笑しな話だ」

 エドワードが、タバコの箱に火を付ける。地面に投げ捨ててそのまま魔法で塵1つ残さず燃やし消す。
 妹を失ったと知った時からタバコに手を出し、生きていると知った今はタバコは不要となって手放す。
 清々しい顔で、エドワードは懐から取り出した拳銃を黒の頭に突き付ける。

 「……は?」
 「はてはてはて、お前は私の数少ない友人だ。だが、それと不法入国に関する話は別の話だ。知らなかったのか? ここは、北欧領域国家《オリンポス》と傭兵不法都市《エースダル》の丁度国境だ。そして、お前はエースダルに不法入国した。――逮捕だ」
 「…は、はては? はてはて?」

 冷や汗をダラダラと垂らしながら、両手を挙げてこの男の満面の笑みに対して、憎ましくもこちらも笑うしかなかった。

 
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