難攻不落の黒竜帝 ――Reload――

遊木晶

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2章 王冠に願う果てなき希望――【湖上に馳せる麗しの『乙女』達】

乙女の花園《Ⅱ》

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  リディ・シャルベルドの朝は早い――

  まだ寮生の9割が寝静まっている時間に静かに起き、ルームメイトを起こさないようにランニングウェアに手早く着替える。
  手首のバンドを操作して、映し出されたホログラムを指で操作する。

  「……ヨシっ、行くぞ」

  手首のバンドとパスが繋がったイヤホンから音楽が流れる。
  流行りの音楽、自分の気分を底上げする音楽と共に寮から外へと出る。
  寮の外へと外出する際には、書面による許可書が必須である。
  だが、早朝勤務の職員ですら目の届かない所から抜け出て、日課のランニングを行う。

  「今日も、問題……なし」

  寮の柵を軽々と乗り越えて、静かに着地すると共に逃げるようにその場から離れる。
  辺りを見回して、学院に出入りする警備員用の扉を素早く抜ける。
  そのまま中央通りを抜けて、広い公園までノンストップで走る。

  「いつ見ても、綺麗だね」

  公園の高台で、毎朝昇る朝日を眺める。
  雲の隙間から顔を出した朝日は、走った事による発汗で暖まった体だけでなく。
  心まで、温もりを感じさせる。
  毎朝、太陽を眺めて気分をリフレッシュさせる。
  これで、今日一日頑張れる。
  そんな気がするのは、きっと気のせいではない。

  バンドからアラーム音が聞こえ、手早くバンドを操作して映し出された時刻を確認してランニングへと戻る。
  今度は、寮へと向かう帰り道をノンストップで走る。
  一定の速度を保って、無理のない速度と歩幅を維持して進む。

  角を曲がって、女学院へと向かう中央通りへと出る。

  そこで、一匹の黒色の猟犬と出会う。

  道の真ん中に立って、リディの方を見ている。
  まるで、この先を行かせまいとするかのように一匹で通せんぼする様に――
  体は、魔力で形成されているのか――炎の様に揺らいでいる。
  禍々しくも威圧的ではなく。獰猛その物な見た目に反して吠えもせず威嚇もせず。
  ただ、ソコにいるだけである。

  さらに、その眼光は鋭くも敵意などは何一つ感じられない。
  走った事で息が上がって、肩を細かく上下させていたリディがイヤホンを取ってポケットにしまう。
  バンドの音楽を止めてから、膝を折って犬へと恐る恐る手を伸ばす。
  大型犬のように尻尾を振る猟犬は、リディの指先を舌で軽く舐めてから体を手に擦り付けた。
  見た目こそ、炎が揺らいでいる様に見える。
  触れれば火傷は間違いないと思ったものの――その体から、確かな質量が感じられた。
  魔力で形成されているもののその体は、実体としてそこにある。
  炎を触っているようで、実際の動物と遜色ない毛並みは少し不思議であった。

  すると、リディと猟犬から少し離れた地点で同じく猟犬が現れた。
  その際、地面に浮かび上がった淡い色の方陣の中から飛び上がる様にして現れている。

  その術式をリディは知っている――


  「――召喚、術式」

  一度、魔導書で見た事がある術式が脳裏に過る。
  実際に、存在する魔獣などの生物や無機物などの武具を手元や遠く離れた地点へと運ぶ事に多用される術式――
  現在では、物品の運搬になどにのみ使われ。運送会社でよく目にする。
  その為、魔獣などの主従関係を結んだ生物を召喚する事は激減した。
  空間魔法に比べて、取得難度は低い為が魔獣を従える事がそもそもかなりのデメリットであるが故である。

  とは言え、引っ越し業者や運送会社ではとても重宝されている術式ではある。
  だが、本来の使い方の1つにある使役した魔獣などを《召喚》する方の使い方は絶滅危惧種並に数が少ない。

  その為、リディは初めて見る召喚獣の存在に新しい玩具を手に入れた子供のようにその目を輝かせた。

  「魔獣のレベル強さ、種族は……分からないけど使役されている魔獣は素人目線でも分かるほど、高位な分類――」

  高レベル――それは、リディが実際に野生の魔獣として相対して、勝てる気は微塵もしない。
  この小型魔獣で、そう思わせる時点でこの術者は相当な手練れだと魔術をかじったものであれば素人であっても分かるほど。
  魔獣を使役する上で必須なのは、その魔獣よりも術者が強くなければならない。
  だとすれば、こんなに真っ黒な魔獣を使役出来るほどの手練れ――
  瞬時にリディの脳裏に浮かぶ。
  高い術者としての適正、知識に心当たりある人物は、1人しか浮かばなかった。

  「……橘先生の召喚獣かな? ねぇ、どうなの?」

  顎を軽く触って、指先で優しく掻いてあげる。
  目の前の猟犬がまるで子犬のように愛らしく鳴いて、尻尾が左右に大きく揺れる。
  リディも思わず時間を忘れて、猟犬を可愛がる。
  だが、この猟犬の目的は――リディをこの場に留める・・・事にある。

  先ほど召喚された猟犬が、目の前で相方を可愛がる間に中央通りのいつも・・・曲がる角へと静かに進む。
  そこでは、同種の猟犬が複数体現れており、身を潜めていた暗殺者の喉元に食らい付いていた。
  吹き出す鮮血、牙から溢れる真っ赤な流血がコンクリートを赤く染める。
  喉が潰れ、声を上げれずにただ無意味に藻掻き苦しむだけですぐに静まり返った。

  猟犬がそのまま死体を黒色の炎で血液の1滴たりとも残さずに燃やす。
  少し焦げ臭い異臭もゴミの異臭と思える。
  脅威が消えたのを確認して、大半の猟犬はそのまま影へと消える。
  それを見届けた術者が、リディの前から最後の猟犬を帰還させる。
  猟犬の後姿を惜しむように眺めつつ、手を振るリディを建物の影から見守る人影がゆっくりと瞼を閉じる。
  何一つ、自分が狙っていた脅威に晒された事を知らない。

  普段と変わらないリディの姿をとある人物に見たままの光景を伝える。
  その言葉を以てして、結界とは別に仕込んでいた魔法が発動する事なく鳴りを潜める。
  リディが再び歩き出したのを確認して、頭上を飛んでいた黒色のカラスが一度鳴く。
  それを合図にカラスは体を黒色の羽根へと変化させ、姿を消した。

  その場に残ったのはゴミの異臭で消えた焦げ臭い異臭と一枚のカラスの羽根であった。










  「って、な訳で……召喚術を見せて下さい。橘先生――」
  「……は? ヤダよ」

  車椅子を足元の影を実体として伸ばして、操作する事で単独で車椅子を巧みに操っている。
  つい今しがたコツを掴んだ影を器用に操る魔法技術を実践しながら、駄々っ子のように召喚術式を披露するようにせがむリディを黒は呆れながら見ていた――
  まるで、駄々をこねる娘にあきれる。
  そんな親子のようなやり取りで、はたから見れば教師と生徒とは到底思えない。

  目を輝かせて、朝の出来事をリディは声を大にして語る。
  魔獣と思しき猟犬は、この北欧では飼われている記録も無ければ魔獣の図鑑にも記録されていなかった。
  未知の生物であるのは間違いないが、あれほど友好的な生物は近くに術者があっての事だ――と、力説する。

  が、朝の召喚獣は黒の使役している魔獣ではない事を訂正する。
  別の術者の魔獣が勝手に動いただけで、リディの前にたまたま現れただけだとも告げる。
  それを聞いて、もう2度と会えない事を理解してリディが少し落ち込むものの――単純に召喚術式が見たいのだと直ぐに開き直る。
 
  「……だから、俺にも召喚獣を呼んでみせろってか?」
  「先生の召喚獣って、どれも凄そうだから……普通に満足しそう」
  「あのな……召喚術にも色々あるんだよ。特に魔獣に対する召喚術式ってのは、人によって――術者によって条件が違ってて、その分厳しかったりもする。だから、こっち都合で呼びたい時に呼ぶってのは……俺の場合は、呼ぶっていっても強制力は殆ど皆無だ。当然、相手――魔獣の意志で決まるから難しいんだよ」

  あからさまに残念がってしょんぼりするリディを見て、遠巻きに見守っていた友人達が揃って黒へとブーイングしている。
  黒も披露するだけであれば、さほど苦労はしない。


  こんな様でなければ――の話である。


  特定の個体を指定して、召喚術で呼び出すのは不可能ではない。
  むしろ、それが本来の術式の使い方である。
  ただ、黒の術式は少し改造が施されている。
  そんな特性の都合で、それは不可能となっている。

  本来ならば、主従関係を結んだ魔獣を呼び出す術式なので使役している個体呼び出すのがこの召喚術の基本中の基本である。
  複数の個体と関係を結んでいるのであれば、その候補の中から指定も当然出来る。
  それこそ、召喚術式の本来の使い方である

  しかし、黒の術式はその本来・・をあえて崩している。

  一般的な基盤を破壊する事で、その分に割かれていたリソースを別の条件に当て嵌める事を可能にした。
  それゆえ、黒ですら召喚術で呼び出す個体がどんな相手なのか、把握は決して出来ない。

  その為呼び出した魔獣が気性の荒いタイプであれば、尚の事危険は計り知れない。
  黒の契約している魔獣達はかなりの・・・・規模になっている。
  レベルが高い個体から低い個体まで、幅広く存在する。
  そんな多種多様な危険性、気性、大きさなどの幅広い候補の中から――魔獣側の意思で現れる。
  良くて、戯れ程度のレベルで校舎が半壊する。
  悪ければ、北欧領域その物が消えてしまう可能性も十分あり得る。

  包帯は取れた。――とは言え、未だに車椅子の上で生活している。
  片足、片腕に若干の麻痺が残っている中で遊び感覚で暴れる魔獣を落ち着かせれる自信は今の黒にはない。

  ――が、コイツらにこの事を話しても納得はしない。

  「……分かった。召喚してやるよ」
  「えっ!! ホントです――」
  「――但し、召喚術の基礎を少しでも学んでからだ。そんで、俺が見せるに値するかをお前らで見極める」

  



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