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この日の為に《Ⅱ》
しおりを挟む2年前、もっと自分に力があればと悔やんだ。
もう、失ってしまった後だと言うのに、あの日からずっと目を閉じれば……夢に見る。
あの時こうすれば――と、幾度も後悔を重ねた。自分の弱さを呪って、黒くんのような強さがあればとこれまでの自分を否定した。
日に日に、体から力が抜けていく。少しずつではあるが、確実に体の動きは失われていく。
その感覚と共に、自分に対する悔しさが溢れる。きっと、黒くんなら、こうはならない筈だ――と、自分とは別の誰かを比べる。
そして、自分と同じ境遇の黒くんが私の元に訪ねて来て、確信した。
元気そうだな。メリアナ――
自分以上に、責任を感じてる筈の黒くんの我慢した笑みが、胸を締め付ける。
背負う必要の無い物まで背負って、1人で全て終わらせる。
たった1人で、全部背負う覚悟で――
俺から……メリアナに対する。謝罪だ
だから、私の失った肉体を再生させた。最後に、自分が消えてもこの世界が救われる様にする為に――
「させるもんですか……させてやるもんですか……!」
ローグが隠し持っていたアンプル2本を摂取し、爆発的に増幅させた魔力を用いて、胸に空いた空洞を治療する。
正確には、死の淵で手に入れた――魔法の極地――
黒のように、自分の意志一つで他人の体は再生できない。が、自分自身の肉体をメリアナは再生させた。
「黒くんに、できて……私に、できない通りはない……はぁ、はぁ……魔力、きっつ………」
膝をついて呼吸が荒くなる。黒には及ばないとは言え、メリアナも化け物の領域に傾いた魔力量を持っている。
そんな彼女ですら、アンプルで増幅させた魔力の7割を消費しての再生能力。
他人の体まで自由自在に治してしまう黒の桁違いの化け物さを実感する。
「――絶対に、倭も帝国も……守る。私が、世界を守る」
聖剣を腰の鞘に収め、破れた衣服を脱ぎ捨てる。影から飛び出した衣服に手早く着替える。
そして、久しく羽織っていなかった。白色の軍服に袖を通す。
それは、円卓の聖騎士団の正装であり、メリアナ・C・ペンドラゴンの決戦礼装である。
遠方で、微かな黒の魔力を感じる。目を瞑って、その場で軽く跳ぶ。
何度もつま先で弾む。ゆっくりと呼吸を整えながら、魔力を安定させる。
もう、油断はしない。そして、すべてをぶつける。大切な者達の家族や友人、その者の大切な者達をこの手で守る為に――
黒の近くで、異形の魔力をビリビリと感じる。海上から、倭へと攻めている。
事前に予測演算で導いた答えと同じであり、それに対して大した動揺はない。
ただ1点上げるとすれば、奴の魔力から見るに次の準備へと取り掛かっている事に憤りを覚えた。
「……異形の群れ……やってくれましたね。この私にトドメを刺さずに、倭が落ちるとでも? 勝負に負けたとは言え、倭の敗北ではない!! 勝手に、私達の勝敗を決めるな――ッ!!」
僅かに跳ねた高さが増し、着地と同時に魔力で踏み込む。
敵も味方も、その踏み込みで生じた魔力の揺らぎを見逃さない。
「――何ッ!?」
数十キロは離れた直線距離を僅か一歩で移動し、勝敗を決したと油断していたトレファの首筋に一太刀浴びせる。
首から流れる血と激痛にトレファは叫ぶ。
黒を抱えていた肩から黒が落ちて、トレファの手が黒へと伸びるが、メリアナの剣がその手を刎ねる。
魔力、技量共にメリアナとトレファには差がある。が、トレファには、メリアナのような魔力の極地を知らない。
故に、1度でも失った体は再生する手立てがない。
切り落ちた箇所から鮮血が噴き出し、手首の先が消えた事に怒りを覚えながらも、その手を強く握る。
このままでは、一方的に殺される。それを直感で理解したトレファはメリアナから離れようと魔力でその場から飛び退いた。
しかし、メリアナの速度が現在のトレファよりも上であった。
先程よりも、遥かにメリアナの魔力が増していた。トレファの予想よりも――
「1つだけ、教えてあげます。この世界で、皇帝と呼ばれる騎士は――騎士の頂点です。ですから、例え、1度や2度の死地程度で、引き下がると思うなッ!!」
退くトレファの袖をメリアナは掴む。至近距離からの全力の聖剣が放たれる。
大地に深々と刻まれる巨大な斬撃の通り道が海面へと続き、そのまま海を一刀両断する。
肩から血を噴き出すトレファの間合いに、メリアナが侵す。
準備途中で、失った魔力の回復が間に合わず逃げる事も防御も不可能。
メリアナの一閃で、トレファが海面に体を打ち付ける。
「クソッ!! クソクソクソクソクソクソクソッ――!!!! この日の為に、どれだけ準備したと思っている。お前達では、到底成し遂げる事など、決して叶わない。天地創造にも勝る……神の如き所業を、邪魔するのかッ!!」
「黙れ!! 例え、神の如き所業だとしても……多くの命を、殺める貴様らの好きにはさせない。この私が、貴様らの野望を打ち砕くッ!!」
振り上げた聖剣が光を纏って、天高く巨大な刃を創り出す。
雲を突き抜け、天へと伸びるその剣を倭の民や聖騎士は、帝の帰還を目の当たりにする。
「消えろ、この世界からその存在をッ!! ――エクスカリバー!!!!」
眩い閃光の中で、トレファは八雲を抜く。しかし、メリアナの全力の魔力で創り出された魔力の刃が振り下ろされる方が断然速い。
大陸すらも両断しかねないとてつもない魔力の余波で、海の一部が消し飛ぶ。
海面から立ち込む水蒸気の中で、メリアナは前方から迫る異形の大軍勢を睨む。
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